エンドテロップが流れ終えて、映像はメニュー画面を写している。 誰も『停止』ボタンを押さずに1分、2分… 「グス…っ…」 一番左の切原赤也は、ぐずぐずになった鼻をすすり、充血した両目を乱暴を袖でぬぐった。 普段ならばこんな顔見られたくないけれど、状況は皆同じだからして隠す必要も無いと思ったのか、窓の外の夜空を眺めてでもいるのか、視線を遥かかなたへやっている。 「……」 一番右の財前光はといえば、たとえ皆一様に同じ状況だとしてもプライドが許さないのか。 それとも羞恥心が勝るのか。誰にもこんな自分は見られたくないとばかりに膝を抱え、組んだ腕に頭を乗せてぎゅっと目を閉じ、感情が収まるのをひたすた待った。 「…っ…」 真ん中に座る2人のうち、右の方、財前の隣の越前リョーマ。 彼もまた、こんな顔は見られたくないタイプだが、右の他校生のように下を向かずとも簡単に隠せる帽子がある。 トレードマークのキャップを深くかぶりなおし、周囲から顔が見えないようガードしてから涙が止まるまでじっとすることにした。 「…っ…ひっく…」 真ん中のもう一人、一番年上のお兄さん的立場なはずの芥川慈郎。 ただ、この状況では一番年下に見えなくも無い。双眸から止め処なく流れる涙をぬぐいもせず、画面の『メニュー』を空ろに見つめてぐずりながら、嗚咽を漏らす。 すっと手を伸ばして何とか『停止ボタン』を押し、これ以上本編を思い起こさせるような『メニュー』画面をシャットダウンしようとプレイヤーの蓋もおろした。 「「「「………」」」」 4人とも、心境は近いものがある。 映画本編への感想もさることながら、置かれているこの状態をどうしようか、と。 誰かが一言発すれば、そこから時は動き出してそれぞれ何でもないように振る舞い、この変な状況を止めることが出来るかもしれない。 ただ、感情がついていかないのか。 じっとしているとクライマックスのシーンを思い起こしてさらに涙がでてくるのだけれど、何とか立ち上がって空気を入れ替えたいのは皆同じなのだけど… その最初のアクションを起こせず、重い腰をあげることができない。 一番お兄さんの芥川は、左右をきょろきょろみて、ここは自分が…と思ったのだけれど、その瞬間に、本編の一番悲しいシーンを思い出して、またも涙があふれてきた。 同じようにぐずっているのは他3人も一緒だが、とりあえず自分は一番の先輩なのだ。せめて一番の後輩……中学一年生の彼のケアくらいはしなければ。 …とでも思ったのか、隣の小さな一年生の頭(帽子だが)をぽんぽんと撫でた。 「…っ…」 「うん…」 咄嗟に顔をあげて芥川をじっとみつめる越前の両目は充血し、涙は止まっているようだが頬には流れた跡と、何よりも泣きはらした目が彼の感情の高ぶりを証明している。 『大丈夫、わかってる』 芥川自身も越前と同じような顔をしていたが、それでも周囲を和ませ安心させる、柔らかくふわっとした笑みを浮かべて、彼を抱き寄せた。 帽子ごと胸に抱え、小さい子にするように背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせる。 「「……」」 隣で繰り広げられるちびっ子二人の抱擁シーンをチラっと眺め、両端の2年生は何を思うのか…。 とりあえずはこの部屋を出て空気を入れ替えたい。 外のベンチで夜の静けさに身を置いて、落ち着きたい気もする。 しかし、それぞれに『待ち人』がおり、彼らがくるまで部屋で待とう、の名目で映画を一本見てしまったのだ。 まさかの内容で、上映後のこんな状況なんて誰も想像していなかったが、これで部屋を出てったら何のためにここに残っていたんだという気がしないでもない。 だが、戻ってきたこの部屋のチームメイトにこんな顔を見られるのは4人とも嫌だし、つっこまれるのも勘弁願いたい。 ここはやはり、一度部屋を出るべきか。 「…カフェテリアでお茶しよっか」 切原、財前ともに自分から切り出すことに躊躇していたが、一番年上のチームメイトから出された提案に、天の助けとばかりにぶんぶんと頷いて、そろっと立ち上がった。 頭をぽんぽん撫でられていた越前も続けて立ち上がり、自分が落ち着くよう優しく抱きしめてくれた芥川の後ろにピタっとつけて、彼のシャツのすそをキュっと掴んだ。 普段そういうことをされたことがほぼ無いためか、年下の可愛らしい行為―特に越前のようなそういうことをしそうにないタイプ―に少し驚きつつも、『ちょっとお兄ちゃんみたいだC』なんて微笑ましくなりながらも、後輩3人を引き連れてカフェテリア(食堂)に向かおうと部屋のドアを開けた。 …が。 「あそこでドロフォーー来るとは思わんかったなぁ」 「千石クン、まじ強いで」 「ていうかめっちゃ強運やな。何枚ドロツーとドロフォー持ってんねん、あの男」 「仁王クンもめっちゃくちゃやな」 「あいつたいしたカード持ってへんのに、いつのまにあがって」 「今度やる時は千石クンの次に仁王クンが来るように座ったらええねん」 「せやな。今回は場所が悪い。千石の隣やったから、引きまくりや」 「ケンヤの場合、カッスいカードばっかり引いとったやん」 「切ったヤツが悪い!最初に配られたカードも数字ばっかやし」 「ほっとんど切ったの仁王クンやん」 「あの男が一抜けするから…こういうのはビリが切らんと、不公平やねん!!」 「となると、毎回ケンヤが切ればええんか?」 「アホか!誰が毎回ビリやねん」 「お前か天根クン」 「お前かて毎度毎度中途半端な順位であがって、つまらん!」 「千石クンと仁王クンには勝てる気がせえへんし。3位なら実質1位と一緒やん」 「3位は3位や!1位になれへんなんて、バイブルが泣くで?!」 「…意味わからん」 レクリエーションルームでUNOバトルを終えた四天宝寺の3年生は、ゲームを振り返っては圧倒的強さで勝ち続けた立海大付属の3年と、山吹中3年の強さ・強運っぷりにただただ平伏した。 よほど運に恵まれているのか、誰が切ってもどのような配り方をされても、山吹中の千石のもとにはありとあらゆる役カードが揃った。 そして立海の3年のもとにも使い勝手のいいカードが集まりがちだったのだが、たとえ数字だけの凡カードのみが手持ちだとしても、―詐欺師は強かった。 UNOと宣言しているにも関わらず、残り1枚だというのに周りにそのことを忘れさせるくらいの巧みなトークとカードさばきで、気づけばあがっていた。 合宿中のこういった休憩時間に行われる各種レクリエーションで、仁王と千石の勝負強さは群を抜いて評判だったので、いざ勝負!と挑んだ白石と忍足(謙)だったのだが、あえなく…というか、やっぱりというか。 意気揚々に勝負を申し込み、あっという間に返り討ちにされたらしい。 部屋に戻ろうと階段を上り、曲がったところで奥の部屋からでてくる小柄な人物が二人の視界に入ってきた。 あれは。 「ケンヤ、あれー」 「あ、あ、あ、芥川、や」 「どもってんで」 「な、な、なんや、白石」 「…とりあえず落ち着けや」 「お、お、お」 「侑士クン、呼んでこよか?」 「あ、あほ。何で侑士やねん」 「通訳というか、橋渡というか、とりあえずクッション的な」 「いらんわ!」 「侑士クンおらんと、お前何の話もできんやん」 忍足よりも幾分薄い色素の金髪ふわふわな頭が見えた途端、隣のチームメイトの表情が面白いくらい変わった。 本人はひたすら認めてはいないが、周りとってはわかりやすすぎるくらい顔に出る男だ。 毎度会うたびに頬を染めて下を向き、決して芥川と目を合わせようとしない。 そのくせ、彼の視線が他へ向くと顔をあげて目で追っている。 このことに関して何度声をかけたか数え切れないくらいだが、その度に今のようにどもりながら『何言ってるかわからん』的に反論してくる。 いい加減認めれば楽になるだろうに、まるで思春期の少女のように……いや、少女漫画の主人公のように、だろうか。 これが可愛い女の子ならばともかく、隣でもじもじしているのは立派な体格の、180cmに近い男だ。 まったくもって可愛くも何ともなく、気持ちワルイ……と呟く白石だが、親友の意中の彼へ再度視線を投げると、彼は一人ではなく、後ろからぞろぞろと― (財前?) 芥川のすぐ後ろには、彼よりも小柄な少年がピタっとくっついている。 あのサイズは四天宝寺のゴンタクレか?とも一瞬思ったが、白いキャップと服装で、東のルーキーの方かと理解する。 彼らに続いて、白石の部屋―201号室の隣、203号室から出てきたのは、最近ダブルスを組んで試合も行った、立海大の2年生エース、切原赤也。 そして、その後ろから見慣れた後輩の姿が。 「芥川クンと、越前…切原クンに、財前?どないな組み合わせやねん」 ボケ〜っと先頭の芥川を見つめる隣のチームメイトはひとまずおいといて。 芥川と越前が一緒に昼寝をしているのはたまに見かけるので、二人でいるのは見慣れた光景だが、続く切原と、特に後輩の財前が珍しい。 静かに一人で本を読んだり、ヘッドフォンで音楽を聴いている姿はよく目にするし、たまにレクリエーションルームで遊んでいるのも見かけるけれど。 それでも、この後輩は一人でいる時間も非常に大切にしており好んでいるので、集団で―特に、天真爛漫な芥川や、常に誰かと一緒に騒ぐ…というと語弊があるが、賑やかに過ごしている切原といるのが想像しがたい。 白石としてはどのみち自分の部屋は一番奥なので、と歩を進めて彼らに近づいていく。 隣の忍足はしばらく足を止めていたが、ハッと気づいて白石に追いつき、いそいそと隣を歩いて何でもないとばかりに背筋を伸ばした。 忍足の部屋は廊下の真ん中あたりなので、4人のいるところまで行かないのだが、ひとまず白石についていくらしい……挨拶でも交わすつもりなのかは不明だが。 「ゲッ…」 廊下に出てカフェテリアに向かおうとした4人だったが、向こう側から近づいてくる影に気づいて足を止めた。 顔をあげた財前の視界に入ったのは、よぉく知った先輩らの姿。 思わず『ゲッ』となり、出た呟きはしっかり先輩に拾われていたようで、『「げっ」て何やねん』とさらに近づいてこられた。 芥川、越前、切原は俯いていた視線をさらに下に向け、顔をあげまいとふんばる。 さらに切原は、近づいてきた他校生に声をかけられた財前の背中を、イケニエとばかりに押して前へ前へと出させる。 「ちょっ、おまっ」 切原へ抗議の声をあげた財前だったが、目の前の先輩は面白いものをみつけたかのようにニヤニヤし、顔をのぞきこんでくる。 「ひかるちゃ〜ん、どないしてん?」 「なんでもないっス」 「おめめが赤ない?」 「…部長、キモイっすわ。『おめめ』て」 「財前、泣いとったん?目が赤いで」 「何言ってんスか」 「ていうか、お前ら何かあったん?」 「……」 「芥川クンも、越前も、……切原クン?」 不自然に90度首をまげて下を向いている、財前の後ろの3人に声をかけるも誰一人顔をあげない。 最後の『切原クン?』に、俯いている切原の肩がビクっと震えるも、それでも姿勢を崩さず小さな声で、『…ッス』と返事をするに留まった。 「財前、オレたち行くね」 「「……ッス」」 四天宝寺にはさまれ、かわされる会話が途切れ無そう。。。というか、話題がこちら側3人にもふられそうだったため、ここはひとつ犠牲を払おう。 ―芥川、越前、切原の意思は固まった。 白石と対峙している財前へ、感謝の気持ちを込めつつも犠牲になれ!とばかりに芥川は一言述べて、つづく越前・切原も頷き、その場を去ろうとする。 「ちょっ、芥川サン!」 「オレたち急いでるから……ごめんね」 「俺も行きますって」 「…うん、ごめん」 逃がさんとばかりに財前の肩に手をおく白石がチラっと見えたため、こりゃ無理だと悟った芥川・越前・切原……はやはり財前を置いていこうと、彼の縋る視線に背を向けた。 だが、その次に立ちはだかったのは……いや、棒立ちになっている、の間違いだったか。 「あ、あ、あ、あくたがわ」 「……」 チッ 花のようなかんばせと柔らかい雰囲気、優しいふわふわしたイメージと、太陽のような天真爛漫な明るさ、な芥川慈郎―からは想像がつかないような、悪態? 彼のシャツのすそをぎゅっと掴んでいる越前にはしっかりと聞こえた。 ついでにその後ろに立つ切原にもちゃんと聞こえた。 さらには財前をホールドしつつも親友に目を向けた白石にもバッチリ聞こえた、ようだ。 (ケンヤ……頑張れや) 「ど、どないしてん」 「……」 「ざ、ざ、ざいぜんと一緒やったんか?」 「……」 「お、俺ら、えっと、俺ーと、白石やねんけど、さっきまで、仁王が、ウノで、千石やってん」 「……?」 (ケンヤ……あかんやん) やはり『侑士クン』を呼んだほうがよかったか? 頑張って声をかけてコミュニケーションを図ろうとしている努力は買う。 ただし、いつものマシンガントークはどこへやら。 顔を真っ赤にしてどもりながら、たどたどしく話しかけてはいるものの、文章になっていない。 幸い、芥川の『チッ』は耳に入ってはいないようだが、それでも話しかけられている彼は一言も返してくれていない。 いつもなら冷たい視線を浴びせたり、『ワケわかんないC』だの『整理してから話して』だの、『言いたいことあるなら紙に書いて』だの、『ユーシ・オシタリ(通訳)呼んで来る?』等の切り替えしをしてくるのだが、今は何故か俯いたまま、顔をあげてこない。 「芥川…?」 「……」 さすがに日々、冷ややかなセリフと視線を受けている忍足謙也も、何も返ってこない現状に違和感を覚えたようで、身をかがめて下から覗き込んだ。 「っ…!!」 突然覗き込まれ思わず後ずさった芥川だが、後ろにはピタっと越前がくっついていることを思い出し、半歩さがった足が止まる。 「やっ…」 咄嗟に両手で忍足謙也を追いやるも、バッチリ顔を覗かれてしまったことに思いっきり頬をふくらませ抗議の視線を投げる。 「泣いたんか?!何があったん?」 いつものどもりはどこへやら。 芥川の両肩を掴み、ぶんぶんと振りながら真剣な顔で心配そうに覗き込んでくる忍足に、『悪いヤツじゃないのはわかるんだけど…』なんて思いつつも、面倒とばかりに首をふって何でもないと言い放つ。 「なんでもないワケあれへん!!こんな、目ぇ腫らして」 「…本当に何でもねぇし」 「なんや!?誰かに泣かされたんか」 「ちがう……ていうか、離してよ」 「先輩、どさくさに紛れておさわりッスか」 「なっ…財前、何言ってー」 「セクハラっすわ」 「アホか」 「痛いC」 ぎゅっと肩を掴む両手に力をいれられたためか、芥川の表情がゆがむ。 途端にパッと手を離して謝る忍足だったが、芥川はふくれっつらのままじっと忍足を見つめ、プイっと首をふった。 「ジローさん…」 ピタっと後ろにくっついてシャツの裾を掴みながら俯いている越前が、くいくいっとシャツを引っ張り、芥川を促す。 そろそろカフェテリア行こう?と暗に言われ、財前はどうするかはともかく、いい加減この場を去らないと更に登場人物が増えるに違いない、と芥川・切原ともに歩みを再開し階段へ向かおうとした。 …が。 「赤也?」 涼やかな声が歩き始めた切原の足を再度止めた。 >>次ページ >>目次 |