「あれ?仁王。何してるんだい?」 「先に帰ったのでは無かったのか」 ―何って、ここは中華料理屋。ご飯食べてるに決まってるぜよ。 そう一言いうのが普段の自分だ。 振り返って、夕飯中とでも言ってやればいい。 だが。 「あれ?芥川?」 「……帰ったのではないのか」 そう。 隣に気づかれて話かけられるのが、ちょっとまずいというか、困るというか、何というか。 「…珍しいの。こんなところに来るとは」 こんなとこ呼ばわりするのもジャッカルには悪いが、丸井や切原がいるならともかく、この二人だけで下町の中華料理屋にくるとは思いもよらない。 特にエースの方は、豪華な自宅と彼自身のハイソな雰囲気、立ち寄るお店もコーヒーショップよりこじゃれたカフェにレストランなのだから。 「合宿の打ち合わせをしていてね」 先ほどまで学校で顧問とともに来月の夏合宿についての話し合いしていたらしい。 ようやく終えた帰路の途中、ついでにご飯食べて帰ろうかと寄ったとのこと。 いつものようにレストランや行きつけの和食屋に行ってもよかったが、あいにく高校生を主張しまくる制服なので躊躇したところ、『新作・麻婆坦々麺が大ヒット中』とラーメン屋の息子とそのパートナーが絶賛していたのを思い出し、ココに決めたらしい。 ―ここでも邪魔してくるか、丸井。 「あー、幸村くん!柳も」 「やぁ。来てたんだね」 「目的は新作メニューの坦々麺だろう」 「へへ、あったりー!ちょーうまいよ」 レンゲをかかげ、にっこり笑顔でマーボー坦々麺をすすめてくるので、こちらも目的もそれだと告げ、オーダーする二人。 (で、どうして芥川がいるのかな?) (……。) (さっき部室で、用があるから帰ったとブン太に言ってなかったっけ?) (……そうじゃったか?) カウンター席に座っている仁王の、芥川とは反対隣に腰掛けて、無言でチャーハンを片付けているチームメイトへ問いかける。 (まぁ、いいけど。いくらブン太が単純でも、いつまでも同じ手で騙せないよ?) (……なんのことかの) ここ最近、フェンスで声援送ってくる芥川の『恒例行事』の時に限り、一番早く部室を出てとこかへ行く仁王の行き先は、参謀が早々につきとめ幸村ともども把握していた。 かといって彼らの関係に口を出すことでもないので、丸井が携帯を取り出す前にあれこれ話しかけ、丸井の興味を他へ向けさせている仁王と、その嘘に毎回ひっかかっている丸井を傍観していたのだが。 ただ、いい加減にバレる頃合でもあれば、丸井のプレーを見に来ている芥川が、毎度毎度練習後の丸井に会えないことを疑問に感じるのも、そろそろだろうと察する。 出てきたマーボー坦々麺を食べていたら、仁王をはさんだ向こうの芥川が、味の感想を求めてきたため幸村、柳ともに美味いと返すと満足げに微笑まれた。 「やっぱ美味Cよね!丸井くんの言うとおり!!」 「ブン太?」 「うん。このまえ、メールですんごくおすすめされたんだ〜。ジャッカルのとこの新作メニュー」 曰く、ラーメン桑原の新作ラーメンがうまかったから、次きたとき一緒に行こうと誘われていたらしい。 残念ながら今日は置いていかれたため、先ほどまで公営コートでテニスしていたがお腹すいたので、どうせなら食べてみたいと思ったんだと述べる芥川に、幸村と柳は顔を見合せ軽くため息をつく(あるいは呆れているのか)。 (仁王…) (芥川も災難だね) 思いのほかこの他校生を気に入っている仁王の気持ちも、わからないでもない。 男友達として純粋な好意を持ち、芥川と遊んでいる丸井とは違い、仁王が向ける感情は……友情も含んでいるだろうが、それよりも一つ違うものということも感じている。 当初は多少驚いたものの、捉えどころが無く本心をめったに見せない彼が、珍しく本気になっていて、らしくなくすぐにバレそうな嘘で不器用にことを運んでいるのを見ると、なんだか微笑ましくも思えていたのだが。 ただ、目の前で『置いていかれた』と残念がる芥川を見ていると、すべては仁王が横槍を入れたためであり、幸村・柳自身も経緯や背景を知っていて黙っているから同罪だとしても、少し可哀相になってしまう。 「早よ食べんしゃい」 「う?」 「そろそろ帰る時間じゃろ」 「…あ、ほんとだ。やべっ」 立海見学の日は基本的に夕飯をすませて帰るので、帰宅時刻が遅いのは芥川家の皆が知っている。 しかし、ここから電車乗り継いで1時間以上かかることと、明日も学校で早朝練習があり、芥川自身の就寝時間も他の同級生より早いことを思えば、そろそろ帰ったほうがいい。 これ以上幸村や柳と同席して、丸井云々な話が続いても困るので早々にこの場を去るべく芥川をせかしてみた仁王だが、いつも傍観していたチームメート二人が予想外に話しを続けてきた。 「ブン太に置いていかれたの?」 「うん」 「丸井は先ほど練習を終えて、赤也とここに来ているはずだが」 「そうなんだってね〜。いっつも終わったらメールくれんのに、最近ねぇの」 寝てたら置いていかれたんだC! ぶーぶー言いつつも、そのかわり仁王とコートでゲームして楽しかったと無邪気に笑う彼に、『幸村、柳、何を…!』と遮ろうとした手が止まり、芥川から出た自分の名に、ちょっと満足げになる。 だが、ふっかけた二人はというと、『最近ねぇの』と呟いたときに、少し寂しそうにした芥川の表情に、やはりこのままなのも問題だろうと仁王へ視線を向けた。 「ブン太は気まぐれじゃけん」 「そうなんだよねぇ…」 確かに丸井は自分の感情優先で、何か気になるものを見つけたら他を捨て置くところもあるが、今この状態は決して丸井の本意では無い。 『気になるもの』をチラつかせ、切欠を与えたのは仁王だけれど、食いついたのは丸井の意思であるからして、芥川が『置いていかれた』状態なのも、仁王のせいとばかりも言えないかもしれない。 仁王から与えられる誘惑をはねのけ、丸井が芥川との友情を選べば、今ここでこうして仁王と芥川がご飯食べることも無いのかもしれないのだから。 「でもさぁ、今度見学にきたらココのマーボー坦々麺食おうって、丸井くんが言ったんだよ?」 なのに、練習終わるまで待っていた自分をさっさと置いて、誘った店に行ってしまうなんでひどいと唇を尖らせる芥川に、少しの良心が痛む………なんてことも無く、ただ面白くないだけだと少しのイジワルを言ってみたくなった。 「お前さんがきてること、忘れてたんじゃろ」 「やっぱそう?」 「わかってたとしても、赤也と一緒に来るほうを選んだのか」 「……え、そっち?」 「現に、赤也と今日ココに来とるし」 こらこら、仁王。 騙くらかしているのはともかく、そういう言い方で彼を傷つけてしまうことはいかがなものかと柳が眉を寄せ、成り行きを見守る幸村も少しの鋭い視線を隣へ向ける。 「…やっぱ、丸井くん。オレと遊ぶの、つまんないのかなぁ」 メールはいつも通りだけど、実際に見学に来ても最近は遊んでくれないヘコむ姿に、思わず声をかけようとした幸村だったが、仁王に制止された。 「仁王はクラスも一緒だよね?丸井くん、何か言ってた??」 「……」 「オレ、何かしたかなぁ」 「…したのかもしれんのう」 「!!」 仁王をしっかり見つめる芥川から視線を逸らしてやると、『その通り』だとても言っているかのようで、その結果…… 「オレ、丸井くんに聞いてみる」 「……は?」 「何かしたなら、謝らないとだし」 まずい。 押すスイッチを間違えたらしい。修正しなければ。 「自分が何したかもわからんのに謝っても、無意味じゃなか」 「でも!」 「そっとしときんしゃい」 「…でも」 「ブン太もすぐ忘れる方じゃけ、来月になったらサッパリしてる」 「そうなの…?」 「余計なことしたら、また怒らせるぜよ」 「!」 驚きと、困惑と、哀しさと……色々な感情がまざる瞳を揺らす芥川を一瞥し、素早く店主へ支払いをすませ財布をかばんにしまった。 そんな仁王の動作が余計に本当のことだと述べているようで、何よりも彼は『また』と言った。 (オレ、なんかしたっけ……) 『憧れの丸井くん』と遊んできた今までや、しょっちゅうかわすメールを回想しても、彼を怒らせるような要因は思い浮かばない。 けれども、チームメートかつクラスメートの仁王がそう言うのだから、おそらく何かしら機嫌を損ねることをしたのかもしれない。 の割りには、先日交わしたメールでも、『いつも通りの丸井くん』だった。 気づかないうちに、何かしてしまっていたのかもしれないと考えているうちに、ちょっぴり哀しくなってしまったようで、仁王につづき会計をすませると財布をしまって立ち上がった。 「…オレ、帰るね」 しょんぼりした背中を向けてラーメン桑原の扉をあけ、出て行く芥川へ『駅まで一緒に行く』と告げ、追いかけようとしたら後ろから仁王を呼び止める声が。 「あんまり苛めるモンじゃないよ?」 「相手を傷つけるのは、やり方として上手くないな」 「…放っときんしゃい」 呆れ顔の二人に背をむけ、出て行った芥川を追いかけていった。 >>次ページ >>目次 |