B.切原赤也の葛藤2
一人だとぐるぐる悩んで進めない彼が頼るとすれば、やはりこの長い片思いを最初から見守ってくれていた先輩というワケで。
「で、半年も経つのにまだしてねぇって?」
「ヤルというか、それ以前の段階じゃなか?」
部活終わりに声をかけてくれた先輩とともに、馴染みの寄り道コースでファーストフードに入った。
Wモスチーズバーガー+オニポテセット(メロンソーダ)
他に単品でロースカツバーガー、チーズハンバーグサンド、モスチキン…etc
反対に、アイスコーヒーとチリドッグだけの先輩。
前者は夕飯前で、後者はこれが夕飯である。
間に挟まれた後輩はーというと。
赤髪先輩と同じく夕飯前だが、厳しい練習を終えて、というのもあり、期間限定のライスバーガー角煮+ポテトセット+コーラで落ちついた。
「別にジロ君が嫌がってるワケじゃねぇんだろ?」
「ジローさんは何も言わないッス」
「じゃあヤれよ」
「…それが出来りゃ苦労してねーっつの」
「わかんねぇな〜。好きなヤツと二人っきりで、相手もOKな状況で、それで何でストップすんだ?」
「……いや、だって、いざジローさん前にしたら」
ロースカツバーガーを大口でぱくぱく進めつつ、ポテトをつついている後輩の話を聞いているが、丸井としては理解ができない。
二人っきりで相手も拒まず、自分もしたい!と思っているのに何故進めないのか。
そして、何故ここで『できねぇ〜』とうなだれるのか。
相手は恋人だというのに。
自分だったら、、、ソッコーで押し倒してー
「男同士のヤリ方がわからんとか、そういうことかの?」
「つーかお前、チェリー君だもんな〜。男以前に」
「初めてがオトコとは、赤也のハードルも中々…」
「ま、ジロ君だし、イケるだろ。可愛いし」
「芥川がOKなんだから、とりあえずヤってみればええき」
「そーそー。当たって砕けろよ。流血沙汰にさえなんなきゃいーだろ」
「ヘタにやると血ィ出てしまうしの。ま、それは女が相手でもー」
「あんたら……好き放題言ってンじゃねぇ!
ていうか丸井先輩、『可愛いし』って!」
ぐるぐるもじもじしている後輩を尻目に、同級生コンビが冷静に分析…いや、面白がっているのか、ただ単に他人事なのか。
ポンポンと交わされる会話に、聞き捨てなら無い言葉がひとつ。
が、キッと目を向けられた赤髪の先輩は、ははん、と何でもないかのように受け流した。
「あん?だって可愛いだろ、ジロ君」
「可愛いですけれども!」
「普通の男相手より、ジロ君のほうが、こ〜視覚的に、見ていて許せるというかー」
「ジローさんで変な妄想すんな!」
きーきー逆毛をたてて威嚇しているのか、何なのか。
すぐにきゃんきゃん言ってくる後輩は、やはりからかいがいがあるもんだな〜
なんて、思わず笑ってしまう。
「あーはいはい、ジロ君はお前の彼女だしなー」
「彼氏ッス」
「そーかそーか。じゃあジロ君の彼女がお前か」
「?なに言ってんスか。ジローさんの彼氏でしょ、俺」
「…まーそーだな」
「というか芥川と赤也はどっちがどっちなんじゃ?」
「どっちがどっち?何がッスか?」
ハテナの疑問符が切原の頭上に浮かぶ。
彼氏、彼女?は普通の男女のカップルで。
自分たちは互いに男の子であるからして、彼氏と彼氏なのは当たり前のことですが?
「でも、ジロ君とヤりたくで悶々してんだろ?コイツがソッチじゃねーの?」
「芥川でチェリー卒業するんか?逆は?」
「ジロ君が?まーそれもアリかもな〜」
「ちなみに芥川のチェリー事情はどうなんかの」
「そりゃとっくにオサラバだろ。ジロ君の元カノ、知ってるし」
「受身の抵抗は無いんかの〜」
「まージロ君だしな〜。なんだかんだでコイツに甘ぇし」
「なるようになるか」
「そうじゃねぇ?ほら、やっぱり視覚的に、ジロ君が下の方がー」
またしても自分を置いて進められる、なんだかいただけない会話に、ポテトを持つ手がワナワナ震えて…
「あんたら……人のことチェリーチェリーって。
しかも、ジローさんが何ですって?!」
「え?だからジロ君の初エッチは中学のー」
「誰もそんなこと聞いてねぇ!!」
「元カノはな〜、お嬢様学校に通ってた可愛い子でー」
「言うな!つーか、知ってるっつの。あえてここで出す必要ねぇし!」
「じゃあ俺の初体験の話をここでひとつ」
「仁王先輩のはもっと聞いてません!」
「しゃーねぇなぁ。俺は、中学のー」
「丸井先輩!!」
「冗談じゃろ。そんなに逆毛たててふーふーするんじゃなか」
「これだからドーテイくんは…」
面白がってにやにやしながら後輩を突っつく上級生ペアは、このうえなくタチが悪い。
この人らにこんな話、するだけムダだったのだろうか…
なんて頭の隅によぎったが。
「で、何でストップしちゃうわけ?」
ふと、真顔で聞いてきた丸井に、今までのようなからかいの色は無く。
仁王も仁王で、『ほら、相談スタートぜよ』と切原を促す。
―あの人を前にすると、どきどきが止まらなくて。
いつも優しくて、ふわふわしてて、太陽のように明るくて、パワーをくれる。
ネットをはさんで一緒にプレーすると、いつもいつもテニスが楽しいって感じられる。
好きで続けてるテニスだけど、あの人とやると純粋にテニスを楽しめて、心の底から楽しく思える。
あの人とのテニスが大好きで、それ以上にあの人が大好きで。
男とか女とか関係なくて、
あの人だから、自分はこんなに鼓動が高鳴って、どきどきして。
確かに自分も過去、女の子とつきあったこともあるけど、どれも続かないし1回のデートでバイバイなんてよくあった話し。
関係を進める前に冷めてしまって、どれもこれもちゃんと付き合ったとは言えない。
そんな自分にとって、まさに『初恋』と言えるのが、あの人で。
他校だろうが年上だろうが、オトコだろうが。
そんなのはお構いなしに、自分の中を圧倒的な割合で侵食してくるあの人への想い。
自分でもびっくりするくらい、すんなり受け入れてしまった。
ああ、あの人が好きなんだな…って。
「…何の話しをしてるんじゃ」
「誰がお前がいかにジロ君を好きか話せと?」
―ああ、すみませんね。
ついつい。
ええと、どこまで話したんだっけ……あぁ、そうだ。
好きな人と両思いになったからには、先に進みたいと思うのは至極当然のことでして。
ジローさんを抱きしめると、何だか洗いたての洗濯物みたいな、柔軟材のイイにおいと、ふわふわの髪は太陽のにおいがするんです。
イイにおいだな〜ってついニオイかいじゃうんですけど、そうするとくすぐったいらしくて。
『公園で寝てたから、草のニオイじゃない?』なんて、笑って言うんスよ。
照れ笑いがすんごく可愛くて。
もう、たまんなくて。
「公園で寝るって、マズくねーか?」
「昨今は物騒だしの。ちゃんと芥川に言っときんしゃい」
「注意しとく。まージロ君だからしょーがねぇけどよ」
「中学ん頃ならともかく、高校生だと、逆に不審者に見られるぜよ」
―だから聞けよ、でぶん太先輩に詐欺師!
ていうかジローさんには俺が言うから、丸井先輩は何もしなくてよし。
んでもってジローさんが不審者だって?何言ってンすか。
あんな可愛いのつかまえて。
…じゃねぇや。
とにかく。
俺としては次に進みたいし、、、あぁ?チェリー?
…もう、何でもいいッスよ。
チェリーでもドーテイでも何でも。
あーそうですよ。
俺は初めてですよ。それが何か?
ええ、中学の時に彼女っつーか、まぁいたことにはいましたけどね?
そん時はテニス第一で、彼女は特に練習ないときに遊ぶくらいだったし、
そーいうこともそんなに興味なかったし。
つーか、そういうのをしたいって思える子たちじゃなかったし。
…俺はアンタらと違って、大切にしてるんス。
自分が一番好きになった人とそういうことしたいし、そう思える人に出会えたら、自然にそう思えるんだ、って。
「人を節操なしみたいに言うんじゃねぇよ」
「ブンちゃんはエサくれる女なら、誰でもいいけんの〜」
「エサ言うな!つーかお前だって、年上のオネーサン誑かしてンだろ」
「それは柳生ぜよ」
「比呂士もやるな〜。ていうか仁王は来るもの拒まず去るもの追わずだろい」
「去るもの追っても意味なか」
「ごもっともで」
―あんたら…マジ、サイテーっスね。
丸井先輩。
アンタはいいけど、ジローさんに悪影響与えないでくださいね。
―身も心も捧げる相手が現れたんです。
大好きで、大好きで。
大切にしたいって、そう思えて。
あの人がイヤなことはしたくないし、…そりゃ、先に進みたいけど。
ちゃんとやり方だって調べたし、幸村部長が親切に教えてくれたんス。
「身も心もって、お前は乙女かよ」
「ていうか幸村…」
「あぁ…。幸村くん、何してんだよ」
「満面の笑顔で一から十まで教えている姿が目に浮かぶのー」
―?なんでそんな、ヘンな顔してるんスか?二人とも。
とにかく。
確かに俺は初めてですけど、ちゃんと予備知識はありますし、準備してますし。
大丈夫なんです。
ジローさんと、深い関係に進む準備はオーケイなんです。
ただ…
いざ、そういう状況になると、色々考えちゃって。。
ジローさん何も言わないけど、本当に俺とそういう関係になってもOKなのかな。
キスはしてくれるし、笑ってくれるし。
触れても嫌がらないし。
でも、それ以上のこと、ちゃんと受け入れてくれるのかな?
そもそも、わかってんのかな?
いざ、進めていってから拒否されたりしたら、俺、立ち直れないかもしんない。
何事にも強気にガンガン!がスローガンですけど、ジローさんにだけは、そういうふうに出来ないんです。
だって、ジローさん何も言わないですし。
イヤなのかな?いいのかな?…いっつも様子伺うんですけど、読めない。
俺が想うほど、ジローさんも俺のこと欲しいって思ってくれてるのかな…
「乙女じゃの…」
「ジロ君は深窓の令嬢かよ。ったく」
いじいじいじいじと、自分の思いを述べては落ち込み、述べては頭を垂れる後輩に、丸井はーというと、少々あきれ顔。
「あのなぁ。お前はジロ君とセックスしたいんだろ?」
「ま、丸井先輩。せ、せ、せー」
「どもんな。こんくらいで赤くなるんじゃねぇ。ヤリたいんだろーが」
「……まぁ、そうですけど」
「男じゃろ。はっきりせんかい」
「…そうです。ヤリたいんですよ。男ですし!」
「そうそう。男ならとーぜんの欲求だ」
「男はケダモノ。そのまま突き進みんしゃい」
「そ、そうですか?」
「ジロ君はぜってー拒まない。大丈夫だ」
「芥川は準備できてるぜよ(たぶん)」
「…ほんとに?俺のことキライになったりしない?」
「おう。断言してやる」
「あっちも待ってるき」
「途中でびくっとされたら、俺ー」
「大丈夫だ、気にすんな!」
「多少戸惑うかもしれんが、拒まれない限り止めない方がいいぜよ」
「でも…」
二人に鼓舞(?)されて、その気になった切原だったが……もし、『待って』なんて言われたら。
もし、泣かれたら?
もし、拒まれたら…
なんて想像してしまうと、途端にそれ以上進めない。
結局これまでと同じようなループに陥ってしまう………のだが。
またもうじうじしそうになった切原に渇を入れるかのような一言が、仁王の口からこぼれた。
「芥川も男じゃろ」
それを後押しするかのように、丸井が続く。
「さっき『男ですし!』って言ったろ?
男なら、好きなヤツとどうこうなりたいのは当然だ。
俺だって好きな子とはヤリたいって思うし。
大事にしたい気持ちもわかるけど、やっぱキメるときはキメねぇと。
お前がそう思うくらいなんだから、ジロ君だって同じ思いだろ。
ジロ君だって『男』なんだぞ?考えることは一緒だろ」
「(ま、女でも同じじゃろうがの)」
「(そこは黙っとけ)」
「…そういうモンっすか?」
「ていうか逆にお前がいっつも途中で止めるっつーなら、そのことの方が微妙じゃね?」
「え…」
「確かに。恋人といい雰囲気になるのに、それ以上にならないのはな」
「(これが女の子じゃったら、疑うところぜよ)」
「(とりあえず黙っとけ)」
「ちゃんと、本人に言ってみろよ」
「言う…?」
「『ジローさんとエッチしたいです』って」
「直球じゃの〜」
「こーでも言わなきゃ進まねぇって」
「ジロ君が何も言わないっつーけど、お前がうじうじしてっから、黙ってるだけかもしんねーだろ」
「……そうなんスか?」
「だーかーら、行ってこいよ」
「え」
「明日は午後練だし、今からジロ君とこいっても大丈夫だろい」
「そのまま泊まればよか」
「そうそう。ジロ君トコならすぐ泊まらせてくれるし」
「…そうしよっかな」
「おら、行って来い。うじうじ悩んでもしゃーねぇだろ。
男なら、当たって砕けろ!」
「ブン太…砕けたらいかんじゃろ。ま、行ってきんしゃい」
にやにやからかっていた声から一点、背中を押してくれる先輩2人の力強い応援。
いつまでもループで先に進めない状況を打破するには。
トライして、ストップして、諦めて、トライして…
相手の気持ちがわからなくて、いつの間に『相手を想うからこそ止める』ようないいわけをして。
彼がどう思っているのか…なんて、直接聞けばいいことだ。
だいたい、告白を受け入れてくれたのだ。
その時点で、いつかそういう日がくることも、わかっているはずだ。
(自分はわかっていた)
だからこそ、こういうことにうじうじ悩んで、躊躇して、ぐるぐるするよりも・・・
やはり、先輩方のいうように、直球で聞いてみるほうがいいのかもしれない。
それで、オッケーが出たら……心だけでなく、身も捧げよう。
NGが出たら…いや、そんなことを考えちゃだめだ。またループになる。
「俺……行ってきます!」
バッグをひっかけ、少し残っていたポテトを丸井のトレーにうつして、勢いよく店を出て行く。
目指すは東京、愛しい恋人の自宅!
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