名字の了承を得て虹村さんに今回の事情を話し、部活に15分だけ遅れる許可を得た。監督には虹村さんから上手く言ってくれるそうだ。 虹村さんはなにか察したのだろうか、俺たちがその15分でなにをするのかは聞いてこなかった。 裏庭から、数人の会話が聞こえる。話し声を聞くからに男と女が2、3人でたむろしているのだろう。微かににおってくる煙草臭から、彼らが不良と呼ばれる人種であることを判断するのは容易だった。 「…てかさー、あの女ってまだ赤司様と一緒にいるわけ?」 「靴箱とか色々したのに全然こりてないよねー。マジでうざいわ。」 「なあ、そいつって可愛い?」 「んー、普通?」 「まあ普通だよね。」 「は?可愛くないなら来た意味ねーじゃん。」 「そんなこと言わないでよー。せっかく他校から呼んだんだから、ちゃんと働いてよね。」 「俺可愛くない奴襲う趣味ないわー。」 「いいからいいから、ちょっと脅してよ。」 「そうそう、好きにしてくれていーよ。」 「そのまま学校こなくなったらいいのにねー。」 「マジそれ。」 「まあ女は女だろ。ただでやれるならラッキーだわ。」 「超ウケるー。」 ギャハハと笑い声が聞こえた。下品な会話だ。聞いていて反吐が出そうだった。 名字は、俺の隣に黙って立っていた。会話の内容に反応することなく、確固たる意志を持った目をしていて。そのまま、不良たちの方へと歩いていった。 「あ、…ちょ!」 「…は、なに。」 「うわ。」 名字の登場に反応した女たちの驚いた声が聞こえる。 「で、…なに。」 「まさか怒って現れたとかいうやつ?」 「わざわざ来るとか馬鹿だよね。」 それでも多勢に無勢と思ったのか、すぐに驚いた声色は消えて余裕のある態度に変わった。 名字の声は、まだ聞こえない。 「ふーん、まあ、ありっちゃありな顔だな。」 「ちょうどあっちから来てくれたし、いいわ、今やっちまおーぜ。」 「ちょっと待ってよ、まだカメラの準備出来てないし。」 「早くしろよー。」 下劣な笑い声が聞こえる。そろそろかな、と感じたその瞬間。 「うるさいな。」 バキ、と強く打ち付けるような音があたりに響いた。遅れてドサッとなにかが倒れる音が聞こえる。 その前に発せられた声は名字のもので。ああ、やっと、動いたか。 「……は、?!なんなの、お前!」 「うるさい。」 慌てるような声がしたが、すぐに打撃音が追って聞こえた。そこから聞こえるのは、殴る音に蹴る音、倒れる音、誰かが息を呑む音。それだけが続いた。 「な、んなの……!」 「なにが。」 「…あ、あんた!こんなことして!」 しばらくして、音はやんだ。どうやら片付いたようだ。 代わりに聞こえてきたのは、女のすすり泣く声と、震える話し声と、冷静な名字の声。…そろそろだな。 「……赤司くん?!」 俺の姿を見て女が素っ頓狂な声をあげた。目の前に広がるのは呻きながら倒れる男たちとその真ん中で真顔で立っている名字、そして少し離れたところで腰を抜かして座っている女達。ああ、男にしか手を出していないのか。まあ、そのほうがいい。 「話は聞いていた。これ以上何もされたくなければ、黙っておくことだ。」 「ひ、」 「大人しくしていれば、なにもないことを保証しよう。……わかったな?」 「……は、い。」 「……行くぞ、名字。」 「うん。」 あれだけ怯えていれば、恐らくこれ以上なにかしてくることはないだろう。そう確信し、名字を連れて俺たちは裏庭をあとにした。 早く、部活に行かなければ。 「名字、大丈夫か。怪我はしてないな。」 「大丈夫だけど…、ねえ赤司。」 「なんだ。」 「……どうしたの、その目。」 「? なんのことだい?」 「…いや、なんでもない。」 俺から目をそらした名字は、少しだけ眉尻をさげてそう言った。 ← → 戻る |