丸井の恐怖の夢渡り4



(ああ、やっと目が覚めるのかな)


真っ白な空間で、ぽつんと取り残されたのは丸井一人だけ。
鳳も、千石も、不二も、…芥川も、誰もいない。



(泣きたい…)



なんでこんなことになったのか、まったくもって不明だ。
『夢だから』といえばそれまでだが、3連発でまっ最中―しかも、恋人と他人のシーンだなんて。
いったい何の暗示だ?
それとも、よほど丸井が欲求不満だとでも言うのだろうか。


―いいや、不満になるほど溜まってはいません。


(可愛いジロくんに、満足させてもらってます…)



それにしては相手のチョイスは何なんだ。


合宿で何かと気にかけた鳳長太郎……は、恋人のチームメイトの一人。
氷帝では何かと面倒を見てくれる可愛い後輩だと笑っていた。
曰く、休憩中にドリンクボトルを持ってきてくれたり、屋上でテニス部連中で昼食をとっていると、ささっと食べて昼寝してしまう芥川を予鈴の鳴る1分前に起こしてくれるらしい。
U17合宿で、立ち上がる切欠をくれた丸井を、あのまっすぐな目で『尊敬しています!』と言い、芥川のノロケとも言える丸井話を聞いてくれるという。
丸井のセーフリストの筆頭ともいえる鳳。
(注:ジロくんに手を出さない安全パイ)


Jr選抜で幸村や真田と一緒だったらしい千石清純。
やつの山吹中と、自分の立海は試合したことがあったか……どうか、覚えていない。
顔見知りであるには間違いないので、会えば挨拶くらいは交わすし、誘われればコートで打つだろう。ただ、それだけだ。
それに、奴は生粋の女好きだ。挨拶がてらに女の子に声をかけてはニヤついている、と切原に聞いたことがある。
直接ナンパしている所は見たこと無いが、自他共に認める『女好き』というため、セーフリストに入る・入らない以前に圏外な男だったはずだ。
ジロくんの『憧れリスト』にも、もちろんランク外で問題外。
(テニスが強いのは間違いないが、芥川が憧れるタイプの選手ではないはず)


全中の覇者で、立海の3連覇を阻んだ中学時代の苦い思い出、全国大会決勝。
華麗な技の数々と、試合中に新たな技をあみだしそのテクニックを存分に見せ付けた不二周助。
目を引く技のオンパレードは派手で、華やかで、見るものを惹きつける―そう、芥川の興味を引くほどに。
手塚が7人、と言われる立海テニス部レギュラーを2人も退け勝利した男、青学の天才。
芥川が丸井に向ける『憧れ』は特別なもので、彼の好きなどのテニス選手とも違うのだと芥川のことを知り尽くす幼馴染、宍戸・向日に散々言われた。
もちろん自分は天才的だと言い聞かせているし、芥川も目を輝かせ『まじまじすっげぇ、やっぱ丸井くん、天才的っ!』と褒めてくれる。
そりゃ、『合宿で不二くんと試合しちゃった。すっげぇ楽しかったー!!またやりたいなー』なんてセリフも耳にしたけれど。目をキラッキラさせて、両拳をぎゅっと握り締め、興奮しながら青学との合同合宿の出来事を語っていたけれども。



(はぁ…早くジロくんに会いたい。触りたい。確かめたい)


大好きな、自分だけの恋人を抱きしめたい。



そのためには、こんな真っ白な空間にこれ以上いるわけにはいかない。
って、どうやって目覚めればいいんだ。




「…だ」




(あん?なんだ、声…?)


まさか、4本目?!



(勘弁してくれ…)



自分ひとりだけの白い間が、いつのまに移り変わり……校舎?
これは、見慣れた立海のテニスコートか?


パコーン、パコーン


耳に馴染むボールの音が聞こえてくる。
ああ、黄色いユニフォームの集団が見える。ベンチで指示を出しているのは、…幸村?
フェンスには数人の他校生らしき生徒がいて、各校の偵察部隊だろう。カメラを回している奴もいれば、なにやらノートに書き込んでいるやつもいる。
いつもの、立海テニス部の練習風景だ。


そう、フェンスの先に、週一で見かける姿があれば、もう完璧。


たまに、巨木に寄りかかって寝ていることもあれば、丸井のプレーにきゃあきゃあ言いながら声援を送ってくれることもある。
目を凝らしてみてみると、いつもの大きな木の下に、オレンジ色のリュックが見えてほっとした。


(ジロくん……良かった)


4本目じゃなくて、本当によかった…!


さて、想い人はどこにいるのか。
迎えにいってやらないと。


リュックは見えても肝心の本人が見当たらない。
きょろきょろと視線をさまよわせながら、コートの中、外、校舎、販売機……あ、金色のふわふわした髪が見えた。


(あ、いた…!)


よくよく見てみると、リュックから少し離れたところで、芝生に座っている……が、隣に誰かいる?
黄色いユニフォームを着た、立海生。


(あれって……俺?)


ようやく、4本目にして本人登場か?
といっても丸井本人の意識はこうして眺めている方なので、芝生にいるのは夢の中の『丸井』だろうか?



「…だ」

「ほ…ん、と?」


耳を澄ましてみると、ようやく声を拾えた。
信じられないような表情を浮かべ、大きな目をさらにまんまるくさせているのは、やはり芥川だ。
今度はどういうシーンなんだろう?


「お前が、好きだ」

「ーっ!」


まさかの告白、か?


そういえば、芥川に想いを伝えたときも、場所は立海だった。
さすがに皆のいる前ではなかったが、練習を見に来ていた芥川へ、素直に伝えたのは中学最後の冬の日。


あの時の再現だろうか?



少しの照れくささと、安堵で心が満たされる。
きっと、彼はこういうんだ。

『オレも丸井くんが大好き!』

そして、その日からお付き合いのはじまりー




「オレも、ジャッカルのこと、ずっと好きだった…っ」






―え。





「芥川」

「ジャッカル…っ、嬉しい」

「抱きしめて、いいか?」

「うんっ!」



優しく芥川を抱き寄せ、柔らかな金糸の髪に手を差し入れて引き寄せる。
頬を染めて瞳を潤ませ、嬉しいと告げる芥川を愛しそうに見つめ、赤い唇に日に焼けた顔を近づけー






「いいわけねぇだろいっ!!!」





4本目にしてようやく実体を持てた丸井は、爆発した怒りを拳に込めてつかつかと二人に歩み寄り、雨の日も風の日もともにしのぎを削りあった最高のパートナーへとその拳をふりあげた。



天誅!





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