私は、喧嘩自体が強いというわけではない。 そもそも、喧嘩が強いのというのは灰崎のような奴をさすのだと思う。反射神経も動体視力もよく、他人の技を盗むというスキルのせいか、あいつは相手の動きをよく見ている。すんでのところで避けたりかわしたり出来るし、相手の隙をついて殴るのも上手い。 一方、私の動体視力は良くて並だ。反射神経もそんなによくない。 だから相手の攻撃をしょっちゅう受けるし、その分怪我をよくする。相手の隙とかもよく分からないからガードされることも多い。 ただ、力は強いのだ。 何発かわされようともガードされようとも、また相手から何発殴られようとも、相手を先に倒せばそれで終わりなのだ。力で押すことが出来るので、当てさえすれば。 だから私の喧嘩は単調なものだ。殴るか、蹴るか。ただそれだけ。 「…落ち着けと、言っただろう。」 静まり返ったその場に、赤司の声が響いた。それを聞いて、私は我に返る。 どのくらい時間が経ったのだろう。いや、どのくらい相手を殴っていたのだろう。私と赤司以外で立っている人はいなかった。……ああ、勝ったのか。そう気づいた瞬間、体が痛み始める。一体、今回はどれぐらい殴られたんだろう。最早覚えていない。 「気分はどうだ。」 「……あまり良くないかも。色んなところが痛いし。」 「顔にも痣が出来ている。しばらくは消えないだろうね。」 「そう。」 赤司の声は、少し怒っているように聞こえた。 「…落ち着け、と言ったのにお前は無視したな。」 「落ち着いてたよ。ちゃんと周り見て、人いないの確認してから、殴ったし。」 「そういう落ち着き方はいらない。」 赤司はそう言ってため息をついた。そしてあたりを見渡した。 改めて見ると、ひどい現状だ。目立って血などは見えないけれども、倒れている不良が凄惨さを演出している。多分、私の顔も赤司の言う通り酷いものなのだろう。 「どう説明するんだ、これは。」 「……あ、」 そうだ、ここは学校で、文化祭中で、しかも相手は外部の人で。このことを先生に隠すことなんて出来ないんだ。説明をしないといけないんだ。 ……どうしよう。私がやったって、ばれたら。 「…赤司がやったってことには。」 「それは無理だ。こいつらが目覚めたら、事情聴取があるだろう。」 「あっそれはやばい。」 それは本当にやばい。色々やばい。具体的に言うと、 「名前ちゃん!」 「あ、」 さつきちゃんにバレてしまうのが、やばい。 遠くから名前を呼ばれて振り返れば、そこにはこっちに向かって走ってくるさつきちゃんがいた。やばい、本当にやばい。 「あ、あの…さつきちゃん…これには訳が、」 「先生つれてきたよ!」 「え、」 そう言うさつきちゃんの後ろには先生がたくさんいた。あ、そうだ、先生呼んできてって言ったんだった。 …これは詰んだわ。退学だわ。目の前が真っ暗になるような気分だ。 さつきちゃんは、私を見て、私たちの周りを見て、目を丸くした。 「これ、名前ちゃんがやったの…? 」 ああああ無理だ! 嫌われる! ……泣きそう。 「すごいね!」 「…え?」 さつきちゃんの口から出てきた言葉は意外なものだった。 「名前ちゃん護身術ならってたって言ってたもんね! すごいよ! かっこいい!」 「え、あ、……うん。」 その言葉には赤司も目を丸くした。 …そうだった、灰崎のお目付を任された時、苦し紛れにそう言ったんだった。私自身も忘れてた。 「護身術?」 「はい。」 さつきちゃんと一緒にいる先生がそう言って。私が何かをいう前に、そう答えたのは赤司だった。一歩前に出て、言葉を続ける。 「先に手を出されたので、これは正当防衛です。」 赤司は私の頬を指さしながらそう言った。先生もその言葉に、うーんと唸っている。少し悩んだそぶりをした後、先生は私の方を向いて口を開いた。 「分かった。そのことについては、話を詳しく聞いてから判断しよう。名字はとりあえず保健室で治療してきなさい。」 「あ、はい。…赤司も、」 「俺は大丈夫だよ。状況説明する人間が必要だろう。」 桃井は名字について行ってやってくれ。そう言って赤司は先生の方へと歩いていった。私の代わりに説明をしてくれるのだろうか。私は取り繕うことが苦手なので、赤司が代わりに話してくれるのならそれはとても有難いことだ。 さつきちゃんがそばに来てくれて、保健室に行こう、と声をかけてくれた。 「そうだ、礼を言っていなかったね。」 後ろから赤司の声が聞こえて、振り返る。 「ありがとう、名字。」 そういう赤司の笑顔はとても優しいもので。少しだけ、ほんの少しだけ心臓が高鳴った。 ただ、顔を赤くして私を見るさつきちゃんには気づかないふりをしておく。 ← → 戻る |