わたしは星になれたかな


あれから数週間、真ちゃんとの仲は相変わらず好調だ。

だが、私には1つ悩みがあった。

「真ちゃん、私のこと名前で呼んでくれないんですよ。」

「俺、帰るわ。」

「待ってください宮地先輩!!」

ゲンドウポーズをして真剣に話す私を尻目に、席を変えようとした宮地先輩を私は慌てて引き止める。

「話ぐらい聞いてくださいよ!」

「一切聞きたくねえ。」

「殺生な!」

宮地先輩は吐き捨てるようにそう言った。ひ、酷い…!

ちなみに今はお昼休み。お弁当を家に忘れてしまった私は食堂でぼっち飯をすることになり、そこで同じ理由で1人でいた宮地先輩に出会った。ちなみに真ちゃんと高尾くんは食堂までついてきてくれようとしたのたが、2人のクラスは次の時間が体育で早く更衣室に向かわないといけないので、丁重にお断りした。3人で食堂なんてきたら話し込んでしまって、絶対に体育間に合わないと思ったし。

宮地先輩に出会った瞬間、同じ日にお弁当を忘れるなんてこりゃ運命だわ、と思った。そして、私の最近の悩みについて相談したのだが、

「お前らのバカっぷる事情に俺を巻き込むんじゃねーよ。」

この言い草である。可愛い後輩の悩み事ぐらい聞いてくれたっていいのに…!

だがしかし、私には秘密兵器があった。それはもう、宮地先輩をこの場に引き止めるぐらいの威力を持つ秘密兵器が。

「…はい、ここに宮地先輩の受験の次の週にあるみゆみゆのコンサートのペアチケットがあります。」

「続きを聞こう。」

思った以上にちょろかった。



あのあと、宮地先輩はそれはもう真剣に私の悩み相談を聞いてくれた。そしてたくさんのアドバイスを提案してくれた。

自分で誘っておいてなんだけど、チケット一つであそこまで親身に悩み相談してくれる宮地先輩がちょっと怖かった。宮地先輩、チケットもらえるからって不審者とかについて行っちゃダメですよ…。

そして宮地先輩にたくさん頂いたアドバイスを吟味した結果、名字で呼ばれた時に私のこと名前で呼んで?と可愛くお願いすることにした。宮地先輩が最初に言ってたアドバイスそのものは「んなもん名字で呼ばれた時にうるせえ名前で呼びやがれって蹴りゃいいだろ」という乱暴なものだったが、それを自分なりに消化した結果こうなった。
うん、可愛くお願いか、これならうまく行きそうな気がする。ありがとう宮地先輩恩に着ます。コンサートもぜひ一緒に楽しみましょう。

それにしても自分で考えておいてあれだけど、可愛くお願いってどうすればいいんだろう。下手したらぶりっ子になりそうだし「気持ちが悪いのだよ」って一刀両断されそう。うん、てか絶対される。
ネットで色々検索したがあまりピンと来るものがなかった。
うーん…、



「で、どうしたらいいと思う?」

部活も終わり、モップがけの最中。私は頼れる男友達である高尾くんに助けを求めた。
高尾くんは私の悩みを聞いた瞬間ぶっと噴き出したが、それでもさすがはハイスペック男子である。すごいアイデアをくれた。

「そりゃあもう、あれしかねえっしょ。」

「なになに?」

どこか楽しそうな高尾くんからちょいちょいと手招きをうけて私は耳を寄せた。ヒソヒソと高尾くんはあることを耳打ちしてくれる。
その瞬間、私は身体に稲妻が走ったかのような衝撃を受けた。な、な、なんだそのアイデアは。

「……高尾くん、」

「なに?」

「天才だよ君は。」

「あんがと。」

にやっと高尾くんが口を抑えて笑う。私も思わず笑顔になった。

よし、これで準備は完璧、あとは今高尾くんに教えてもらったことを実行するだけだ! 待ってて愛しのマイエンジェル!!



そして部活も終わり真ちゃんとの下校中。私は会話をしながら、真ちゃんが私のことを名字で呼ぶ瞬間をまだかまだかと待ち構えていた。
そしてその瞬間は電車から降りて数分してから訪れた。

「でさあ、数学の授業で騒ぎすぎちゃって先生に怒られたの。」

「授業ぐらい真面目に聞け。」

「ついつい盛り上がっちゃったよね。反省はしてる。」

「…高尾も名字も、もう少し静かにするべきなのだよ。」

「……!」

きた。
真ちゃんが名字と呼んだ瞬間、私は歩くのをやめ立ち止まった。真ちゃんは少し遅れて止まりそのせいで私たちの間に約1歩分の距離が開く。
真ちゃんの斜め後ろに立ち止まる私、高尾くんに言われた通りの完璧な位置取りだった。

「む?」

「あのね、真ちゃん。」

私は顔をうつむかせて、真ちゃんの学ランの裾をぎゅっと軽くつまんだ。それを受けて、真ちゃんの肩が少しはねる。
う、うううう今真ちゃん肩びくってなった可愛い! やばい超叫びたい! けどここは我慢だ我慢。今叫んだりしたらせっかく高尾くんからもらったアイデアが台無しになる。

「…どうした?」

「お願いが、あるの。」

ここまで言ってから、私はゆっくりと顔をあげた。目線の先には真ちゃんの顔があり、視線が合う。真ちゃんは少し驚いたようにパチリと瞬きをして、私の目を見つめ返してきた。可愛い。
私は少しだけ眉を寄せて、まるで拗ねているかのような表情をした。なおかつ照れているような感じも出しておく。そして、口を開いた。


「……名前って呼んで。」


真ちゃんにだけ聞こえるような小さな声でそう言った瞬間、真ちゃんの体が固まった。
でも、頬だけはじわりじわりと赤く染まっていって。顔全体が林檎のように真っ赤になるまで、そう時間はかからなかった。

高尾くんに教えてもらった可愛いお願いの仕方、それは「斜め後ろでうつむいて服の裾をつまみ、お願いした後に照れながら拗ねたように顔をあげる」というものだった。
ほんと高尾くん天才すぎてびっくりしたよ。どうやったらこんなぶりっ子にならないきゅんとするような仕草思いつけるの。女子の私ですらこんなことされたらときめくわ。今度高尾くんにはなにかお礼の品を送ろうと思います。

真っ赤な真ちゃんを見てにやけそうになる表情筋をなんとか押さえ込んで、私は真ちゃんが口を開いてくれるのを待つ。
どうやら高尾くんのアイデアの効果は絶大だったみたいで、真ちゃんは照れながらもどこか慌てたように目線をあちこちに動かしていた。うん、これはちゃんと可愛くお願いできたってことでいいんだよね。成功してるよね。

しばらくして少し落ち着いたらしい真ちゃんは、私の目をじっと見てきた。その頬はまだ真っ赤で、口はなにかを言いたいようにもごもごと動いている。何度も何度も瞬きが繰り返された。
私は何も言わずにただただ待つ。ゆっくりと、真ちゃんの口が開かれた。


「………名前。」


それは本当に蚊の鳴くような声だったけども、私の耳に入るには充分で。
これは、やばい、やばい。だって! 真ちゃんが! 私の名前を!呼んでくれた!!! 歓喜のあまり思わず全身が震えた。嬉しすぎて何故か泣きそうになる。
真ちゃんのことを好きになってからはや四年、ついにここまできた。

真ちゃんは照れくさそうにふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。それでも、緑の髪の隙間から見える耳は真っ赤なのだ。駄目だ、これは笑顔が抑えきれない。幸せとはおそらくこういうことを言うのだろう。

「真ちゃん、」

「…なんだ。」

「ありがとね!」

うん、よし、これでもう満足だ。目的はすべて果たせた。
私はうきうきとスキップをするかのような気分で、歩くのを再開する。嬉しさで今なら空も飛べそうだ。そんな私のあとを真ちゃんは赤い顔のまま黙ってついてくる。はい可愛い〜はい天使〜〜〜!!

だけど真ちゃんのデレは、いつも私の予想を超えてくるもので。

「おい、」

「なに? 真ちゃん。」

「………お前は、俺のことを、名前で呼ばないのか。」

「へ、」

振り返ればむっとした顔の真ちゃんが私を見下ろしていた。え? 今なんて言った?
………ちょ、ちょっと待って。な、なにそれ、なんだそれ。そんなこと、わざわざ言ってくるとかもしかして、真ちゃんも、…呼んでほしいって、こと? なの?

「…し、」

「……。」

「……し、んたろう?」

「…それでいい。」

俺だけ呼ぶなど不公平だからな、と言って眼鏡を指でカチャリと押し上げる。その顔は随分と満足そうなもので。

待って、待って、これはやばい、やばすぎるぞ。

「…む?」

「……。」

「おい、どうした。」

「……。」

「名前。」

「……。」

「聞いているのか。」

「……聞いてる。」

「急に顔をおさえてどうした。」

「真ちゃ…真太郎のせいだよ馬鹿!!」

突然の爆弾級のデレのせいで、私の顔は前が向けないぐらいに真っ赤になった。駄目だ、ほんと駄目だ、さすがにこれは予想以上すぎるでしょ。

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。」

「うるさい馬鹿! 好き!」

「…貶すのか好意を伝えるのかどっちかにしろ。」

「好きに決まってるじゃん!!」

「なっ、おい!!」

私はここが道路だということも忘れて真ちゃ…、真太郎に抱きいた。

戸惑ったような声を出されたが、突き放すようなことはされなくて。真ちゃん改め真太郎は、今日も優しくて素敵だ。



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