番外編




「ちぐさー、びゃっこってなぁに?きつねさんちがうの?」

緋沙奈の膝上でぐったりしながら身を委ねる白狐であるが脈は正常に機能しているのを千鎖は確かめ、命の危険性はないだろうと判断を下した。

空腹倒れなことには変わりはないが餓死するほど一刻を争う事態ではなく、当の本人からは暢気にも規則正しい寝息が聞こえてくる、警戒も何もあったものではない。

まだ幼い少女には“白狐”という言葉が理解出来ないのか、千鎖に言葉の意味を尋ね千鎖は少女にわかるように言葉を詮索し始めた。

「姫のいう通り狐には相違ないが、普通の狐ではなく妖の類の狐と言えば解るか?」

「きつねさんあやかしなの?」

「妖だが白狐は幸福をもたらし神の遣いとも呼ばれる存在故、害意はない。」

「じゃあごはんあげてもいい!?」

「…姫が望むならば。」

千鎖から害意のある妖ではなく、妖でありながら神聖な存在でもあると聞き少女の表情はぱあっと明るくなった。

少女は動物好きだ、妖とはいえ見た目が真っ白な毛並み以外は野生でみる狐と変わりはない白狐に興味をもってやまない。

まるで捨て犬を拾ってお世話をしても良いかと親に頼む子どものようで千鎖は嫌とは言えず、少女に従うと頷いた。

そして少女は嬉しそうな笑顔を浮かべ、白狐を抱き抱えながら自宅の玄関へ駆け出して行った。


《よろしいのですか白龍様。》



少女の姿が玄関に辿り着き家の中に入っていくまでの姿を見送り完全に少女の姿が千鎖の視界から消えた時、ひとつの声が彼の耳にしっかりと届いた。

空中にとどまりながらも優雅に動かすふたつの羽根からは美しい音色が奏でられ、千鎖が手を伸ばすと躊躇いなく手の上に降り立った。

千鎖の眷属であり通常であれば姿形を保たない精霊のような存在だが、今は千鎖の目に見える形に雀の姿を取り具現化している。

「…案ずるなあれは“善狐”、“野狐”ではない。」

善狐と野狐は対となる存在。
善狐が幸福をもたらす善良の存在であるのに対して野狐は人に害を為す善良とは程遠い存在。

白狐は善狐の代表格と呼ばれている狐、それならば大袈裟に心配することもないだろうと千鎖はいうが、雀は危惧すべきですと言いたげに首を大きく横に振った。

《恐れながら白龍様、野狐といえども善狐の性質を持つ者もおりましょう。善狐の代表格白狐であっても野狐より性質の悪い者もおります…天斬の天狐殿とてそうでございました。》

雀は白狐だからと言って心を許すことは危険だと抗議を始めた。

野狐であっても善狐の性質を持つ者もいれば白狐であっても野狐の性質を持つ者もいる。
白狐という存在だけで心配はないというにはあまりにも危険な先入観といえる。

下手をすれば野狐よりも善なる存在であるとされる善狐の方が悪質な存在になりかねない。

天斬家の式神と名を馳せる天狐がまさにそうだった。
善狐であり神格を得た天狐でありながら相応しくないという理由で主殺しを何度も繰り返した、それはもはや野狐でさえ踏み込むことのない諸行である。

「…だがそれは自業自得でもあろう、天狐の意思関係なく天斬の者は強制的に何百年以上も式神として縛り付けたのだ。幸い今の天狐は善狐の性質を取り戻している、主を守ることはあっても殺めることは決してないだろう。」

《ですが……、》

天狐は善狐からは決して似つかない行為を侵した。
しかしそうなるようになったのは天斬の人間の行為故、因果応報とはまさにこのことだ。

だがそれは過去であり今となっては身を粉にして主に尽くしていると風の噂で聞いている。
あるべき善狐としての性質を取り戻したのだろう。

「我とて、何も見極めぬうちに処罰するほど心狭くはない。今は様子を見る、仮に姫に危害を加えようものなら我が手で引き裂くまでのこと…これで良かろう。」

《御意にございます、白龍様がそう仰るのでしたら異論はありませぬ。》

今はまだ様子を窺うだけ。
白狐の行動次第で千鎖の成すことも変わってくる。

白狐が緋沙奈に牙を剥くなら少女の式神として果たせねばならないことがある。

しかし、もし白狐が緋沙奈にとって前者ではない白狐として善狐としての誇りを持つ者であったならば……、










「…第二の式神、それが叶うならば我も考えねばならぬな。白狐が姫を守る式神に相応しいと任せられれば、神気を温存し姫の霊力を極力食わず傍にいることが可能やも知れぬ。」













千鎖が決めたことならば異論はなく従うと頭を下げ雀は千鎖の手を離れ姿は本来の精霊となり彼の目に映らなくなり次第に気配も消えた。

だから気づかなかった。
白龍と慕う彼がふと口にした泡沫のような言葉を知ることはなかった。









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