屋上で昼食の弁当を広げて数分。 いつものようにパパっと平らげては奥の給水塔の影で寝転がる幼馴染に、相変わらず食うのが早いと思いつつも自分のペースで残りの弁当を片付けて一休憩。 あいにく購買で買ったペットボトルは飲み干してしまったので、数メートル先で居眠り中の幼馴染の水筒を拝借し、中身をコップに注いで一服する。 てっきり冷たい麦茶だと思っていたが、最近涼しくなってきたためか、湯気のたつカップの中身のニオイをかげば、最近幼馴染の母がはまっているらしい南米産のマテ茶が入っていた。 そういえば幼馴染本人も『あんま好きくな〜い。ふつーにお茶がいいのにぃ』などと言いながら先ほど水筒のお茶を飲んでいたか。 まぁ、飲めないことも無いかなと初めて飲むマテ茶を味わいながら、屋上のフェンスに寄りかかっているダブルスのパートナーを見やる。 授業中からおかしなメールを送ってきており、最初は相手していたのだけれど中身がだんだん変な方向へ向かっていってからはしばらく無視していた。 屋上での昼食も、当初は別クラスの幼馴染と二人だけのはずで、目の前のこいつは予定に入っていなかったのだけど、『本日の屋上メンバー』を聞かれつい返信したのが悪かったのか。 幼馴染を迎えに行き、案の定机で寝こけてた彼を叩き起こして屋上へ向かい、ドアを開けたら待ち構えていたかのようにでんと立っていたダブルスパートナーの姿。 そりゃ、中学からの付き合いで互いの家にも何度も遊びに行く間柄。 さらに幼馴染は自身の家の隣に住んでいるので、ダブルスパートナーが遊びにきてついでに幼馴染も誘い三人で遊ぶことも多々あったし、何よりも父親とケンカしては家を飛び出し、彼の家に押しかけることも多かった中学時代。 大いに世話になり、認めたくはないが迷惑も少々かけたのは認めよう。 だがしかし。 生まれたときからのお付き合いで、互いが互いの成長を見届けてきては幼稚園から今までずっと同じ学校で、ケンカすることもあまりなく仲よく過ごしてきた……そんな幼馴染で変な妄想を繰り広げていると知れば話は別だ。 「…お前、自分のことを『友達気にかけるイイヤツ』風に話してるけど、内容おかしくね?」 「どこがやねん。めっちゃええ奴やん」 「なんでジローがそんな節操無しみたいになってんだよ」 「しゃーないやん。ジローが自分でそう言ってん」 「……」 「誰かを好きになるのがわからん言うし、ここは教えたらな思うけど、アイツがそういうん拒否すんねやからどうにもならん」 「…丸井も仁王も可哀想にな」 「ほんま、報われんなぁ」 「……アホな妄想の登場人物にされて、可哀想だっつってんだよ」 「(無視)しっかし、ジローもちゃんと相手のこと考えてやらんと、被害者がもっと増えるっちゅーに」 「あのさ……俺、侑士が妄想壁でどうしようもなく変態でアイドルだのアニメのヒロインだの見て『萌エ〜』とか言ってても別に白い目で見ねぇし、周りの女子にキャアキャア言われてるその実態がただのロリコンオタク眼鏡だっつーのもあえてバラすことじゃねーから黙ってるし、クラスメートの女子にお前のこと聞かれても、一応、面倒見のいい友達って言ってるんだけど」 「まぁ、俺が面倒見いいのだけは事実やんな」 「さすがにその妄想はストップさせたいっつーか、正直介入したくねーけど、せざるをえないっつーか、いい加減にしろと殴りたいっつーか」 「なんや、岳人も混ざりたいんか?」 「アホなのもたいがいにしろよ?いい加減にしねぇと、跡部に処分されっぞ?」 「怖いこと言いなや」 何も常に一緒にいるわけではないし、互いに別の友達と遊ぶことも多い。 現在の状況としては、家が隣同士の幼馴染で同じ高校に通い、同じ部活に所属している仲間だ。 休みの日に遊ぶこともあるけれど、それでも幼稚舎の頃のようにしょっちゅう一緒にいるわけではない。 彼は彼で店番をしたり、隣の県で部活に勤しむ大好きな親友のもとへと遊びにいったり、練習試合を組む機会の多い青春学園高等部に通う天才の家に遊びに行ったりと、互いがそれぞれ別のことをしている。 けれどもいざ何かがあると彼が頼ってくる友達の最上位にいるのは自分だと自負しているし、どんなにケンカをしても何があっても根底で彼と繋がっている絆はちょっとやそっとで切れはしないのをお互いに知っている。 (もう一人の幼馴染も同様) そんな家族にも近い幼馴染という少し特別なトモダチが。 小学生の頃と変わらない無邪気な笑顔でラケットを握り、楽しそうにプレーする天真爛漫な彼が。 どこでも寝こけるのには小言を連発せざるをえないけれど、それでも嬉しそうにかけよってくる彼の変わらなさに安心するというか、微笑ましいというか、ほっこりするというか。 恋愛なんてまだまだですとばかりにそういう方面の話はお互いにしないし、彼のそういう事情はサッパリわからないけれど、数名の女子が『告白したんだけど、やっぱり気づいてもらえなかった…』と凹んでいるシーンを見ては、相変わらずイロコイには疎いヤツだともう一人の幼馴染と一緒に笑ったりもした。 よりによってそんな幼馴染が、来るもの拒まずで誰でも体を開き、『全員が好き』と博愛精神のような台詞をはきながら裏を返せば『誰でもいい』なんて男だと? さらに、彼が全身全霊を込めて『大好き』と公言する隣県の親友・天才的なボレーヤーをこっ酷くふり、同じく隣県のテクニシャンな詐欺師をも翻弄しているだなんて。 いつものどうでもいい妄想なら、ただ『あーそう。よかったなー』と適当に相槌打っていられた。 しかし。 ロリコンオタク眼鏡の妄想に幼馴染が登場しても、それはそれで内容によっては無視できたのかもしれない。 だが、どうにもこうにも救いの無い設定は何だ? 「侑士……まじで、妄想すんのはいいけど、お前の頭ン中だけに留めとけよ」 頼むからそこで寝ているアイツを巻き込むな、と釘をさしてみるも聞いているのかいないのか。 ジローは『愛なんてわかんない』と言うタイプではなく、小学校のときに初恋も済ませてるし好きな子ができて『どうしよう、岳人!』などと顔を赤くしながら戸惑っていた時もちゃんとある。 (全て小学校時代。中等部にあがりそういう話もしなくなったため) 忍足の言うように『愛してなんて欲しくない』とどこか斜めに見ているようなところは欠片も無ければ、『愛せない』からといって複数の『男』と関係を持つタイプだなんて、決して無い。 …などと一応は言ってみるものの、やはり耳に入らないのか向日の言葉を無視して己の妄想を続けるロリコンオタク眼鏡に、よりいっそう頭を抱えたくなった。 (なんで俺、侑士とダブルス組んでんだろ…) 感情をコントロールできて、本心を表に出さない氷帝の天才などと言ったのは誰だ? 幼馴染で妄想するのをやめさせない限り、自身の心の平穏が訪れそうにない。 ひとまず忍足の興味が元に戻るまでは、数メートル先に寝転がる幼馴染に常にベッタリと離れず、守るしかないと心に誓った。 後で最強の守護者・氷帝の王様にメールしておくか、と思いつつ。 >>総括5へ >>目次 |