この日も普段のパターン通り、ある程度こなしたら『つかれたC−!』で終了。 遠慮しなくなったとはいえ、やはり練習後の仁王をあまり付き合わせるわけにもいかないため、ある程度こなしたら切り上げるようにしているらしい。 相手を気遣えば『気にせんでよか』と返すに決まってるから、あえて『もうつかれたから終わるー』で、すっとぼけている……のはバレバレなのだが、詐欺師もそこまではつっこまないようで。 いい汗を流したら、カフェで休憩か夕飯食べに行くパターンになっており、疲れ具合によってどちらかが決まる。 互いにさほど食べるタイプではないので、カフェでコーヒーとサンドイッチ系の軽食になることが多い。 (丸井がいるときは、たいがいファーストフードやファミレス、牛丼屋等、100%ゴハンになるわけだが) 「どうする。メシいくか?」 帰り仕度を済ませてともにテニスコートを後にし、駅へ向かう道すがらご飯かコーヒーショップか芥川へ問いかけると、ボーっとしているのか考えているのかいまいち判断つかないが、しばらくすると「ごはん!」と声をあげた。 珍しい。 「ジャッカルんち行く」 「ラーメン食いたいんか?」 数時間前に、チームメートらが向かったと告げた中華屋の名が。 実際、彼らは本当にラーメン桑原に行ったのだが、いくら何でも今はもう帰っているだろうからいいか、と芥川のリクエストに答えることにする。 「マーボー坦々麺ってヤツ始めたんだって。食ってみたいC」 −丸井くんが、相当美味かったって言ってた! 天真爛漫に笑う彼は非常に可愛い。 が。 (丸井、丸井、丸井…) ここでも丸井、か。 彼が立海に来る日は毎回決まっているわけではない。 基本的に氷帝練習がオフの日になるわけだが、週に何回かそういう日があり、来る曜日もランダムだ。 なので事前に計画が練れるわけでもなく、可能性がある曜日はフェンス越しから聞こえてくるであろう彼のはしゃぐ声に耳をすませ、来訪をいち早く察する。 ラリーやスマッシュ練習、ボレー練習、フットワーク、筋力トレーニング……次々に練習メニューをこなしながら、終わった後のあれこれを計画し、算段し、いかに丸井らの注意を別方向に向けて、騙し、気づかれる前にさらっていくか。 そんな仁王を見守るダブルスパートナーは、誰に言うこともなく『涙ぐましい努力ですね』と、眼鏡をおさえながらのたまった。 だが、部室で丸井に堂々と嘘をついていることには目を瞑ってるらしい。 『そんなんじゃなか』といくら仁王がはぐらかしたところで、『そうですか』とそれ以上は言ってこないのだが。 立海練習終わりに、見学にきていた彼を連れて公営コートで打ち、カフェで時間を過ごして早2ヶ月強。 彼の口から出る「仁王」も増えてきて、立海メンバーの中では上位にいると自負しているのだが、しかし。 ふとした時に出るのは、いまだ『丸井くん』。 中学1年秋の新人戦対戦を経て、『ファン』だ『憧れ』だと彼が丸井を追いかけているのは周知の事実。 ボレーヤー同士気があったのか自然と友達になり、休みの日に一緒に遊び、練習見学後はともに出かけるようになった二人の間に、いつの間に加わっていた仁王やその他チームメイトたち。 何だかんだ一緒にいることも増えたため、丸井だけでなく仁王も芥川にとって『仲の良い友達』に入るだろう。 ただ、他のチームメートとともに何度か参加しているうちに、彼から何度も何度も出る『丸井くん』が気になりだした。 −勝ち目のないゲームには参加しない。 傍から見れば芥川の興味・好意は全て一人に注がれているし、仁王自身もそう思っているので、可能性的には低いのかもしれない。 いつもなら、今までだったら………他の誰かを見ている奴なんて、興味を持たなかった。 いいな、と思った相手でも、別の影がちらついたら、それ以上感情が育たないよう蓋をした。 少しでも振り向いてきたら、喜ぶよりも別の誰かを想う気持ちなんて、それだけのものだったのかと一気に関心を失った。 でも、それら全てをふっとばして、勢いよく自分の中に入ってきた存在が、目の前でマーボー坦々麺にうきうきしている彼・芥川である。 いったい何が自分にツボだったのか、今となってはよく覚えていないが。 ただ、『丸井くん!』と、彼が自分のチームメイトにストレートに向ける感情、興味、注意、好意。 その全てを、自分に向けさせたい、と思った。 たとえ芥川が丸井を思う気持ちが、純粋に憧れ・友情だとしても、もしかして仄かな恋心だとしても、そんなものは構わない。 自分のこの感情がいったい何に属しているのかも、つきつめる気もそんなに無ければ、そこはさして問題ではない。 彼の『全て』の感情が欲しいのだ。 仮に恋愛感情込みだとしてみよう。 好きになるタイプは、基本的に年上で大人な女性。 かけひき上手で、気遣いもできて話上手の聞き上手、うるさいことを言わない人。 そういえばタイプを聞かれて、その時付き合っていた人を引き合いにそんなことも言った気がする。 およそ目の前の彼は、その何れにも当てはまりそうにない。 まず、同い年で男の時点ですべてがひっくり返っている。 人の感情の裏を読んで次の一手を指すようなかけひきなんて、出来そうにないタイプだし、元気いっぱいハイテンションなチビっこ――には、オトナの要素は皆無に思える。 ただ、よく喋るがうるさくはなく、不思議と彼のトーンは心地いい。 ワガママを言われたり、文句をたれたり、数分前とまったく逆のことを言うこともあり……他の誰かにやられたらムッとするようなことでも、彼の持つ雰囲気がなせるわざか。 普段相当甘やかされ、その環境に慣れているからなのか、彼のおねだりはすんなりと通るし、やってあげたい気にさせる。 天然の小悪魔だと思ったものだが、まさか自分が――まあ、認めよう――はまってしまうとは。 想いを自覚すれば、後は行動あるのみ。 勝ち目の無いゲームはしない?はてさて、何のことやら。 ―振り向かせてみせるぜよ そう、別の奴を見ていたところで、そんなのは関係ない。 彼の視界いっぱいに広がる丸井を、自分に塗り替えるだけだ。 同じ『ボレーヤー』として憧れる分にはいっこうにかまわないし、プレイヤーとしても尊敬の念を自分に向けさせようとは思わないが、それ以外の感情は根こそぎさらいたい。 「まじまじ、美味しいCー!!」 店主のジャッカル父に、『おじさん、当たりメニュー』だと、笑顔でラーメンをすする姿も、これまた微笑ましいものだ。 新作メニューを頼まず、チャーハンと餃子セットを頼んだ自分に、普通こういう流れだと新作でしょ?!と言われたものだが。 『丸井くんと切原ならぜってぇ新メニューなのに、仁王ってそうだよね』 そのとき食べたいものを頼むスタイルを、『仁王らしい』と言われれば、その前の『丸井』『切原』になんや思うことなく、なんだかちょっと嬉しい。 少なくとも、『仁王ってそうだよね』と自然に口に出すくらいには、芥川の中で存在が確立されていると思っていいんじゃないか、と。 「餃子くうか?」 「え、いいの?やっりぃ!」 美味しそうに餃子をむしゃむしゃ頬張る姿も、やっぱり可愛らしく、見ていて温かい気持ちにもなるのでもっと食べさせてやりたくなってしまう。 自分が、誰かに『してあげたい』と思うなんて…! こんなところをチームメートのエースや参謀に見られたら、生ぬるい笑顔で微笑まれるに違いない。 ペアのパートナーは……腹の中で何を思うのか想像がつくが、きっと言わないでおいてくれるだろう。 なんて一瞬でもチームメートを思い浮かべたのがいけなかったのか。 突如後ろからかけられた声に、一瞬止まった。 >>次ページ >>目次 |