赤い怪獣3



赤男に問答無用で腕をつかまれ、どんどん奥の方へ引っ張られて芥川家のキッチンに着いたらポイっと放される。
慈郎くんの家には何度も遊びに来たことあるし、台所に立ってみんなでお菓子作りや誕生パーティしたこともあるので、ある程度慣れているとはいえども高校にあがってからは昔ほどきているわけじゃない。
それに、目の前には慈郎くんや岳人くんではなく、見知らぬ他校の男子高校生。
おばさんや赤男の口ぶりからするに、だいぶ慈郎くんと仲の良い子なんだってわかるけど、それでも『慈郎くんの友達』は『私の友達』では無いし、赤男の名前すら知らないわけであって。


そんな私の戸惑いなんてお構いなしに、赤男は袖をまくりおばさんのエプロンつけて、テキパキと棚から材料を取り出して私にも指示を飛ばし出した。
やれボール取り出せ、オーブン温めろ、のし棒取って来い、云々。


デジャブ………あ、違う違う。
こんなことが昔あった気がする―じゃなくて、学校の俺様が家庭科授業でアレコレ言っていたのが、まさにこんな感じ。
俺様は指示だけだったけど、赤男は手を動かしながらなので違うといえば違うのだけど。
バターは冷蔵庫に入っていてカッチカチなので常温ではないけど、それはそれでカッチカチのままでも赤男レシピ的には問題ないようで、今回は取り出したばかりの冷たいバターで素早くやるんだとか。
(今回は、って何?そんなに何度も作ってるの?)


…うん、この人、手際いい。

動きに無駄が無いし、周りを汚さず見惚れるほどの綺麗でスムーズな動きは、お母さんが調理中の時みたい。
人の家の冷蔵庫を躊躇なしに開けて、材料を迷わず取り出すところにもびっくりだけど。
(喉かわいたからって冷蔵庫から麦茶取り出し、コップに注ぐのにも驚き。しかも慈郎くんのマイコップで、中学の修学旅行先で買ったムーミンのやつ)


オーブンに入れて後は焼き上がりを待つだけの状態になり、残りの後片付けとして赤男の洗う食器を受け取り、拭いて片付けていたらお店からおばさんが戻ってきた。
あの後、寝ている店番の息子をそのままに、お店で少しばかり仕事をしていたみたい。

コーヒー豆を挽いて電気ケトルで沸かしたお湯を注ぎ、おばさんが珈琲を入れてくれたので、リビングで休憩……と思いきや赤男はトースターを使ってチャチャっともう一品?なのか、別のものも作っていた。
一応手伝おうか声かけたけど、簡単なものだから座ってていいと言うので、その通りにしてみる。


……私、いったい何をやっているんだっけ?


慈郎くんのお母さんと交わす世間話は、最近の氷帝での慈郎くん、町内のこと、商店街、私のお母さん。
そんな話をしつつ香り良い珈琲に『美味しいです』と感想を述べると、キッチンの赤男が嬉しそうに『うめーだろ、それ』と会話に入ってきた。
どうやら赤男の目利き?なのか、赤男が慈郎くんにあげた珈琲豆のようで、あまり珈琲を飲まない慈郎くんはカフェオレにしているみたい。

別に聞いてないけど、赤男がこの豆についてのウンチク?のようなものを述べ出したので、話半分に聞いておいた。

まとめると、赤男の親友が大の珈琲豆好きで、その人に最近のお気に入り・ブラジル産の豆なんだって。
赤男が親友からもらって、それをおすそ分けとして慈郎くんにあげた、ということね?
そしていい豆なのに、慈郎くんはすぐにミルクと砂糖いれて香りなんて何のその的な飲み方をしちゃう、と。

プレゼントのしがいが無いと呟いた赤男に、おばさんはころころ笑って、あと二人はストレートで美味しくいただいているとフォローしていた。
(確かにおじさんと慈郎くんは甘党でガムシロップや砂糖いれるタイプ。逆におばさんと慈郎くんのお兄ちゃん、妹は飲み物に甘味は入れないもんねぇ)


やがてリビングにバターと紅茶のいい香りが漂ってきて、焼き上がりを告げる音が鳴った。
おばさんの好きな紅茶のクッキー。ちなみに紅茶は棚にあったノーラベルの金缶に入っていたもの。
…アレってきっと、跡部くんの家の紅茶よね。
前に貰ったことあるんだけど、確かあんな感じの金缶に入っていて、蓋に刻印されたワンポイントは跡部くんの家紋?とか、そういうものだった気が。

トースターでちゃちゃっと作っていたヤツも焼きあがって、大きなお皿に紙をしいて盛り付け、リビングで珈琲ブレイク中の私たちの前に持ってきてくれた。


「…すごい」
「あら、今回も美味しそうね〜」
「ま、味見してみて」


得意満面な赤男が珈琲片手に向かいのソファに座り、即席で作ったものを説明してくれる。
トースターで作った方ね?
これは…


マカロン?!


本日何度目の疑問かわからないけど………何者なの?!この男。
ちゃんと中にクリームが挟んである即席マカロンは、歯ざわりもよくサクサクで、クリームもいつの間に作ったのか生地にあっていて悔しいかな、文句なく美味しい。


「どう、天才的?」
「うっ…」


ギラギラした強い目で感想を求めてくる赤男に、コクンと頷くと顔を綻ばせて笑顔になった。

…可愛いじゃないの(慈郎くんとはまた違った意味で)。


顔はかっこよくて、強引で、遠慮無しで不躾。
けれど笑うと可愛くて、初対面の人でもお構いなしに、躊躇無く踏み込む『近さ』。
こういう人が苦手なタイプの子ももちろんいるだろうけど、気軽なフランクさと人懐っこい笑顔は、大層モテるでしょうねぇ〜。

氷帝の誇る華のテニス部には、いないタイプ。
懐っこさは慈郎くんに通じるけど、あの子はちゃんと顔見知りにならないと近寄ってこない。
気難しい子や大人しめな子とも分け隔てなく、割とどんなタイプでも仲良くなれちゃう慈郎くんなのだけど、本音で接して自分から近づくのは、本当に仲良しで慈郎くん『が』好きな人に対してなのよね。

俺様具合は跡部くん?……いや、ジャンルの違うオレサマね。強引さ?……う〜ん、『オレサマ、強引、遠慮なし』といえば跡部くんにも当てはまるのだけど、アレとはまた違うような。
跡部くんみたいなのが二人もいたら大変でしょ?色々と。

初対面でも壁のないフレンドリー具合は滝くんっぽくもあるけど、あっちの方が奥で何考えてるかわからないミステリアスな感じだし。
(本屋の幼馴染曰く『滝は外ヅラいいから…』だとか)
自分で『天才的』なんて言うくらいの自信具合は―って、跡部くんが浮かんだけど、アレはアレでこんな可愛い感じじゃないし、アレは問いかけるのではなく『俺様がナンバーワンだろ』と断言してるし。


「おかーさーん、店番終わってい〜い?」


マカロンの感想を述べ終え、次はクッキーを食べろと紅茶クッキーを指差した赤男に、ハイハイと頷きながら一枚取ろうとしたら、のほほんとした声が聞こえてきた。

慈郎くん、やっと起きたんだね。



「はいはい。お母さんが出るから、慈郎、こっちいらっしゃい」
「は〜い。眠い〜」


起きたばかりだというのにまだ眠いって。
相変わらずな慈郎くんがおかしくて、思わず正面の赤男と目が合ったら同じことを考えていたらしく、ついつい二人目を見合わせて声をあげ笑ってしまった。


「あれぇ?二人とも、なんでいるの?」


きょとんとした顔でソファで珈琲ブレイク中の私たちを見て、不思議そうに首をかしげる慈郎くん。
うん、今日も可愛い。


「ジロくん、何時だと思ってンだ」
「えぇ〜?」
「じーかーん!」


キッチンのカウンターテーブルの置時計を見た慈郎くんは、途端にびっくりした顔で『ごめ〜ん!』と両手を合わせ、赤男に謝り出した。
いったい何時に約束をしていたのかわからないけど、赤男がクリーニング店にきた時から今の時間を考えると、二人の待ち合わせ時間からかなり経っていることがわかる。
赤男は慣れている様子で肩をすくめ、慈郎くんに着座を勧めて、素早くキッチンに移動しムーミンのコップに麦茶をそそいで慈郎くんへ渡してあげた。

…どっちがこの家の息子なんだか。


私の隣に座った慈郎くんは、麦茶をぐぐっと飲み干してクッキーを一枚つまみ、ボリボリ食べながらふんわり笑顔で『おいし〜!』と赤男を喜ばせた。
なるほど、作り手が赤男とすぐわかるくらい、赤男のお菓子を慈郎くんは振舞われてる、ということね?


「でも、二人とも友達だったんだね。知らなかったC」


赤男と私を交互に見つめ、ほわほわ笑顔でマカロンに手を伸ばした慈郎くんに、即座に『初対面です』と告げると、意外そうに首をかしげた。


「さっきお店で会ったんだよ」
「先にコイツがいて、怪しい動きをしてたから」
「だから違うって言ってるじゃない。アレは―」
「あーはいはい」
「こーらー!」
「ジロくんの幼馴染だろい」
「そうだけども―って、何で知ってるの?」
「ジロくん、よく友達の話するし」


同じテニス部の岳人くん、宍戸を始め近所の幼馴染、商店街の人々。
赤男からぽんぽん出てくる人たちは、皆私にとっても馴染みがあり、もちろん慈郎くんの周りの人たち。


「二人しかいねぇ手芸クラブの幼馴染。合ってるだろい?」
「もう一人います〜。今年入学の一年生が入ってきたもん」
「三人か。部は遠いな」
「な〜んでそんなことまで知ってるの……って、手芸『部』ですから!」
「毎回跡部に却下されてるんだろ?めげない幼馴染だってジロくんも向日も言ってたなぁ」


岳人くんまで…


「まるいくん、楽しそうだC〜」


ニコニコしながら『二人とも仲よしだね〜』なんて言う慈郎くんに、どう返していいものやら。

…ん?
いま、慈郎くん、何て?


「おいおい、ジロくん」
「なんか生き生きしてるよ?クッキーも美味しいし」
「まぁ、クッキーは美味いだろ」
「えへへ。二人とも大好きだもん。仲よしだと嬉しい」
「慈郎くん…」


この年で素直に友達のことを『大好き』と言える慈郎くんの天真爛漫さが羨ましいし、そう言ってもらえることはこちらこそとても嬉しい。
飾らない慈郎くんの素直さに赤男もまんざらでもないようで、またも目が合ってお互い少し照れくさくて、ついつい笑ってしまった。


でも、さっき慈郎くんが『まるいくん』って……この赤男の名前よね?きっと。
まるい、まるい、まるい……どこかで聞いたような。


―『アーン?ジローはこいつを超えようとしてるんだぜ?なのに―』


その時、数週間前に教室で跡部くんからかけられたフレーズを思い出した。
前に補修した慈郎くんのリストバンド。
慈郎くん憧れの選手で、その人みたいに上手くなりたいとテニスを頑張っているって。
2つのリストバンドに、片方は氷帝のロゴを入れて、もう片方は慈郎くん憧れの選手の高校を―


「え、ちょっと待って。慈郎くん」
「う?」


珈琲を置いて、隣の慈郎くんをじっと見つめ、確かめようと赤男を指差して―


「赤男が、『まるいくん』?!リストバンドの???」

「ちょっ、お前っ、アカオって何だよ?!」



あ。
心の中だけの呼び名を、ついい声にしちゃった。





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