かつては緋沙奈の婚約者であった颯真だが、今では婚約自体を取り消されている。
その理由を緋沙奈は知らない、颯真も何も語らないからきっと記憶を失くした自分と以前の自分とでは何かが違っていて親同士が決めた婚約であったというから颯真の両親に見放されたのだろうと緋沙奈は思っていた。
事実上、婚約破棄を迫ってきたのは土御門側ではなく颯真の、“倉橋家”なのだから。
倉橋家は土御門家と同じく陰陽師の名門と云われており颯真はその御曹司なのだが、婚約が切れた今となっても緋沙奈を気遣ってくれる。
倉橋家自体の意向はわかりはしないが個人的に緋沙奈を大事に思い接してくれる、それは記憶を失った緋沙奈の目にも良くみえていてそれが緋沙奈にとって何より嬉しかった。
「まぁまぁ美沙音も落ち着いて、せっかくの新学期なんだからね?」
大切にしてくれる友がいるというのはとても幸せなことだ。
春休みの期間は5本の指で数える程度しか会えなかったからこうして塾も始まってまた一年友人達に会い陰陽道を学べる。
きっと些細なことだろうけどそれが何者に代え難い幸福なのだ。
「そういえば緋沙奈、今日の授業何か聞いてる?」
「授業?始業式終わってからホームルームして、その後に一科目授業受けないといけかったんだよね?でも発表が始業式でされるんじゃないの?」
「風の便りさ。何でも俺達7年生には召喚授業らしい。」
本当かどうかはまだわからないし詳しいことは始業式で発表されるとおもうけどな、と颯真が言ったが緋沙奈は“召喚授業”という単語が脳裏に焼き付いてそれどころではなかった。
緋沙奈と同じくして颯真の肩に乗ったきりの千鎖もそれがどういうことなのか悟り緋沙奈の肩へ飛び移った。
『・・・姫よ、召喚授業ということはもしかしなくてもあの男が新学期早々に顔を合わせることになるのではないか?』
「そう・・・だよね、召喚術の先生って1人しか思いつかないし、もしそうだったら今日呼び出されるの確実だよね私。」
『恐らく、曖昧な返事などしたら帰してはくれぬぞあの男は・・・“天斬匡”という教師はな。』
「あはは・・・。」
今朝、ちょうど匡のことを話していたのだがまさかそれが新学期早々に出会うとは思いしなかった。
匡はこの塾の召喚術専門の教師であるから遭遇しないことなどありはしないのだが、それでも新学期初日は避けたたかった、彼の授業が入っているならば逃げられる手段がもはやないも同然。
―新学期が始まるまで考えておくように。返事はもちろん“YES”しかないと思うしそれ以外を選ぼうものならじっくり話合おうか?ってことで長い長い匡先生との面談になるって賢いヒナならわかるよね?良い返事待っているから・・・ね?―
・・・とまぁ、以前に匡から笑顔というには真っ黒な笑顔で半ば強制的なまでの話を持ちかけられたことがあり、その返事を新学期である今日に出さなくてはいけないわけであり、正直な話逃げ出したかった。
だがしかし、逃げ出したら逃げ出したで言葉巧みに尋問されるのは目に見えている。
“天斬匡”とはそういう男なのだ、基本的に自分至上で生き自信に満ち唯我独尊を体現したかのような男だ。
『まぁ、頑張れ姫。返事はもう決めているのだろう?』
「うん・・・でも何故か憂鬱なんだよね千鎖理由わかる?」
『それはいわゆるプレッシャーだぞ姫、彼奴からの明らかな嬉しくもなんともない土産だ。』
もう泣きたいとすら思ったが無情にも始業式の会場へ向かう指示が下り、今日は厄日かもしれないと気持ちが沈んでいくのが自分でもよくわかった。
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