名犬ラッキー3



同室の不二とともに観葉植物の話にはなを咲かせていたら、廊下から何やら騒がしい喧騒…というほどでもないが、それでも部屋から出て様子を覗くくらいは気になる物音がした。
数人のチームメートを確認したが、それでも普段ならそこへ近づいて声をかけるほどでもない。
ただ、人が集まっている中心に直属の後輩がいたからか。
そして、ともに部屋を出て数メートル先の人だかりの中に一際小柄な少年を見つけた不二の方も―こちらも直属の後輩だと察したからか。

つかつかと揃って歩み寄り、不自然に下を向いている互いの後輩のもとへと歩を進めた。


いったい全体どういう状況なのかは不明だが、下を向いている後輩の切原赤也、の前には同じくキャップを目深にかぶり、直角で下を向いている越前リョーマ。
その越前は、何故かかなりの至近距離で氷帝3年生の背中にぴたっと寄り添い、彼のシャツをぎゅっと掴んでいる。
そして掴まれている氷帝生はというと、彼のさらに正面に立つ四天宝寺の3年生に両肩をつかまれぶんぶん揺らされている。


「…何してるのかな」

「さぁ…」

「赤也と」

「ウチの越前だね。…なんで芥川にひっついているのかな」

「白石、忍足と財前…四天宝寺か」


冷静に集まっている個人を確認し、立海の部長と青学の天才は6人のもとへと向かい、ひとまず後輩の名を呼んだ。



「ぶ、部長…!」

「何してるんだい?」

「い、いや、その…」


耳なじみのありすぎる声にハッとなり、咄嗟に顔をあげるも自身の目がヒドイことになっているためすぐさま下を向いて不自然に首をふった。


「赤也?」

「なんでもねぇっス」


一歩、幸村が近づくたびに、一歩下がる切原を怪訝に思いつつも、一瞬顔をあげた彼の双眸が真っ赤なことを思えばまた充血してデビルにでもなったのだろうか?
しかし白石とのダブルスを経て、赤目状態のまま冷静でいられるようになった彼だからして、そんなに変なことにはなっていないだろうと思う。

さすがに忍足のように下から覗き込むことはしないが、それでも少しおかしい後輩の様子を伺おうと近づくが……やはり、半歩下がられる。



「やぁ、越前」

「…っ!」


(げっ、不二先輩)


立海の先輩後輩が半歩寄って半歩下がるという謎な行動をし続けている横で、青学の天才はにこやかに笑みをたたえ、2つ下のルーキーへと近づいた。
かろうじて声は発さず、顔もあげなかった越前だが、心の中で盛大に悪態をつき、今すぐこの場を去りたい心情に襲われる。

この先輩が一度興味を持ってしまうと、納得するまで追いかけてきては人を振り回し、優しい笑顔と物腰柔らかな姿勢に反してどこまでも強引にぐいぐいくることを、入学して半年……嫌というほど味わってきた。

チラっと後ろにいたはずの切原を探すも、少し先で何故だが幸村に捕まっている。
財前は白石……何れも同じ学校の先輩に絡まれていることを思うと、自分はやっぱりこの先輩、か。


(こんな顔、絶対見られたくないし…)


誰にでも、明らかに『泣きました』な顔を見られたくはない。
特に、この先輩のような人には。


(まだ、英二先輩のほうがマシ)


毎度毎度スキンシップ過多ですぐに抱きついてきては話し掛けてくる先輩を思い浮かべる。
2年の桃城と同じく、部活後の買い食いや休みの日など、よく遊ぶ方の先輩―菊丸英二。
面白そうににこにこしている目の前の不二とはクラスメートで、仲のよい3年6組コンビではあるのだけれど、追求タイプの不二と違い菊丸の方ならなんとか御する自信はあった。
強く抗議し嫌がれば、気にしてそれ以上踏み込んではこないから。

それに比べると…。


「ふふ…どうしたのかな?」


心なしか先ほどよりも声色が弾んでいる気がする。
まずい。


「…んでもないッス」


苦し紛れに平常を装い呟くも、その声がいつもより小さいためかこの先輩の興味が逸れてくれない。


「何で芥川にくっついているんだい?」

「…別に」


そういえば部屋を出てからずっと氷帝生のシャツをつかみ、ぴたっとくっついていた。
昼寝仲間の2こ上の先輩は、柔らかい雰囲気と太陽のような明るさでいつも笑って手招きしてくれる。
いい寝場所を見つけると、たいてい先に寝っ転がっていて、その隣に腰掛けるとまず間違いなくいい眠りに誘われ、起きる頃には体も軽くなりリラックスできるのだ。
密かに『昼寝スポットの目印』として、最近ではよさそうな寝場所を探す……よりも、芥川を探すほうが先になっているような気もする。

そんな彼にひっついていると、不思議と落ち着いた気持ちになれて。

映画鑑賞後の気分の高まりを収めたくて、無意識に彼のシャツを掴んだのかもしれない。
周りの2年生もその光景に何も言わず、掴まれている本人も特に気にすることもなかったたため、そのままひっつきながらカフェテリアに行こうとしていたのだが。


この先輩の興味が、じっと下を向いて顔をあげないことからピタっとくっついていることへシフトしだしている。

まずい。


「ねぇ、越前」

「…放っといてくれません?」

「放っておけないよねぇ」


くすくす。


いつもの笑い声が、越前のごく至近距離で聞こえてくる。
掴んでいる芥川のシャツの裾をぐいぐいと引っ張り、この場を離れようと訴えるも、肝心の彼は四天宝寺の問題外にホールドされていて痛そうに顔を顰めている。

指を離して、同じ境遇を味わった3人を置いて逃げても良かったのだが、泣き止むまで背中をさすってくれた彼を―同じようにこの場を去りたいと切に願っている同志を置き去りにするのは、どこか気が引けた。


…なんて思っていたら、同じく青学3年6組の、『御せる方』が。


「あれー?おチビ??不二も」

「やぁ、英二」

「不二〜、何してんの?」

「うん。何だか廊下が騒がしくてね。越前は顔あげてくれないし」


(ばっ…!余計なコトをー)



他校生とともに卓球を楽しんだ菊丸だったが、階段をかけあがったら各部屋前の廊下が何だか騒々しい。
見れば、四天宝寺、立海、氷帝……どういう組み合わせなのか不明だが、その中にクラスメートの姿を見つけた。


四天宝寺のバイブル……は、後輩の肩に片手をおいて、なにやら周りの様子を見ている。
その後輩はというと、スピードスターをからかっているのか何なのか。
財前に責められているのか知らないが、怒涛のつっこみを受けている忍足謙也はというと、一言一言にダメージを受けているようで一歩ずつ後ずさり。
その忍足に何故か両肩を掴まれているのは……氷帝の芥川?
忍足の手を外そうと一生懸命振り払っているようだが、掴んで離さない忍足にイライラしたのか、オトコの大事なところに膝蹴りをお見舞いした。


(あ…痛そう)


芥川のキックがきいたのか、それとも財前の責めに耐えかねたのか……ようやく芥川を掴む両手を離した忍足は、力なく壁に寄りかかった。
その奥では、立海の部長とエースがじりじりとなんだかよくわかんない絡み合いをしている。


皆、何やってんだか……呆れた矢先に、目に飛び込んできた菊丸と同じ青学生二人。
思わず近寄ってひとまずクラスメートに声をかけたが、返された言葉に後輩の不自然さに気づいた。


「おチビ?」

「なんでもないッス」

「どったの?」

「どーもしないッス」

「ねぇ〜」

「あっちいって」

「ひど〜い」

「うるさいッス」


右に不二、左に菊丸。
右側はとりあえず今はちょっかいは出してこないので置いておくとして。
問題はこういうときにぐいぐいくる左の方だ。
本気で嫌がれば踏み込んではこない………はずだから、最後の最後は何とかなるとして。


「なんでそんな下ば〜っか見てるのさ」

「下が好きなんス」

「嘘つけよ〜」

「英二先パイ、うるさい」

「なんだとぉ〜?!」


ついついいつものクセで邪険にしていたら、『本気で嫌がる』ことをし忘れてしまった。

…つまり、踏み込まれて下から覗き込まれたワケで。



「っ!!」

「…お、おチビ?!」


忍足謙也と菊丸英二が似たようなタイプだとでもいうのか。
この二人の共通点なんて―後輩構いがちて騒がしいところくらしか思いつかない。

それとも、覗き込んだ相手が思わぬ表情を浮かべていたら、とる行動が一緒だとでもいうのか。


「お〜ち〜び〜?!どうしたんだよっ!!」

「…っ!」


芥川にひっついていた体を無理やりはがされ、両肩をガシっと掴まれたと思ったらそのままぶんぶん揺さぶられる。


「ちょ、英二先ぱー」

「こんなに目、腫らして!誰かに泣かされた?!」

「…違うッス」

「だって、こんな…目、真っ赤だよ?」

「泣いてないし。いいから離してよ」

「誰だよ〜?!俺が敵討ちしてやる〜」

「違うって言ってるし」

「おチビ〜」

「痛いッス」

「英二、離してあげなよ」


先ほどの忍足に両肩掴まれてぶんぶんやられた芥川よろしく、菊丸にぶんぶんやられている越前のほうも意外なバカ力に顔を顰める。
すると、先ほどまで無言で二人のやりとりを見詰めていた右の方―不二周助、が入ってきた。


「でもぉ、不二〜」

「そっとして欲しいんじゃない?ねぇ、越前」

「…ッス」

「だってだって、こんなに目が赤いんだよ?!」

「うん。男の子なら誰だって、泣き腫らした顔を見られたくないでしょ?」

「ちょ、不二先輩」

「違わないはずだけど」

「……」


面白そうににこにこしながら、菊丸に倣って下から覗き込んできた先輩に、悪趣味だと心の中で悪態をつくも、まったくもってその通りなので反論ができない。
精一杯の抵抗……とばかりに、直角で下を向いていた顔をぐっとあげ、二人の視線から逃れるように天井を向いた。

ところが、思いもよらない結末が待っていて。


「わっ…ちょ、ちょっと、不二先輩!?」

「あ、おい、不二?!」

「ふふ。落ち着いたところに連れて行ってあげるよ」

「わぁぁあああー!!」

「待ってよ〜どこ行くんだよ、不二ー!!」



意外と力があるとでも言えばいいのか。
天井を見上げた越前の隙をつくかのように、正面からガシっと抱いて持ち上げ、急に走り出した青学の天才。
どこへ連れて行こうとしているのかまったくもって行き先は不明だが、小柄な越前を抱えながら廊下を走り、そのまま階段をかけおりていった。
咄嗟のことに一瞬驚いたが、菊丸はすぐさま姿を消した二人の後を追いかけていく。



残されたのは…



相変わらず一進一退の攻防を繰り広げている―ように見える立海生・幸村と切原。
後輩にいいように言われて反論もできずうな垂れる同級生―を援護も特にせず眺めている聖書、な四天宝寺の面々。

そして、四天宝寺の問題外にようやく解放された、唯一の氷帝生・芥川はというと。

目の前で繰り広げられた青学の怒涛のひとコマに、正直ついていけなかった。



(越前……連れていかれちゃったC)



はて、自分たちは何をしようとしていたのか。
そもそも落ち着こうとカフェテリアに赴き、お茶でも飲んでゆっくりしようとしていたのでは…?


チラっと奥へ視線を向けるも、切原の意識は既に幸村ただ一人に注がれているようで、来そうにない。いや、来れそうにない、か?
漫才をしているようにしか見えない四天宝寺の面々―の中の財前も、もはやカフェテリアのことなど忘れているのか。
『早く行こうよ』と自分をせかしていた青学の一年生は……青学の天才に連れ去られてしまった。


当初の目的は桃城から漫画本を返してもらうことだったのだが、今日はもういいやという気分になってくる。
ここは部屋に戻って、もう寝てしまおうか。
それとも、カフェテリアに行って一人ティータイムでも開こうか。
跡部家の紅茶、とまではいかないにしても、この合宿所で出される紅茶もなかなか美味しいことだし。
先ほどの悲しい気分はだいぶ薄れてきたけれど、リラックスしにでも行こうかな。


その場からフェードアウトしようと、そっと反転して階段へ向かった。



…が。

階段を一歩下がったところで、あがってくるチームメイトがこれまたよく知った人だった。





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