流転奇譚 | ナノ






安倍晴明の再来と呼ばれる土御門の姫にして、ましてや京の守護龍までも式神として従えるとなれば是が非でも手に入れて利用したいと考えたのだろう。

緋沙奈を攫い人質として扱い、希少にして名声名高い白龍を誘き寄せ緋沙奈の命と引き換えに従わせ、その後で緋沙奈に術なり洗脳なり何なりすれば良い、土御門の姫も手に入ると計画したのだろうがその愚かな行為が白龍の逆鱗に触れた。

少女の式神となる時をずっと待ち望んでいながらその目前で大事な少女を奪われただけでも憤慨したというのに、急ぎ緋沙奈の救出に駆けつけてみれば生死に関わらない程度にまで痛めつけられた少女の姿を目にして白龍の目の色が変わったのだ。

従順に従いさえすればこれ以上のことはしないと取り引きを持ちかけたつもりだったろうが、もはや白龍に言葉ひとつ届かなかった。
待ち望んだ大事な少女を奪われ傷つけられたことが逆鱗に触れ理性を失くし、荒ぶる龍となり一帯を焼き払い災厄をもたらした。

幸いにして緋沙奈は白龍の加護を得ていた為に、理性を失くしたとはいえ与えられていた白龍の加護が暴走した白龍から緋沙奈を守ってくれた故に被害を与えることはなかったにしろ、それでも状況は地獄だった。

「しかし、“天斬愁“が我をどうにか止めてくれたおかげで我は正気を取り戻し姫も“天斬匡“が救出してくれた故に助かった。…我を正気に戻したあの男にはいずれ借りを返さねばな。借りを作ったままでは我の気が済まないのだ。」

今となっては正式に緋沙奈の式神となり傍にいる幸福があるが、あの状況下で彼らの助けがなければどうなっていたことか、それを思うだけで憤りと口惜しい感情が込み上げてくる。

事件に関与した加害者の多くは捕らえられ拘留されたが、首謀者となる重要参考人には行方が知れない。
生きているのかさえも知る術もなく、8年経った今でも何ひとつとして解決していない…あまつさえ、あの日の出来事を封じるかのように少女は記憶を失っている。

何も覚えていないのだ、8年間全ての記憶を失くしてしまった。
……自身を救い出した“天斬匡“という男が自分にとってどのような存在であったかも、彼が少女を大事に思う理由も全て忘れてしまったのだ。



「緋沙奈様、じきに朝餉のお時間になりますのでご支度を。」

「うん、そうだねもう時間だ。」

「えぇ、何かあればお呼びください隠形しておりますので。…お前はいつまで緋沙奈様にひっついているつもりだ!お前も来いっ」

「ぬぅっ!?我をぞんざいに扱うではないわ狐!犬猫ではないのだぞ!?我は姫といたいというのに、羨ましいか嫉妬か?狐よ…ぎゃあああ締まる首締まる!?放さぬかおのれ狐えぇぇぇぇっ!!」


不満を爆発させる千鎖を顧みずそのまま連れ出すと部屋から出た洸劉だが、猫の首根っこを掴むように首を掴んだ手が一瞬本気で力が込められたように思えた。

忠誠的で嫉妬深くもある白狐と名声名高いはずなのに省エネの幼い姿のせいか、本来なら穏和な性質であるのにやけに子供っぽい白龍の仲は相変わらずなものだと緋沙奈は苦笑をせざるを得ない。

記憶がなく匡と自分がどんな関係だったのか、今となってはわかりはしないがいつか手掛かりを見つけられたらいい。

途方もない願いに他ならないけれど、変わらない式神達をみてそうなればいいと今は楽観的に思うことにした。
そう思わせてくれるほどに記憶がなくても十分に幸せなのだから……。





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