今日は土曜日。私が体育館の鍵当番なので、いつもより早めに学校へ行き職員室に鍵を取りに行く。 鍵を受け取り体育館に向かうと、何故か扉の前に人がいた。あれ? なんで? まだ選手やほかのマネージャーが来る時間ではないはずだ。近づいてみれば、そこにいる人は青峰だった。ん? 余計になんで? 「おはよう」 「!」 「えっ!なに、」 私に気づいていないようだったのでとりあえず声をかけてみると、青峰は勢いよくこっちに走ってきた。そのまま私の肩を力強くつかむ。 「いたっ!」 「あ、すまねえ」 反射的にそう言えば青峰は慌てて手を離してくれた。その顔は焦っているように見えて、いよいよ謎が深まる。 「どうしたの?」 「……お前を待ってた」 真剣な表情で見つめられて内心ドキドキする。え? 私青峰とそんな喋ったことないんだけど、そんな待たれるようなことあるっけ? いやない。 「頼みがあんだよ」 「?」 「さつきを止めてくれ」 さらに謎が深まった。さつきちゃんを止めるとはなに。さつきちゃん暴走でもしたの。現在進行形で暴走気味なのはあんただよ。顔が真剣すぎて怖い。 「明日お前らお菓子作るんだろ」 「ああ、うん」 明日は午後から部活がオフだ。そして来週はバレンタインだ。バスケ部はマネージャーが選手全員にお菓子を配ると聞いたので、明日はさつきちゃんと一緒にチョコを作る約束をしている。 「さつきはめちゃくちゃ料理が下手だ」 「…そうなの?」 「だから作るの止めてくんねーか」 それ言いたくて待ってたんだよ、と青峰は続けた。いやそれならわざわざこんな朝早く来なくても部活中にいえば良いじゃんと思ったが、そこは幼馴染。やっぱりさつきちゃんには聞かれたくないとかあるんだろうな。多分。 さつきちゃんは料理が下手なのか。知らなかった。でもさつきちゃんは見た目も中身もなにもかも可愛いからそのぐらい欠点があっても可愛いし……。 「てか、そんな難しいの作るつもりないし大丈夫だと思うよ?」 私たちが作るのはクッキーだ。たくさん作れるように簡単な作り方のものを選んだし、不味すぎるものはできないと思う。しかしそんな言葉とは裏腹に青峰の表情は曇ったままだった。 「下手って言うのは違うな…」 「ん?」 「兵器だ」 「…大げさすぎない?」 「あんなん部員に配られたらテロになる」 「そんなに?」 「しばらく部活停止になるかもしんねえ」 「そんなに???」 ちょっとちょっと、私のさつきちゃんを悪く言いすぎじゃない? あんな可愛い子の手作りお菓子をそこまで悪くいうなんて何様?と思ったがよく良く考えれば青峰の方がさつきちゃんとの付き合いが長かった。負けた気分。 そうこうしているうちにほかの部員が来るのが見えたので私と青峰の会話はそこで終わった。私は慌てて鍵を開け、いつも通り部活が始まる。最後、青峰と目が合った時に、頼んだぞ、という目で見られたがまあ考えすぎだろう。 なんて気楽に考えていたのが間違いだった。次の日、私はさつきちゃんの恐ろしさを知ることになる。 「(なんだこれは……!!)」 さつきちゃんができたクッキーを笑顔でラッピングしている。いやクッキーと呼んでいいかわからない。そのクッキー(らしきもの)はよくわからない黒さをしていて何故かシューシューと煙が上がっていた。 「ね、ねえ」 「なあに?」 「それ、ちょっと食べてみてもいい……?」 「いいよ!」 見た目はインパクト大だがもしかしてもしかしたら美味しいのかもしれない。そんな淡い期待を抱いて私はその黒い物体を口に入れた。 そしてそこからの記憶はない。 そしてバレンタイン当日の朝。 「はいみんな、バレンタインあげますね!」 その声に反応し朝練終わりの部員がぞろぞろと集まってくる。さつきちゃんは笑顔でチョコを配り始めた。もちろん私もその隣で手伝う。 そう、チョコだ。クッキーではない。透明なラッピング袋の中には市販のパーティパックのお菓子が数個ずつ入っているのだ。あの不味さ、というか兵器っぷりを身にもって知った私はあれからなんとかさつきちゃんを説得し、既製品を配ることに成功した。食べてからの記憶が全くないんだけどどうやらさつきちゃんいわく1時間ほど寝ていたらしい。それって気絶なんじゃ……? ふと、青峰と目が合った。すると深々とお辞儀をされた。感謝の気持ちはわかるけど目立つからやめて。ほら赤司がめっちゃ見てるから。 「朝に青峰に謝られていたのはどうしてだい?」 ほら。 「あー…話せば長くなる」 赤司に話しかけられたので、私は体を軽く後ろに向けて答えた。今は朝練が終わって教室に来たところだ。ホームルームまではまだ時間があり、登校してきた生徒で教室は賑わっている。 席について話している私たちを見る生徒はいない。なぜなら席替えして1ヶ月以上経つが、この光景はほぼ毎日繰り広げられているからだ。赤司本当にびっくりするぐらい話しかけてくるからな。やばいぞ。 「長くなる?」 「色々あって青峰に感謝された」 「あれは感謝なのか」 ほう、と赤司は呟いた。まあ確かに傍目からみたら謝られてるように見えるわな。 「そういえば赤司、これ」 思い出したことがあって、私は鞄をあさってとあるものを渡した。赤司にだけ、特別だ。 「これは?」 「バレンタインチョコ」 ほかの部員にはパーティパックを詰め合わせたものをあげたが、赤司に同じものをあげるのは違う気がして別で用意した。義理チョコならぬ感謝チョコというやつがあると聞いてすぐに別で作ろうと決めたのだ。日曜にさつきちゃんと作った(そして気絶した)あとに1人で作り一応味見はしたけど、高級なものばかり食べてそうな赤司の舌に合うかはわからない。 「美味しくなかったら捨てて良いよ」 「そんなことはしない。わざわざ作ってくれたんだろう?」 「まあそうだけど…」 赤司は私が渡したチョコを目を細めて眺めていた。その表情から何を考えているかはよくわからないけど、いやな気持ちをしているわけではないことはわかる。赤司はふっと微笑むと口を開いた。 「なら、大切に食べるよ」 そう言って赤司は自分の鞄にチョコをしまった。え? なんの笑顔だ今のは。庶民が頑張って作ってくれたのだな、的な笑顔? さすがに考えすぎか。 まあ受け取ってくれたから良いや。てかこいつ、私以外からも今日はたくさんチョコもらうんだろうな。いいな。ちょっとわけてくれないかな。 「こんな良いものをもらったのなら、しっかりお礼をしないとね」 「え、いいよ別に」 「何が欲しい? 寿司でも行こうか?」 「こわ!」 てかお返しに寿司ってなに! 金持ちか! あ、金持ちか。 「絶対高いとこじゃん、やだよ」 「そうなのか? 名字なら喜んで食べに来ると思ったんだけどな」 「そんないやしくないわ!」 そう突っ込めば赤司は面白そうにクックッと笑った。なんだこのからかわれかたは。赤司時たま金持ちジョーク飛ばしてくるから怖いわ。 「…まあ、きちんと考えておくよ」 金持ちジョークに関してもう少し文句を言ってやろうと思ったが、微笑みながらそう言われて結局何も言えなくなった。何度も言ってるけどイケメンの笑顔はずるい。 ← → 戻る |