部屋中に注ぎわたる暖かい日差しに春がきたものだと、感慨深くも良きことだと下せば腰ほどあるのではないかと思われる白髪を頭の横でひとつに括った高身の青年は小さく微笑んだ。
暦でいうなら卯月であり、春を誘う4月である。
ついこの前までは暖かいというよりも極寒とまではいかないにしても寒さの色が濃かった師走であったのに月日が変わるというのは思っていたよりも早い。
「桜もそろそろ咲き開いているだろうか?そうであれば花見をするのも良いかも知れな・・・、緋沙奈様?」
去年同様に花見をするのもいいかもしれない、するなら席の確保をしなくてはならないなと様々な計画を立てようと思索していると部屋の隅に配置されているベットに掛けられている布団がもぞもぞと蠢いたのを青年は感じベットの方へ視線を向けた。
すると未だ眠いのを我慢しながら起きなくてはならないと布団から少女が顔を出したのだ。
外見20代半ばの青年よりは幼く18歳ほどの少女に青年はふわりと優しい笑みを浮かべてはベットの傍らに跪いた。
「おはようございます緋沙奈様。よく眠れましたか?」
「うん、おはよう“洸劉”。今日から塾だもんねぇ〜まだ眠いけど寝心地は最高だよ。」
「それはよかったですね・・・にしてもお前はいつまで寝ているつもりだ!」
『ふぎゃあっ!?』
主が今日も健在であることに洸劉と呼ばれた青年はほっと安心したのだが、少女の隣で少女の式神でありながら構わずぐーぐー寝ている存在に苛ついたのか首を掴みあげた。
猫の首根っこを掴むようなぞんざいな扱いといきなり起こされたことへの不満からなのか“それ”は青年に抗議を求めた。
『えぇい何をする!偉大なる守護龍たるこの我に何たる無礼者め、離さぬか若輩の狐!!』
とんでもなく口が悪く上から目線の龍。
しかし龍と呼ぶにはあまりにも小さくその体長は子猫ほどしかない。
洸劉を狐と呼び事実上彼は“白狐”と呼ばれる善狐という存在。
同じく緋沙奈の式神であるのだが、白狐の中でも200年足らずしか生きておらず何千年ものの時を生きている龍からしてみれば若輩者らしい。
しかし、それでも今の龍は神聖な龍と呼ぶには言動も含めてあまりにも幼い。
仕方ないと洸劉は龍を放してやると龍は一瞬にして人の姿へ転身した。
見た目は14歳ほどの少年でふんと不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、すぐさま緋沙奈に挨拶をした。
口は悪いが主に対する礼儀は弁えているらしい。
「おはようなのだ姫、気分は良いか?」
「うんおはよう“千鎖(ちぐさ)”すっきりしてるよ。」
「ふむ・・・しかし狐め我の眠りを妨げおって。」
「式神であるのに主より遅起きなお前が悪いだろう、だいたいその姿はなんだ!!」
「省エネと言わぬか!我の本体では姫の霊力を高く喰ってしまうのだからこれが一番なのだ!堅物狐め!!」
「挙句の果てに小さな姿なのをいいことに緋沙奈様と毎晩寝るなどと・・・私だって緋沙奈様とおやすみからおはようまで傍でして差し上げたいというのに羨ましい!」
「ちょっと待とう、ね?洸劉?色々ずれているからね?落ち着いて。」
最終的に怒るポイントがずれてないだろうか?
忠誠的な性格の洸劉だが時折、こう何かがずれる発言が垣間見えてならない。
しかしまぁ、それだけ式神に大事にされていることは幸せなことに他ならないのだから緋沙奈は「いいっか。」と楽天的に思うことにした。
[ 2 / 18 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]