饒舌ひっこぬき


「巫子さまこないなボロっちい家に住んどるんか!?」
「サム見てみぃ! 庭が!! 狭い!!!」
「ほんまやツム! えっこんなん襲ってくれって言うとるようなもんですよ!?」
「「巫子さまもっと危機感持たへんと!!!」」

「うるっさい! わたしは一般庶民だからこんな感じでいいの! というか人様の家に上がり込んで文句をつけるなら放り出すよ!?」

「「そ、そんなんいやや〜〜〜!!!」」

 やんややんや。やんややんや。
 どこの新喜劇かとツッコミを入れたくなるほど喧しいやりとりを交わして、わたしはふぅと息を吐きながら家の中を散策するツーサイズ小さくなった双子の狐(人型である)から目を離して、来客用布団を押し入れから引っ張りだした。
 放り出すとは脅してみたものの、放り出したら放り出したで困るのはわたしの方なので、たぶん狐たちもそれはわかっているはずだ。

「あっ! 自分で出します!」
「敷きます!」

 え、と引き止める暇もなくちいさな手に取られた布団が滅多にあけられることのない客間の中に敷かれていき、その上にぼふんと幼い姿をした狐───狐神は乗り上げた。そうして正座をするものだから、わたしも前に膝を正して彼らと向き合う。
 こうして見れば、かれらが神さんであるとは思えにくいが、わたしは既に神の力の片鱗を見てしまっている。

 約一時間前。
 扇子を追いかけた先の祠で、いわゆる封印が解かれた双子狐がわたしを【巫子さま】と呼び抱きついてきた後。あれよあれよと護衛狐として名乗り出た彼らの転移の術によって、自宅前に立っていた。詳しい説明がないことに憤慨するより先にかれらが神さん≠フ一種であることに呆けてしまっていたのだ。
 しかも護衛狐、と言っていた。
 護衛をされなければならないほど、わたしには何かがあるらしいのは、どんなに鈍くても理解してしまう。だからこそ放り出すなんてできず、話を聞くことにしたのだった。

「なんぼほど見ても、巫子さまなーんも変わらへんな」
「えーっと、金の方が侑……だったよね」
「侑くんって呼んで!」
「あ、侑くん。侑くんね。
 それで、その【巫子さま】ってなんなの?」

 初対面のはずなのに親しみを込めて紡がれる、おそらく漢字は合ってるだろう呼び名をまず問うてみる。わたしは神社に携わる業務を一切知らないし、祭りごとに関しても参加する側で聞き馴染みもない。
 憶測でしかないが、人間社会においての巫子、ではなく。そちらの世界での【巫子】なのだろうと考える。純粋な疑問点を問い尋ねただけなのに、ピタッとひょこひょこ動かしていたしっぽすらも止め、その狐たちは視線を交わしあって。
 にんまり。にんまりと、目を弓なりに細めて───わらった。

「【巫子さま】は【巫子さま】やもん」
「伏見の一族の裔、なーんも変わらん天狐のお巫子さま」
「華奢な痩躯にがむしゃらで天狐を守らんとする我らがお巫子さま!」
「「それを御守りする役目を持つのが、俺ら双子狐!」」

 童話を唄うように。鈴を大量に鳴らしたみたいにきゃらきゃらと発せられるふたりの声は、するりと容易く脳内へ入り込む。
 自然と背筋が伸びる。虚言か甘言か、疑う余地なく真実だと心が察知する。

「人ならざる者を視認できうる稀有な瞳、それすなわち鬼霊の才。伏見の者は狐神のみならず悪鬼に堕ちたものでさえ認識が可能や」
「で、でも、侑くんや治くん、たちみたいな存在を視たのは今日が初めてだよ」
「そら当たり前やん。そういう契約やし」
「契約……?」

 またも飲み込みづらい単語に首を傾げてしまった。
 侑くんも治くんも何も知らないわたしをバカにする様子は見られず、むしろ何故か嬉々として説明を続けてくれる。どうやら彼らの中のわたしの立ち位置……否、巫子さまは無条件で懐くような存在のようで妹のようにまじまじ見られた。
 曰く、巫子さまの魂は17歳の誕生日を目処に力が覚醒していくらしく、わたしは巫子さまの下で仕えていた狐神と直接遭遇した結果、かなり早い段階で呼び覚まされたとのこと。
 曰く────初代の巫子が亡くなったとき、これからの世を憂いた本人がそういう契約を世界と取り決めたのだと。

「じ、じゃあ、本当なら成人する頃に発現する力がもうわたしにはあるってこと……?」
「せやねん。やけど、目覚めたのは鬼霊の才だけやから」
「なに?」

 すぅ、と目を細めた治くんが突然起立して、わたしの向こう……玄関側を見ている。
 な、なに……。家族は東京にいるし、誰かが訪ねてくる予定もない。突発的にあるのならスマホなりなんなりにアポをとってくるから、僅かに、警戒をする。治くんもくぼみから回収したであろう扇子を片手にわたしの肩を抱き寄せて。「ほぅら、」


「おいでなすった」


 えっ、と意味を聞くよりも、何よりも早く。
 ─────轟音と共に玄関が吹っ飛んだ。

「なになになになに!?」
「巫子さま落ち着き。あれがさっき話した悪鬼の一部」
「お、おお、お帰りいただくことは!?」
「消し炭にしてええなら、俺がやる」
「けしずみぃ!!?」

 とんでもなく物騒な発言が斜め上から飛び出して、慌てて預けられた家が燃やされるのを阻止しようと踏ん張るも、ますます引き寄せられる力が強くなって若干息が苦しい。
 けど火事になるのは避けたくて、必死に口を開いて、叫ぶ。

「か、じにだけはしないで!!」

 叫びに治くんも侑くんも得意げに、挑発的に笑みを形づくった。 



20221011
巫子さま。





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