赤い怪獣2



『2〜3分待ってだって』と言うこの赤男(あかお)いわく、おばさんはキッチンで皿洗い中なのだとか。
いつもならあっという間に過ぎる、何でもない2〜3分だけど、見知らぬ他人と二人きりだと、ちょっと微妙。
(カウンターに一応、寝てる慈郎くんはいるけどさ)

早くおばさん来ないかな〜、または慈郎くん起きないかな〜と思いながら壁にかかっている大きな時計の針を眺め、1秒、2秒…
チラっと隣の赤男を探り見ると……目があった。


「なぁ」
「…?」

鼻をひくひくさせて、きょろきょろ周り見回している。
何か探してるのかな。

と思いつつ、ついつい一緒にきょろきょろしてしまい、『何やってんだよ、おまえ』と呟かれ―って、また『オマエ』って言った!!


「なんかいい匂いがする」
「は?」
「ほら、なんか、ニオイしねぇ?」
「はぁ」

まぁ、ここクリーニング屋さんだしね。
柔軟剤とか、洗剤とか、そういうもの?の匂いはいまさらでしょ。


「洗濯モンのじゃなくってさ」


私の最もな疑問は顔に出ていたらしく、すぐさま赤男が否定してきた。
クリーニング関連じゃなければ、何の匂いだっていうの?


「甘い匂い」
「あまい、におい?」
「香ばしいやつ」
「こうばしい?」

何言ってるの?赤男。
さらに『焼きたて的な』って、どういう意味?
甘くて香ばしい、焼きたて………あ。


「お前のカバンから匂いがする」


って、人のカバンをクンクンするなーッ!!
何なの!?この赤男。
近い、近い、近いからッ!!!


慈郎くんも話す距離が近いタイプだけど、それでも友達や仲の良い人たちとの間のことで、まったくの他人相手にそんなことはしない。
けれどもこの赤男。
この数分間で彼が物怖じや人見知りせず初対面の人相手でもフランクに話しかけられるタイプであろうことは、何となくわかった。
でも、小さい子ならともかく、同年代の女子にやるものなの?最近の子って、そうなの?

いくら『人懐っこい』『人見知りしない』『フレンドリー』でくくっても、名前も知らない初対面の女の子にここまで近い距離でくるものなのか。
(完全に名乗るタイミングをお互いが逃したのもあるけど)

氷帝は小学校から一貫教育ということもあって、普段接している男の子たちは殆どが小さい頃からの友達や顔見知り。
外部組ももちろんいるけれど中等部からの外部組は『小さい頃から』のグループにいれてもいいくらいだし、高等部の外部組みは勉強の出来る真面目君たちが多く、今のクラスにその外部組がいないので話す機会無し。
こうやって氷帝以外の、いわゆる他校の男の子と話すことが殆ど無いので、新鮮ではあるのだけどコレが今の世の中といいますか、今どきはこうなのかもよくわかんない。
といいながらこの赤男も氷帝だったりして………いやいや、こんな鮮やかな赤い髪、校内で見たことが無い。
ウチで一番目立つのは、慈郎くんのフワフワな金髪と、跡部くんの高笑いですから!


甘い匂いの元を探す赤男が、いよいよ私のカバンに手を突っ込みかねない勢いになっているので、それだけは阻止すべくカバンを後ろに隠した。
何のことを言っているのかはもうわかったのだけど、正解を出さないと赤男が引き下がりそうに無いので、中からタッパー(午前中の成果)を取り出す。


「これ?」
「クッキー!そうそう、この匂い。」


で、コレがどうしたと?
原因わかったのでこの件は終了、とカバンに戻そうと思ったのだけど、赤男の視線がクッキーから外れない。

まさか、くれとでも言う気…?

と思った瞬間、かぶせるように『一枚ちょーだい』と手を出してきた。
おいおい。
人懐っこいとか、フランク・フレンドリーとか、そういうんじゃなくて、まさかの遠慮知らずのオレサマ系なの?
こういうキャラは一人で十分なんですけど。クラスに最大の俺様がいることだし……まぁ、あの俺様なら有無を言わさず『よこせ』なんだろうけど。
どちらかというと『一枚ちょーだい』は慈郎くんから出がちな台詞、かな?
目をキラキラさせて、可愛らしい笑顔で『いっこちょーだい?』が炸裂すると、氷帝の女の子たちはキュ〜ンとなってしまうようで。
いや、アレは本当に可愛くて、慈郎くん反則だなーってくらい、拒否なんて出来ない感じになっちゃうもん。
なんて事を話したら、幼馴染の本屋姉妹の妹(同い年の方)は、『アレが手なんだよアイツの。みんな騙されてんだよ。ったく、慈郎はタチ悪いったらナイね』とバッサリ。
まぁ、あの子は岳人くんと同じく、商店街のクリーニング屋・電気屋・本屋で、幼稚舎に入る前からのご近所さんという生粋の幼馴染な仲だからこその台詞なんだろうけど。

私の場合は、慈郎くんの『いっこちょーだい』に、学校の女の子たちのように『キュ〜ン』というよりも、目の前にジャーキーを掲げられておすわり状態でじっと飼い主を見上げる目がくりんくりんの犬(チワワとか、パピヨン、ヨークシャテリア、スピッツ、トイプードル、ポメラニアン的な子犬)。

…の飼い主の気分、とでもいおうか。


こちらを真っ直ぐ見つめ『一枚ちょーだい』と手を出す赤男は、慈郎くんの『いっこちょーだい』とは全然違う感じで、貰えるのを確信しているような自信溢れるとでもいおうか。
そうでもなければ答える前に手を差し出してこないでしょ。

…と、ここでイジワルしてタッパ引っ込めるほど心が狭いワケでは………って、散々赤男を心の中で、俺様だ『オマエ』とは何事だぶつぶつ言ってて何だけど。


タッパーの蓋をあけて一枚取り出し、赤男の手のひらに乗せたら大口あけて一気にボリボリ、あっという間に無くなった。
というかこの男も、見るからに手作りなクッキーで、しかも知らない女子が作ったものをこうも気軽に、躊躇無く食べるってある意味凄い。
普段からそうなのかな。


「お前が作ったん?」
「はぁ。まぁ」
「なかなかうめーじゃん」
「…どうも」


ヲイコラ。
なんだその上から目線な感想は。


「でも、バターの練りがちっと足りねぇな。口当たりが少し気になっただろ?」
「……。」


焼き上がりを味見したときは、出来立てなこともあって『焼きたて美味しい〜!』くらいだったけど、ある程度冷めてからタッパ入れるまえに再チェックしたとき、確かに少しボソボソしていた。
けど、所詮は素人の『手作り』なのでこんなモンで、手作りの『素朴』なクッキーですから!
…なんて自分に言い聞かせ、言い訳ーとまでは言わないけど、手作りはこんなモンでしょ、ってね。

ただ、赤男の『バターの練り』には既視感………いいや、聞き覚えある、と昔の記憶を呼び起こしてみたら、中学時代の家庭科授業で同じ班になった件の俺様が、課題の『焼き菓子』味見の時に言い放った台詞だと気付いた。
俺様は洗い物担当で、あーしろこーしろと他のことに指示だして、私含む班員がせっせと材料を量って、混ぜて、焼いて、と動く役割。
形作りは皆でやったんだけど、生地の核となる最初のバターと砂糖を混ぜたのは私。
焼きあがったお菓子に班員は皆、初めてのお菓子つくりの子もいたので満足だったのだけど、唯一跡部くんだけがダメだしをした。

ミスターパーフェクトな氷帝の俺様は、お菓子作りも出来るとでも言うの!?

密かにお菓子作りが好きで、小学校高学年くらいから作っていた身としてはショックだったのだれど、逐一出された跡部くんのダメ出しは的を得たものばかりと後々お母さんに聞いてわかった。
(私のお母さんは調理師免許も持つ元ケーキ職人ゆえ。今は料理かお菓子かよくわかんないけど、そういうスクールの先生を不定期にしています)

お母さんに教えてもらい、満足のいくマドレーヌを焼いて跡部くんに『どうよ?』と叩きつけ、『まぁ、及第点じゃねぇの』を貰って早数年。
高校に進学してお菓子作りよりも裁縫(手芸)の方により夢中になっていたためか、久々のクッキー作りを嘗めていた……ワケじゃないんだけど、『練が甘い』に、お菓子作りの腕が中学のあの頃に戻ってしまったのかとちょっぴりガックシ。。。


この赤男が何者かはさておき、クッキーの感想については図星なので何とも言えない。
けど、本当に何者?
跡部くんのように一流のモノばかりを口にする生粋のお坊ちゃま……には悪いけど見えないし。
単なる焼き菓子マニア?

初対面の女子を『オマエ』呼ばわりかつ不躾に『一枚ちょーだい』と距離つめて、さらには手作りのお菓子にダメだしって!
(心は狭くない……といいたいところだけど)



「あら、ごめんなさいねぇ。慈郎ったら」



赤男のダメだしにどう反論しようか考えた瞬間、奥の方からおばさんが姿をあらわして、突っ伏している慈郎くんを眺め困ったように微笑んだ。
慈郎くんに良く似た面持ちで、ふんわりのんびりした雰囲気のおばさんは、商店街のおじさまたちの癒し系でうちのお父さんも大ファン。
ハーフ美人ってヤツ?
確かヨーロッパの北欧かフランスかどこだったか。
ハーフかクォーターか、とりあえずおばさんは外国の血が入っているらしく、慈郎くんの髪も小さい頃から陽にあたるときらきらの天然金髪で、自分が黒髪なこともあって羨ましく感じていたこともある。
黒髪ストレートなら古きよき日本らしくーと言えるけど、真っ直ぐなストレートでもなければ天パでもないし、寝起きは爆発してて雨だと広がっちゃうし、とかく何の変哲もない普通の髪質だから。
幼馴染の本屋姉妹はどちらも羨ましいくらい綺麗な黒髪ストレートで、本人たちは『日本人形みたいで暗闇だと気持ち悪がられる』とか『パーマかけてもすぐとれる』って、あまり自分の髪を気に入っていないようだけど。
跡部くんは手入れが行き届いたへーゼルナッツ色の綺麗な髪質で、滝くんや後輩の日吉くんのキューティクル具合も羨ましい限り。

氷帝はさほど校則厳しくないので、髪のカラーリングやピアス類、バイト関連も自由。
なので派手派手な生徒もいるけれど、染めてると思いきや跡部くんや慈郎くん、滝くんら天然色の人たちもいる。
まぁ、慈郎くんのところは三兄弟揃って似たような色してるので、家族写真見れば一発でお母さん譲りの金色なのだとわかるのだけど。


「あら、クッキー?」
「あ、はい」


しまい損ねたタッパーに、おばさんは『前はよく作ってたわねぇ』と微笑んで、昔はよく作って持ってきたり、近所の子たちと一緒に焼いたりしていたと昔話をしだした。
そういえば凝っていたときはよく学校で友達に配っていて、慈郎くんは家に持ち帰って妹やおばさんと分け合っていたようで、おつかいでクリーニング取りに来たときにおばさんにお礼と『美味しかった』とお褒めの感想をいただいたこともあったっけ。


「作ったのは久しぶりなんですけどね」
「そういえば最近、手作りお菓子はご無沙汰だったわねぇ。お母さんは『裁縫の方に夢中』って言ってたかしら」
「そうですね〜」
「慈郎のリストバンドも、直してくれてありがとう」
「いえいえ」


思えばおばさんもプロフェッショナルだから、何も私じゃなくてご両親に頼めば良かったんじゃないかと思うけど、そんな疑問が顔に出ていたようでおばさんからは『繕うのはともかく細かな刺繍は苦手なの』と苦笑された。


「このあと本屋さん寄るので、差し入れしようかな〜って」


慈郎くんのお母さんにとってみれば、本屋姉妹は生まれたときから知っているし親同士も仲がいい。
もちろん私も慈郎くんや岳人くん、宍戸、本屋姉妹含め、一緒くたに『氷帝幼稚舎組』で町内に住む同年代グループは皆顔馴染みで互いの両親も親しい。
『本屋姉妹への差し入れ』とタッパを掲げて、そのままカバンにしまったら、おばさんもクッキー食べたくなっちゃったわとの可愛らしい呟きが聞こえたので、いそいそとまた取り出そうとしたら予想外の一言が赤男から飛び出した。


「俺、作ろうっか?」
「あら、いいの?」
「もっちろん」
「慈郎と遊ぶ約束してたんじゃない?起こしましょうか」
「いや、起きたらでいいや。特にどこか行くつもりも無かったし」
「じゃあ、お願いしようかしら」
「オッケー!んじゃ、キッチン借りるよ」


どういう話の流れでこんな。
というか、赤男。やっぱり何者…?
慈郎くん家のキッチンを借りるくらい芥川家と親しいの?
ていうか焼き菓子マニアじゃなく、作る方なの?!

…って、私、この流れでどうしたらいいのか。
慈郎くんのお母さんと赤男に挟まれた状態で、とっととクリーニング貰って退散すべきかどうしようか迷っていると、奥の家の方に向かおうとした赤男が振り返り、手招きしてきた。


「お前も来いよ。天才的腕前、見せてやるぜい」


ナンデスッテ?


「ふふ。じゃあ、二人とも、よろしくお願いするわね?」
「ハーイ」
「え、私も?」
「ったりめぇだろい」


『だろい』って何?





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