呼ぶ声はかなしい


「じゃあ今日は名前ちゃん、お願いね。」

「はい。」

そう言って2年の先輩方は部室を後にした。

バスケ部には各軍ごとに部誌というものがある。基本は2・3年のマネージャーがローテーションで今日の部活の練習内容を書いていくが、3年が引退してからは私とさつきちゃんも書くことになった。
部誌当番の日は部誌を書いたあと、部室の鍵閉めをして職員室まで鍵を持っていかないといけない。帰るのが遅くなり地味にめんどくさいが、こればっかりはマネージャーとして仕方のないことだろう。

「ごめん名前ちゃん、今日ちょっと用事あるから先に帰るね!」

「あ、おっけー。また明日ね。」

いつもはどちらかが部誌当番の日は2人一緒に部誌を書くのだが、今日はどうやらさつきちゃん無しの1人みたいだ。3年が引退してから部誌当番も何回かあたっていて、もうだいぶと書くのにもなれてきたから、まあ1人でも大丈夫だろう。

部室のベンチの側の床に座り、ベンチを机がわりにして部誌を書きはじめる。えーっと今日の練習は…。

今日のことを思い出していると、自然と頭に浮かんだのは休憩中の出来事だった。あの赤司がやたらとこっちを睨んでいたやつだ。あれはほんとに怖かった。なにかあいつの気にさわるようなことしたっけな私。

まあそんな個人的なことを書くわけにもいかず、当たり障りのないことを書いて部誌を埋めていく。もうすぐ書き終える、という時に部室の扉が開く音が聞こえた。振り返ると、

「あ、赤司じゃん。」

そこにいたのは赤司だった。わーお、なんてタイムリーな奴なんだ。

「どうしたの?」

「忘れものをとりにきてね。」

「へえ、なに?」

「Tシャツだよ。」

「赤司が忘れものってなんか珍しいね。」

「そうかな。名字は1人で残っていたのかい?」

「いつもはさつきちゃんと残るんだけど、今日は用事あるらしくて。」

部活中に睨まれてた割には会話が続いた。てっきり怒ってるのかと思っていたがそうでもなさそうだ。なんで睨んできたのかを聞きたいが、せっかくのこの良い雰囲気をぶち壊すのもあれなので黙っておく。

赤司は自分のロッカーからTシャツを出してカバンにしまっていた。どうやら忘れたというのは本当のようだ。別に疑ってたわけじゃないけど。

そのまま部室を出ていくのかなと思ったけど赤司は何故か私の隣で立ち止まった。え、なに。何も言わずに無表情でこちらを見ていて、私は自然と赤司の顔を見上げるような姿勢になる。

「名字。」

「なに。」

「…今日、女子に呼び出されていたというのは本当か。」

「えっ、………なんで、」

「紫原に聞いた。」

なんで知ってるの、と言おうとしたがその言葉は赤司に遮られて言うことがかなわなかった。
なんと、紫原に見られてたのか。あんなにでかい奴なのに全く気がつかなかった。よっぽと遠くから見てい、

「しかも俺が原因らしいな。」

紫原あの野郎どんだけ近くで見てたんだよそしてなんで気がつかないんだよ私。赤司が原因ってそれ女子が言ってきた内容ちゃんと聞かないと分かんないやつでしょ。
てか聞いてたのはもういいとしてなんで赤司本人に言うの。

心なしか赤司は少し怒っているように見えた。あーなるほど、今日睨んでいたのはこのことか。
じゃなくて、

「以前避けていたのもこれか。」

「…。」

「何故俺に言わない。」

赤司の目がスッと鋭くなる。射抜くような視線に私はつい目をそらしてしまった。
いや、何故言わないと言われましても…言ったら言ったで赤司絶対なにかするじゃん…赤司は強すぎるからな…経済的に。

「…もういい。」

なにも言わない私に痺れを切らしたのか、赤司はそう言って立ち去ろうとする。

「赤司、」

その言葉に対して返事はなかった。
こちらを振り向かない赤司の背中と閉まっていく部室の扉を見て、私はぞくりと背中になにか冷たいものが走るのを感じる。

これはもしかしなくても、…怒らせたというやつでは。


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