嘘つきによろしく


時がすぎるのはあっという間で、今日は文化祭当日だ。

ちなみにあれから、本当に毎日赤司の練習に付き合わされた。ホームルームでの全体練習が始まってからもなお付き合わされた。何故なら、ジュリエット役の子が赤司にときめきすぎてろくに練習にならなかったからだ。うん、予想はできてた。
それでも慣れというのは恐ろしいもので、1週間たった頃には私はほとんど照れなくなった。ジュリエット役の子もなんとか最後まで演技できるようにまでなった。人間の適応能力はすごい。

ただ、必要ないのにジュリエットの台詞を全て覚えてしまった。このままジュリエット役の子が上手くやれなければぜひ変わってくれ、と赤司に言われ無理矢理覚えさせられたのだ。脳の記憶スペースだいぶ無駄遣いしたわ。ジュリエット役の子よ、無事に最後までやり遂げられるようになってくれて本当にありがとう。仮に私が劇に出たらどうなっていたことか。そもそも人前で演技なんてごめんだ。


「名前ちゃん、ごめん! 待った?」

「ううん、大丈夫だよ。」

さつきちゃんが廊下の向こうからパタパタと走ってきて手を振る。私も小さく手を振り返した。
昨日、さつきちゃんに「名前ちゃん、一緒に文化祭まわらない?」と言われたのだ。首をかしげながらそう聞かれて、断れるやつなんて果たしているのだろうか。少なくとも私は、そんな輩いないと信じてる。まわろう!と即答した。

私は衣装係なので、文化祭の日にすることは特にない。なので今日はもっぱら見る専だ。うちのクラスの劇は昼からあるのでもちろん見に行こうと思う。ただ、さつきちゃんは昼からクラスでやっている喫茶店の売り子当番にあたるらしいので、多分劇は1人で見に行くことになるだろう。少し寂しい。

ちなみに赤司の衣装はばっちり作った。それはもう王子様感満載のやつを。作るのは結構楽しかったしいろんな人に褒められたしで、裁縫に目覚めるかと思った。

「なにからまわる?」

「私焼きそば行きたいなあ。今の時間だとむっくんが作ってみどりんが売ってるし。」

「そうなんだ。」

そういえばあの2人同じクラスだっけ。てかさつきちゃんレギュラーの売り子の時間全部把握してるのかな…すごい。

さつきちゃんが行きたいというので、私たちは中庭にある焼きそば屋へと足を進めた。ソースの香ばしい匂いが風に乗ってやってくる、いい匂いだ。まだお昼には早いけどお腹すきそう。
屋台へ近づくと、鉄板の上で焼きそばを焼いている紫原がいた。会計らしいところでは緑間が仏頂面で立っている。ちょっと面白い。

「むっくん! みどりん!」

「…桃井に名字か。」

「やっほ。」

片手をひらひらあげたけど緑間には無視された。紫原は端からこちらを見ていない。まあ私自身さつきちゃんほどフレンドリーではない自覚あるけど、こいつらの態度もなかなかだな。

まだ文化祭は始まったばかりで時間も早く、屋台系のお店にはあまり人がいなかった。空いているならそれはそれでラッキーだ。
さつきちゃんは屋台まで小走りで行き、緑間に「ひとついくら?」と聞いていた。私はそのあとを歩いて追う。
屋台についたその時、紫原が鉄板から私の方へと目線をあげた。

「…あれ、あんた赤ちんと一緒じゃないの。」

「赤司なら昼からある劇の練習中だよ。」

そんな常に赤司とセットみたいな言い方はやめてほしい。が、紫原は特に意図して言ったわけではないらしく、ふーんと適当な相槌をうった。…まあいいか。
そこで会話が終わるかと思ったのだが、何故か紫原は話を続けた。

「赤ちん劇出んの?」

「うん。ロミオとジュリエットのロミオ役でね。」

「うわ、似合いそ。」

「もうぴったりだよ。」

「へえ。劇、どこで何時から?」

「えーっと、体育館で1時から。」

今は10時半だから、まだ始まるまで結構ある。
そこまで話すと、さつきちゃんにちょんちょんと肩を叩かれた。

「名前ちゃん、焼きそば1つ150円だって。」

「ほんと? じゃあ買おうかな。さつきちゃんはどうする?」

「私も買うね。」

2つください、とさつきちゃんが緑間に言う。

「150円あるかな…。」

「釣りの小銭があまりないから、札では払うな。釣り銭無しで出せ。」

「まじか、ぴったりないわ。」

「あ、私300円あるから立て替えよっか?」

「ありがとさつきちゃん。」

財布をのぞいたが、小銭があまり入っていなかった。 なので立て替えをお願いすれば、任せて!と胸をはるさつきちゃんが可愛くてどうにかなりそうだった。本当にさつきちゃんは一挙一動すべてが可愛すぎると思う。私がやってもこうはならないしほんと神様は不公平だ。
それにしても緑間の言い方な。こんな偉そうな会計係で経営は大丈夫なんだろうか。まあ駄目だろうな。

紫原がジュージューと焼きそばを焼くのを私はなんとなく眺める。さつきちゃんは緑間と占いの話をしていた。あの緑間と話を続けられるあたり、本当さつきちゃんのコミュ力はすごいと思う。私なら無視された時点できれて終わるわ。我ながら性格に難ありすぎ。

「1時からなら俺暇だし、見に行こーかな。」

「ん? ああ、劇の話?」

「そー。」

赤ちんのロミオ役見てみてーし、と紫原は続けた。やっぱり赤司のロミオというのは見てみたくなるものなんだな。

「赤司のロミオやばいよ。」

「なにが?」

「台詞が。」

「まじで。」

そう言って紫原は、顔を上げて私の方を見てきた。それはもう少女漫画もびっくりの台詞よ、と続ければ紫原はわかりやすく興味を持ったようだ。

「絶対行こ。」

そう言いながら、紫原は完成した焼きそばをパックに詰めた。ありがとうと言ってさつきちゃんと一緒に2つ受け取る。

そのまま中庭に行ってさつきちゃんと一緒に食べたが、めちゃくちゃ美味しかった。なに紫原、料理人なれるだろこれ。



12時半になり、さつきちゃんは名残惜しそうにクラスの喫茶店の売り子へと行った。一人になった私は少し早いけど体育館に行くことにした。どうせだし早く行っていい席とろう。

体育館に行けば思った以上に人がいた。しかも、ほとんどが女子だ。あちらこちらから赤司という単語が聞こえるあたり、みんな赤司目当てなんだろうか。上履きの色的に上級生もかなりいるようだ。そういえば2年や3年からも人気あるとか言われてたな赤司。

「あ、マネージャーじゃん。」

「ん?」

前から5番目の舞台全体がよく見える席に腰を下ろせば、斜め上から声をかけられた。見上げれば紫原がそこにいた。あ、ほんとに来たんだ。

「あんた1人ー? さっちんは?」

「さつきちゃんなら喫茶店の売り子行ったよ。」

「ふーん。」

そう言って紫原は私の隣の席へと座った。えっ。
てっきり違う席へ移ると思っていたから、この行動には正直驚いた。あまり話したことないし気まずいかもとか思わないのかこいつは。てか紫原の体がでかいから圧迫感がすごい。

「紫原も1人なの?」

「うん、みどちん誘ったんだけど「あの赤司のそんな姿は見たくないのだよ」って断られた。」

「まじかよ。」

嘘だろ緑間、逆だろ。あの赤司だからこそそんな姿が見たくなるってもんだろ。どうやら緑間とは一生分かり合えなさそうだ。

「あと途中でザキちん見つけたから誘おって思ったけど、なんかキャプテンに連行されてたからやめた〜。」

「なにしたのあいつ…。」

キャプテン超怒ってた〜という紫原の言葉を聞いて私は頭を抱える。せっかくの文化祭なのに、なんで虹村先輩怒らせるようなことしてんのあいつ。おそらく煙草か喧嘩だろうけど。

「あ、そうだ。あんたに聞きたいことあったんだよねー。」

「ん?」

「なんであんたって赤ちんと仲いいの?」

純粋な目でそう聞かれて、ドキッとした。

「…同じクラスで同じ部活だし。あと、小学校も一緒。」

「そーなんだ。」

「そうだよ。」

「でもそうだとしても仲良すぎだよねー。…なんか赤ちんが気にしてるって感じ。」

鋭いなこいつ。その鋭さが少し怖くなった。

「なんでなの?」

なんでって…喧嘩っぱやい性格を治すために赤司に協力してもらってます。だなんて言えるか。

結局、劇が始まるまで紫原の追求は続いた。まだ始まってもないのに、なんかもう、疲れた。



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