仁王くんと慈郎くんのほのぼのした日2
「ここ、いいか?」
「…あれぇ?におくん?」
妹のおつかい改め、建築写真集を受け取って、少し時間が余っていたため併設されているカフェに入り、注文してから数分。
頼んだアップルパイと、キャラメルミルクティが来るよりも先に、見知った声が頭上から聞こえた。
振り返ると、中学の頃からよく知るーというか、思いがけなく友達になり、高校にあがっても付き合いの続く友人がいた。
正面に座り、手早くコーヒーを頼むと、まじまじと芥川を見つめー
「おまえさんが本屋なんて、珍しいの」
「え〜?オレ、本読むよ〜?」
「ここは漫画本、置いてない」
「におくんこそ、珍しくない?こんなとこにいるなんて」
だって、彼の住む町は隣県とはいえ、慈郎のテリトリーからは離れたところにある。
偶然本屋であうなんて滅多に無いはずだ。
「ここはマイナーな本も置いてるし、輸入モンも多いからの」
重宝しとるんじゃ、と笑った。
「ふぅん、そういえば漫画無かったなー」
「コミック館なら、隣のBOOKS-Tの方ぜよ」
「帰りに寄ってみよ〜っと」
「で、何しとるんかの?」
「踊ってるように見える?」
「…そういうんじゃない」
肩を竦める仁王をよそに、器用にナイフとフォークを操り、生クリームたっぷりつけたアップルパイを口に入れる。
広がるリンゴの香りと、ほのかな甘み、焼きたての香ばしさに、入って大正解!と満足だ。
「コレ、取りに来た」
指差したのは、袋で梱包された、いかにも『たったいま購入しました』な本。
「開けていいんか?」
「いいよ〜」
許可を得て、袋から出すと…
「これ…!」
「ん?知ってンの?」
そこには、世界で活躍する新鋭デザイナーたちによる、美術館、博物館、マンション、個人宅、ビル…
といった、数々の特徴的な建物がズラリ。
仁王としても興味ある分野かつ、建築ジャーナルで読んだときから気になっていた写真集だ。
…が。
目の前で美味しそうにアップルパイを頬張る友人と、この写真集とが結びつかない。
漫画本なら読んでる姿を幾度となく見たことがあるが、それ以外の…雑誌、活字、エトセトラ。
いわゆるコミック以外の本を手にとっているのを見たことが無いのだ。
(テニス雑誌やグルメガイド等は、読んでいる際に覗き込んでくることはあるが)
「これ、日本で未発売の写真集じゃなか?」
「へ〜そうなの?」
「ほら、中身も全部英語じゃき」
「ほんとだ。…読めんのかな」
写真集ひらいて英語だー!!と騒がないだろうか…
と楽しみにしている妹を想ったが。
まぁ、自分で注文したくらいだから、説明が全て英文なのもわかっているだろう。
訳して!
なんて言われないよう祈ろう。
(もし言われたら、岳人んとこ行かせよう)
英語が得意な幼馴染のお兄さんに聞きなさい! と。
「?おまえさんのじゃないんか」
「うん。オレはただのおつかいー」
じつはかくかくしかじかでー
と簡単に経緯を説明すると、納得、とばかりに頁をめくった。
とういか。
「妹、こんな本読むんかの?」
英語だらけで、写真も建物ばかりの、およそ小学生の女の子が読むような本でもなさそうだが。
特に、この友人とソックリの、小柄でみためにふわふわポヤ〜んとしていそうな、幼い子が。
(ある意味偏見である)
「ビルや建築とか好きなんだよね〜。
オシャレなレストラン行っても、内装とかランプとかインテリア?だったり、
柱とか天上、壁紙とか、そ〜いうのばっかり見てる。
つーかキョロキョロしてんの。ずーっと。」
建築物もだけど、内装も雑貨やインテリア、といった全般が好きなのだ、と妹について簡単に補足した。
「これも、自分で注文して、ずーっと来るの楽しみにしてたみたいだし」
先日の妹のハシャギようを浮かべ、愛しくなり思わず柔らかい笑みがこぼれた。
ふだんはきゃんきゃんとじゃれ合い、時にハリセンで叩いてきて、わーきゃー文句を言うこともある。
だが、兄弟唯一の女の子かつ末っ子は、やっぱり可愛くでしょうがない。
小学校で流行っているのか何なのか。
最近よく手にしているハリセンだけは何とか止めて欲しいところだが。
「ああ、だからこの本屋か」
「うん?」
「この辺じゃここくらいじゃき。こういう海外盤のマイナーっちゅうか、専門的な写真集取り寄せできるのがな」
「(…さっすが、BOOKS-A ってね)」
「もうちょっと見ていいか?」
「いいよ〜。ここ出るまでね」
淹れたてのマンデリンの、鼻孔をくすぐるいい香りが漂う。
一口飲むと、少しの苦味とともに、深くコクのある味わいが広がった。
お供は自分が前から興味のあった、世界の建物集。
ちょっと贅沢で、心地いい、思いがけないティータイムとなった。
一方、仁王が写真集眺めつつコーヒーを啜っている間、慈郎は携帯チェックしながら少しぬるくなったキャラメルティで喉を潤す。
専門書が多い本屋に併設されているからか(隣がコミック館なのも大きい)
休日の夕方なのにお客がまばらで少ないこともあり、
カフェのお姉さんはミルクだけになった慈郎のカップに、『ナイショね?』と熱々の紅茶とシロップを垂らし、即席のミルクティにしてくれた。
らっきー!
一緒のテーブルについているが、特に話すわけでもない。
真剣に本を眺める、コーヒーが何だか似合う大人びた少年と、
携帯ゲームに興じる、甘いミルクティの似合う可愛らしい少年。
カフェ店員のお姉さんから見るとー
口調から同い年の友達同士なんだろうと推測されるが、服装も雰囲気も何もかも、接点が無さそうな二人だ。
ただ、さほどの違和感もなく、二人とも無言だけど一対のように、しっくりフレームにおさまっている感じもする。
仁王も慈郎もお互いに、会話のないこの状態が苦と感じるほど浅い付き合いでも無い。
深いお付き合いかといえば、それはそれで微妙なところではあるが。
ちらりと携帯右上をチェックすると、時刻は15時45分。
妹の映画が終わるまで、残り数十分。
ここからショッピングモールへは、自転車で10分くらいと近い道のりだ。
(あと、30分くらいかな)
ここまで来てるから忘れはしないが、うっかりボーっとしたり、寝てしまって遅れでもしたら…
美加ちゃんの前で、思いっきり怒られちゃうしぃ。
小さい頃から知っている妹の親友とはいえ、小学生女の子の前で…高校生にもなって妹に怒られるというのも、何だか遠慮したい。
…とはいっても、相手にとってみても物心ついたころから知っている、『親友のお兄さん』かつ、散々妹にハリセンで叩かれてるのをよく目撃しているので、いまさらではあるのだが。
兄のイゲン…。
とりあえずはこの本を、ちゃんと妹に届けないと今日が終わらない。
渡して帰宅した後、すっきりした気持ちで眠るためには、一寸の油断もならないのだ。
(タイマー、セットしたほうがいいかなぁ)
あと30分……、暖かい紅茶飲んで、ケーキ食べて。
隣には空気のように寄り添う形で、邪魔しない程度の存在感で、静かに集中する友人。
なんとなく居心地のいい空間……ここで昼寝したら、気持ちよさそう。。。
甘い誘惑がよぎったが、後々が恐すぎるので、とりあえず携帯ゲームをすすめて残り30分の時間をつぶそう。
芥川慈郎、16歳。
妹には激甘いんです。
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