「ありがとう、池鶴くん」
「うん」

 僕は田中さんのお礼に頷いて、ふと気になったことを思い出す。

「あのさ、久城先生って」
「えっ、久城先生?」
「うん」
「先生がどうかした?」
「えーと、良く来るの?」

 そう訊ねると、彼女は不思議そうに首を傾げた。

「来るって、どこに?」
「図書室」
「えっ!?」

 突然大きな声を出した田中さんに驚いてびくりと体が震える。ハッと口を押さえた田中さんは驚いた表情のまま、言葉を発する。

「先生が図書室に来たの?」
「う、うん。それがどうかした?」
「どうかした、じゃないよ! 先生は本嫌いで有名なのに」
「そ、そうなんだ」

 本当に驚いた様子の田中さんが嘘を吐いていないことが分かる。僕は興奮して話している田中さんをなんとか落ち着かせようとした。

「今日は文月くんもいたし…それに加えて久城先生だなんて。ああああ、惜しいことしたなあ…」

 やっぱり田中さんも女の子。美形には弱いんだろう。
 僕は女子が多い理由が文月だけではないことに今更気づく。そうか、先生がいたからか…。

「お、当番お疲れ、池鶴」

 教室に入ってきた赤音がひらひらと手を振る。トイレにでも行っていたのか、手が濡れている。

「げ、赤音。しっし」

 田中さんが嫌そうな顔をして手を払う。赤音も不機嫌そうに眉を顰めた。

「何だよ、お前がどっか行け」
「はあ? 私は今池鶴くんと話してんの! あんたがどっか行け」
「どうせお前がしつこく話しかけたんだろ」
「そんなことないもんねー。ね、池鶴くん?」
「う、うん、あはは…」

 僕は困って、眉を下げながら笑った。この二人は幼馴染らしくて、いつもこんな調子だ。僕は仲が良くていいなあと思うんだけど、本人たち曰く、仲良くないらしい。素直になればいいのに。
 僕は言い合う二人からそっと離れて、自分の席に着く。頬杖を付いて、先程のことを思い浮かべた。田中さん、久城先生は本嫌いって言ってたけど、それならどうして本を借りたんだろう。しかも、あれを。……まあ、どうでもいいか。会う機会もないだろうし。僕は欠伸を一つ漏らして、机に突っ伏した。