開戦のワンコール





※以前logにあげた893パロ《六年五年
設定読まないと分からないと思われる
何でもいい方向け







早朝。まだ外は薄暗く、街も活気付かない内から俺の仕事は始まる。牛から選んだこだわりの生クリームを手早く混ぜる俺の目の前に並ぶのは産地直送の色鮮やかな果物の数々。幸せだな、と思う。数年前に思い切って転職して良かった。やはり人間、好きなことをやっているのが一番だ。

クリームは口どけにこだわったいつもの固さに、果物はケーキを彩る宝石になるようにカットし終わった頃、先にセットしておいたオーブンが、チンッと小気味よい音で己の任務の終了を告げる。果汁に濡れた手を軽くすすぎ、オーブンを開けると、甘い香りが空間いっぱいに広がる。焼き色も上出来。

そんな甘く穏やかな空気を切り裂いたのは初期設定のままのけたたましい着信音。生地が乗った鉄板を手にしたままウインドウを覗き込めば、そこにあったのは傍若無人な幼なじみの名。きっと急ぎの用などでは無いのだろうが、ほおっておいたら馬鹿みたいに何度も何度もかけてくるのは分かり切っているので、渋々電話をとる。

「…もしもし」
『長次ー。ちょっと来て欲しいんだけど』
「断る。」

勘違いしないで欲しい。別に俺が特別薄情な訳ではない。これが映画や買い物等の普通のお誘いなら今すぐにとはいかなくとも、時間を見つけて極力付き合ってやろうと思う。最悪、借金の保証人になって欲しいとかでも話くらいは聞いてやる。だが小平太の声のBGMとなっている騒音から察するに、おそらくそんな可愛いもんじゃあない。

『そう言わずに。今回は堂島組なんだけどさー、これがなかなかしぶとくて。』

ほらきた。こんな時間のこいつの電話はろくな話じゃない。だいたい組の抗争へのお誘いを一介のパティシエに持ち掛けてくんな。

「…断る。俺は足を洗ったと再三言っているだろう。そんなもの手前で片付けろ。」
『そうしたいのは山々なんだけどさ。私、腹に穴あけちゃってさー、身動きとり辛いんだよね。』
「…お前なら大丈夫だ。」
『あ、そういえばさー、うちの島に新しい和菓子屋ができたんだよね。』
「…。」
『確か本家は京都だったかな。数量限定の桜餅目当てに毎日行列になってるな。』
「…何が言いたい。」
『うちの若いの使って手に入れるのも不可能じゃないんだけどなー。』
「…つ、釣られんからな。」
『看板商品の苺大福も付けよ「今どこだ」ははっ、流石長次。話が分かる。』

おーい、滝!ここって何処だ!と声が少し遠くなった後、電話を替わったのであろう滝なんとかという若い男が告げた住所を適当な紙に書き付ける。電話を終え携帯をポケットに突っ込むと、髪を掻き上げ深い溜息。餌の魅力に思わず了承してしまったが、俺だって暇な訳じゃない。店の方は余裕を持った予定を組んではあるが、それだけでどうにかなるほど軽いトラブルではないのだろうし、ないからこそ俺が呼ばれる羽目になったのだろう。考えてもどうしようもなさそうなのでとりあえず店の備品から武器になりそうなものを物色する。傍から見たら相当不審者じみているだろうな。俺の店なのに。

「おはようございます。何かトラブルですか?」
「………おはよう不破。」

背後から降ってきたのは、いつの間に来たのだろうか、敏腕店員の不破の声。ぶっちゃけるとちょっと焦った。

「七松さんですか?」
「…あー、……まあ、そうだ。」

ごく普通のケーキ屋であるはずのうちは何故か裏社会と関わることが少なくない。またか、という意も含んでいるのであろう苦笑と共に不破の口からは行って下さいという今一番欲しかった言葉が発せられた。

「…不破。」
「あと三十分もすれば能勢君も来ますし、今日は食満さんのところからの大量注文もきてませんし何とかなりますよ。というか何とかします。」
「…ありがとう、恩に着る。…開店までには帰るようにする。」
「はい、お願いします。…ただ、エプロンのポケットに入ってる、特注のフルーツナイフだけは置いていって下さい。切れ味が落ちるので。」
「…了解した。」

明らかに不破の言うことが正しいので、使い慣れた獲物をもとあった場所に丁重にしまう。代わりに滅多に開けない棚を開き、一本の古いナイフを取り出した。刃こぼれすら見られるが問題はないだろう。自分の身一つ守るくらいなら、果物の飾り切りよりよっぽど簡単だ。

「では、いってくる。」
「いってらっしゃい。」

何故かやたらと俺の元職業に理解のある店員の頼もしい言葉と、死線に向かうには不釣り合いな軽やかなベルの音を背に自らの城を飛び出した。








主が去った店の厨房で、携帯を開き、電話帳の一番上の番号に着信を入れる。
「はい、浮気調査から国家スパイまで何でも御座れ、情報屋鉢屋です。」
「もしもし、三郎。僕だけど」
「あ、雷蔵?どうかした?」
「大体三十分後に三丁目の路地裏に“エプロンの鬼神”がでるから。」


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