きゃあああ、と黄色い声が卓球場に響く。僕はげっそりしながらそれを聞いていた。きっと今の僕の目は虚ろなことだろう。

「臨時で入った久城だ。担当科目は違うが、今日は特別だ。まあ、宜しく頼むぜ」
「ねえねえ池鶴! ほら、やっぱりクジョーだったよ!」
「う、うん…」

 …本当に久城先生だなんて。

「いやあ、かっけーなあ」

 彼女がうっとりと呟く横で小さく溜息を吐く。…確かに、格好良いけど…。僕はチラリと久城先生を見る。数人に囲まれて笑っている久城先生の景色は僕と全く違うんだろうな。どんな感じなんだろう、なんて。思っても仕方ないか…。じっと見ていると、先生と目が合ってしまった。僕は吃驚して体が硬直した。何度か瞬きをすると、視線が外れる。ホッとして息を吐いた。ラケットを撫でながら、早く終わらないかな、と祈る。

「えーと、お前」
「え?」

 声をかけられ、慌てて顔を上げると、目の前には――なんと、久城先生がいた。まさか話しかけられると思っていなかった僕は、口をぽかんと開けて先生を見上げる。そんな僕を見下ろしている先生はぶっと噴き出した。

「間抜け面」

 は……?
 口を開けたまま眉を顰めると、笑いを含んだ顔で悪い、と謝られた。

「…この前、会ったよな。池鶴、だったか」
「へ…」
「あ? 違う?」
「は、っはい! 合って、ます」

 僕は更に驚いて目を見開く。一度会ったことがあるだけの僕を覚えているなんて。頷いた僕を満足そうに見る先生は、次いでラケットに視線を移した。い、嫌な予感がする。

「相手は?」
「あ、…えっと…」

 僕は俯く。僕が入ってきた時は、もうグループが出来ていて、ペアになる相手はいつも余った人だ。いない、なんて言えず、小さな声でぼそぼそと呟いた。

「…きょ、今日、休んでて…」
「休んでる奴? あー、安田か。お前、あいつと仲良いの?」

 や、安田? 安田って……あっ、目つき悪い人だ! 仲良いどころか一言も喋ったことないけど、兎に角会話を終わらせたくて頷いた。…心の中で何度も安田くんに謝りながら。

「…よし、池鶴。俺と組もうぜ」
「え゛っ」
「おい、嫌そうな声出すなよ」

 不機嫌そうな顔をして、僕の腕を掴む。え、え、と思いながら僕は何の抵抗もできずに卓球台まで連れて行かれた。