今日は俺の誕生日だ。 「おはよー真ちゃん。誕生日おめでと!」 「…ああ。」 そして俺は、朝から最上級にこいつ、名字を警戒していた。何故なら、中学時代に毎年パイを投げられていたからだ。今年は避けたい。 「だいぶ暑くなってきたよねー。」 「…そうだな。」 「もうすっかり夏だわ。」 自分の家から出てきてすぐに話を始める名字を十分に観察する。いつものカバンを持っているだけで、他に手荷物などは持っていない。 「体育館も蒸し蒸しするしねー…って真ちゃん聞いてる?」 「…聞いているのだよ。」 今持っていないということは、とりあえず学校ではパイを投げられる心配はないということか。よし、あとは帰り家に着いた時に気をつけるだけでよさそうだ。ひとまずは安心ということだな。 放課後になり居残り練の時間。私たちはターゲットより少し早めに居残り練を終わらせて部室で待機していた。もちろんターゲットと書いて真ちゃんと読む。 さすがにレギュラーと裕也先輩が居残り練を早めに終わらせれば違和感を持たれそうなものだが、そこはさすがの真ちゃん。今日のノルマを終わらせるまで周りのことには目もくれていなかった。今日ばかりはそれに助けられる。おかげで作戦がスムーズに進んだのだから。 部室で私たち6人はターゲットの到着を待っていた。もちろん両手にはパイ(おしるこ入り)を持っている。あとはこれをぶん投げるだけだ。そして隣で裕也先輩が殺気立ちすぎて怖い。殺し屋かな? ガチャり 「「「「「!」」」」」 部室の扉が開く音がした。開いたすき間から見えるのは、待ちに待った緑頭で、 「ハッピーバースデー緑間!」 「喰らえ真ちゃん!」 「誕生日おめでとう。」 「真ちゃん愛してる!!」 「「おら死ね緑間ァ!!」」 「っ!??」 バスバスバス!! いくつもの炸裂音がして、真ちゃんの姿が見えなくなった。正確に言えば、真ちゃんの姿は黒色のおしるこクリームに覆われて見えなくなった。うわ、めっちゃ真っ黒。 てか宮地兄弟の台詞全く同じだったんだけど。物騒すぎないですかさすがです。 「…大成功ですね!」 協力してくれた5人に向かってグッと親指を立てれば、全員笑顔で返してくれた。12個のパイ(半分は大坪主将の手作り)はひとつも余すところなく見事に真ちゃんへとぶつけられた。これを成功と言わずに何と言う。 それにしても、今年は本当に大変だった。4年目になる今年は真ちゃんも警戒していると思ったので私はある計画を練った。それは、今日必要な教科書を、予め昨日持っていって学校に置いておき、今日の荷物を真ちゃんに投げる用のパイだけにするという作戦だった。ちなみにパイの匂いが漏れるのを防ぐために入れる袋を何十にも重ねた。用意周到というやつだ。 朝、私が余分に手荷物を持っていないのを見て、真ちゃんは少し安心した顔をしていた。私はそんな真ちゃんを見て計画通りと悪い笑みを向けたくなったが全力で我慢した。 ふはは!カバンの中にはパイがぎっしりだったのだよ!残念!そして半分は大坪主将が持っています!! そう叫びたくなった。 ……てか真ちゃん微動だにしないけど生きてる?裕也先輩が投げたパイ、すごい勢いで胴体にぶちかまされてたけど、生きてる? これは余談だが、裕也先輩はパイを真ちゃんの顔面に投げたがっていた。しかし本気で真ちゃんの鼻が折られると思い必死で止めた。私は真ちゃんを祝いたいだけで病院送りにさせたいわけではない。 「………多いのだよ!」 全身真っ黒な真ちゃんはやっとこさ、絞り出すようにそう言った。 …オオイノダヨ?はて?少しその言葉の意味を考えたが、すぐにパイの数を言っているということが分かる。そりゃまあ今年は12個ですし。 「ぶっは!真ちゃんの見た目すげえやべえ!黒い!!」 「おい木村写メとれ写メ!」 「駄目だ笑いすぎてブレる。」 「やっぱ俺顔面投げてえ。パイ余ってないか。」 「ないですよなんですかその顔へのこだわり!」 「やかましいのだよ!」 そう真ちゃんは叫ぶが、顔が真っ黒なのでいかんせん迫力がない。 そんな真ちゃんの姿を見て私は思わず笑ってしまった。木村先輩と宮地先輩と裕也先輩も腹を抱えて笑っているし高尾くんに至っては呼吸困難に陥っている。苦しそう。 ん?大坪主将?大坪主将なら微笑みながらずっと写メとってるよ。 「真ちゃんハッピーバースデー!大好きだよ!!」 「うるさい黙れ!!」 結局それから私たちは、監督に早く片付けるんだよと急かされるまで騒ぎ続けた。うん、今年も楽しい誕生日だった。 ← → 戻る |