劇が決まってから1週間がたった。 とはいえ、台本ができるまでは劇に出る人たちと私たち小道具も特にやることはなく、普通に生活をしていた。脚本係の人たちはずっといろいろ話し合いをしていて忙しそうだったけど。 そして今日、ついに台本ができたらしい。脚本係の子がクラス全員分印刷して、ホームルームの時に配布してくれた。ご丁寧に表紙には「他クラスの人に見せるの禁止!!」と書かれているのが少し面白い。中身をパラパラ見たが話が結構本格的だったのでワクワクしてきた。 でもロミオの台詞はまるで少女漫画のようなめちゃくちゃ甘いもので、役者でもない素人がこんなこと言ったら普通なら寒くなりそうだけど…赤司だったら余裕で様になりそうだな。てか多分脚本係の子たちもそれ狙ってこの台詞書いたんだろうな。見るのがかなり楽しみだ。 「名字、ちょっといいかな。」 そんな台本が配られた日の放課後。部活が終わってすぐ、赤司に声をかけられた。 「どうしたの?」 「今から少し時間はあるか?」 「大丈夫だけど。」 「そうか。」 じゃあ着替え終わったあと荷物を持って第3体育館に来てくれ、と赤司は続けた。急になんだと思ったけども、赤司のことだ。どうせ部活関連のことだろう。 そう思った私は、わかったと返してそのまま更衣室に向かった。 第3体育館は、ほかの体育館より少し狭いのもあり居残り練習にはほとんど使われない。そのこともあって、第3体育館にいるのは私と赤司だけだった。 「ここなら誰にも見られないな。」 「なにが? てかどうしたの。」 来たのはいいけど私はまだ呼び出された理由を聞いていなかった。赤司は腕を組んで口を開く。 「今日、クラスの劇の台本ができただろう。」 「うん。」 「それでだな、俺の練習相手になってくれないか。」 「…は?」 練習相手、練習相手とは。なんだそれ、どういうことだ。 「ジュリエット役の台詞を読んでくれるだけでいいから。」 「ちょっと待って。」 なるほど、練習相手ってそういうことか。台詞合わせの相手になれってことか。 …なんだその恥ずかしい役回りは、さすがにやりたくない。私は今日見た台本の内容を思い出す。うん、あんな台詞赤司に言われるとかなにそれ恥ずかしすぎるだろ。 「やだよ、恥ずかしい。」 「俺だって恥ずかしい。」 「赤司は仕方ないでしょ。」 推薦で選ばれたんだし、今恥ずかしがってもどうせ本番までに何回もやらないといけないんだから。 でも、私は違う。劇に出るわけじゃないからこんな練習相手とかになって恥ずかしい思いをする必要なんて全くない。 「…選ばれたからには練習しないといけないからね。」 「ジュリエット役の子とやればいいじゃん。」 「朝や放課後にすれば練習に遅れてしまうし、相手を部活が終わるまで待たせるのは流石に酷だろう。」 確かに、ジュリエット役の子は帰宅部だからこんな遅くまで待つのは辛いだろう。でも、 「なんで私を巻き込むの。」 「…俺は男に愛の言葉なんて言いたくない。」 それは要するに、部活のメンバー相手には練習したくないということだろう。まあ最もな意見だ。男同士でロミオとジュリエットなんてちょっとあれだ、あれ。 「じゃあもうホームルームで練習するまで待ってたら?」 確か来週ぐらいからクラス全体での練習がホームルームを使って行われるはずだ。うん、それまで待てばいい話じゃん。わざわざ今からする必要って別になくない? そう思ったのだが、 「練習不足で中途半端なものになったらどうする。」 「何その完璧主義。」 いや、赤司が妥協を許さない性格だってことは知ってたよ? でもこういう時ぐらいはちょっと手を抜いてもいいんじゃないかな。 「ほら、さっさとやるぞ。」 「あ、やるのは強制なんだ。」 「心配しなくても帰りはちゃんと送っていく。」 「そこ心配してるわけじゃないけど…。」 やらないって選択肢はどうやら赤司にはないらしい。…説得するのも拒否するのも面倒くさくなってきたし、もう練習相手になってあげようか。帰りはあのふかふか高級車に乗せてくれるみたいだし。 どこか投げやりな思考になりながら、私は鞄から台本を取り出した。うん、私優しいね。 「『あなたの瞳が、僕には恐ろしく見えます。』」 赤司は切ない顔をして、だけど目には静かに熱を宿してそう言った。 「『家同士の宿命や恨みなど、あなたが僕を優しく見てくれるのなら全く関係ありません。何故なら、あなたへのこの気持ちを失い長く生きるよりも恨まれて殺される方が僕にとってはとても幸せに感じるからです』」 「『…だ、誰が、あなたをここまで連れてきたのですか。』」 「『僕を連れてきたのは、愛です。案内をしてくれた人なんていません。あなたがどこにいようとも、僕はあなたという宝を求めてどこまででも探しにいきますよ。』」 そこまで言って、赤司は愛おしそうに微笑んだ。 あっ駄目だこれ。駄目なやつだ。 「…………ちょっと待って、ちょっとストップ。」 私は慌てて静止の声をなげかける。すると赤司は微笑みから一転、呆れたような表情をした。 「またか。これで何回目だ。」 「……だって仕方ないじゃん。」 練習に付き合うことに自体には問題はなかった。しかしやっていて分かったのだが、この練習に関してどうしても困ることが1つあった。 それは、赤司の顔で口説き文句を言われると結構照れるということだ。もうなに、なんでこんな顔イケメンなのこいつ。なんでこんな演技うまいのこいつ。うますぎるし絶対練習する必要ないでしょ。 その台詞が私に対して言ってるわけではないってことぐらいわかってるのにどうしてもドキドキしてしまう。私ですらこうなるんだ、これ練習中に相手役の女の子ぶっ倒れるんじゃないの。 しかもさらに困ったことに、私が照れてることに気づいたらしい赤司が途中から面白がってわざと甘い台詞をポンポン吐いてきて、ほんと、赤司じゃなかったら殴ってた。最初は赤司も少し照れていたのに今ではもうすっかりノリノリだ。 やめろ、楽しそうに口説き文句言ってくるのほんとやめろ。耐えかねて「わざとやってるでしょ」って言ったら意味深に笑われたしほんともう。赤司以外の人間なら殺してた。 「それにしても、」 「どうしたの。」 「名字が相手なら良かったのに。」 「へえ。」 「気を使わなくていい。」 「だろうね。」 最近、赤司が私と話す時には若干素が出てるなは私も薄々思っていた。うぬぼれとかじゃなくてなんとなくだったけど、他の子が頬を赤く染めて話す赤司像と私を相手にする実際の赤司は全く違うものに感じる。 赤司様と呼んで赤司を崇めている女子たちに声を大にして言いたい、こいつ案外年相応だからな。 「『…僕の愛する天使よ、祈りを聞き届けてくれないか。』」 「ちょ、急にはじめんな。」 ただ、だからと言って面白がって甘い台詞を吐いてもいいってわけじゃないけど。 「 『あなたはまるで天の使いだ。僕の頭上で輝いて、人々が崇めるような天使なんだ。』」 「もう勘弁してください…。」 ただてさえ顔整ってるんだから、お前、もう、微笑むのやめろ、やめろください。ここで私をときめかせてどうする。 「何回も聞けば慣れるだろう?」 「慣れるわけない。」 「じゃあ慣れるまで言おうか。」 「…赤司、もうやめよう、帰ろう。」 「そうだな。じゃあ今日はここまでにして、明日からは毎日付き合ってもらおうか。」 「マジか。」 拷問かよ。 でもまあ、別に練習に付き合うのを拒否したいわけじゃない。 だけど、黙ってやられているだけの私でもなかった。 「赤司、服脱いで。」 「え、」 次の日、同じように第3体育館に集合してすぐに私はこう言った。 予想はしていたが、その言葉を受けて固まった赤司を見て思わず噴出してしまう。待ってその顔超面白いんだけど。 「変な意味じゃないよ。」 「…じゃあなんだ。」 「衣装つくるから、サイズはからないといけないの。」 そう、変な意味じゃない。私は小道具係の中でも衣装を作る役になったので、赤司のサイズを知る必要があったのだ。そして衣装を作る役の子たちに、赤司くんのサイズを部活のあとにはかってきてくれる?と頼まれただけだ。男子のサイズはかるとかそれ女子にたのむことか? と思ったけどどうやら上半身だけでいいらしい。いや、それでも結構あれじゃないのか。 「…言い方はわざとか。」 「仕返し。」 べ、と舌を出しながら言えば赤司は少し面食らった顔した。やっぱ面白い。私は借りてきたメジャーを鞄からとりだした。 「私あんま詳しくないけど、胸囲だけはかったらいいらしい。」 「それなら脱ぐ必要なくないか。」 「まあそうだね。」 しらっとそう言えば赤司に若干睨まれた。が、華麗に受け流しておいた。 中学に上がってから約半年、だんだん赤司の扱い方に慣れてきたもんだ。 ← → 戻る |