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「おい真衣。どうでもいい話を広げるな。」
そう言い放ったその人はゆっくりとこちらに近付きながら言葉を続けた。
「俺はただこいつらが、乙骨の代わり足りうるのか…それが知りたい!!!」
真衣さんとは違った雰囲気を醸し出すその人はそのままの勢いで口を開いた。
「伏黒…とか言ったな。…どんな女がタイプだ!!!!」
…その予想もしなかった言葉に、3人で首を傾げる。
だがその人は私たちのそんな様子も気にせずに勝手に言葉を続ける。
「返答次第ではここで半殺しにし…乙骨…最低でも3年を交流会に引っ張り出す!!!
…ちなみに俺は…タッパとケッがでかい女がタイプです!!!」
止まることのないその勢いに少しだけ引いていると、心底迷惑そうに伏黒くんが口を開く。
「なんで初対面のアンタと女の趣味を話さないといけないんですか?」
ごもっともな意見に軽く頷くと、野薔薇ちゃんも何度か頷いてから、
「そーよ。ムッツリにはハードル高いわよ。」
と言い放った。…もちろん、伏黒くんは「お前は黙ってろ、ただでさえ意味分からねー状況が余計におかしくなる。」と怒っていたけれど。
伏黒くんたちの言葉を聞いたその人は神妙な顔つきのまま名乗りをあげた。
「京都3年東堂葵!自己紹介終わり。これでお友達だな。早く答えろ。男でもいいぞ。」
急かすようなその声に相変わらず伏黒くんが動揺していると、そんなことはお構いなしに東堂さんが話を続ける。
「性癖にはそいつの全てが反映される。女の趣味がつまらん奴は、そいつ自身もつまらん!俺はつまらん男が大嫌いだ!!!交流会は血湧き肉躍る俺の魂の独壇場!!!最後の交流会で退屈なんてさせられたら、何をするか分からんからな!」
息継ぎもそこそこに放たれるその言葉たちは、一切理解できないものな訳ではなさそうだ。…もちろん、理解し難くはあるけれど。
そんな私をさておき、野薔薇ちゃんが伏黒くんにコソコソと声をかける。
「…ねぇ、呪術高専って4年制でしょ?」
「交流会は3年までなんだよ。」
『へぇ…』
そんな風に会話していると、また急かすように東堂さんが言葉を続ける。
「俺なりの優しさだ。今なら半殺しで済む。答えろ伏黒、どんな女がタイプだ!」
「なんだよこれ、大喜利かよ!!」
伏黒くんがそう思うのも仕方がない。…この人は、それ程までに意味のわからないことを言っているのだから。悩む伏黒くんをよそに、野薔薇ちゃんが私の肩を叩いた。
「ねー(名前)、あれ夏服かな?ムカつくけどいいなー」
『…あー、野薔薇ちゃん夏服欲しいって言ってたもんね。』
「(…釘崎も櫻井も丸腰だ。揉め事は避けたい。)」
そんな話をしている私たちの前に一歩出た伏黒くんが東堂さんの質問に答える。
「…別に、好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません。」
この言葉に、流石だな、と頷くと隣にいた野薔薇ちゃんが満足そうに笑った。
「悪くない答えね。巨乳好きとかぬかしてたら私が殺してたわ。」
「うるせぇ!!」
伏黒くんが質問に答えたことで落ち着いたかのように見えた雰囲気が、東堂さんが涙を流したことで一変した。
「やっぱりだ……退屈だよ、伏黒。」
そう言ったと思うと次の瞬間、伏黒くんが後ろへと吹き飛ばされていた。
いきなりのことで体が動かず、ワンテンポ遅れて後ろを振り返る。
「伏黒!!!」
『伏黒くん!!』
野薔薇ちゃんと一緒に伏黒くんの方へと向かおうとすると、隣にいた野薔薇ちゃんの動きが止まる。思わずその方向を見ると、真衣さんが野薔薇ちゃんに抱きついて身動きを取れなくさせていた。
「あーあ、伏黒可哀想。二級術師として入学した天才も、一級の東堂先輩の前じゃただの1年生だもの。後で慰めてあげよーっと。」
先程と同じ嫌味のこもったトーンでそう話すその人にじんわりと黒い感情が溢れ出る。野薔薇ちゃんも同じなのか、私が口を開く前に言葉を放った。
「…似てるって思ったけど全然だわ。真希さんの方が100倍美人。」
その言葉にむっとした真衣さんを睨みつけ、こう続けた。
「寝不足か?毛穴開いてんぞ。」
「口の利き方…教えてあげる。」
銃を構えた真衣さんにハッとする。
…伏黒くんが大人しく東堂さんの質問に答えたのは、おそらく揉め事にしないため。…東堂さんの方はもう起こってしまったが、真衣さんの方はなんとか抑えられるかもしれない。
『…あの、すいません。私が代わりに謝るので、今回は見逃していただけませんでしょうか?』
「…あら?貴女はこの子より口の利き方分かってるみたいね?」
『これから注意しますので、今回はどうか…』
野薔薇ちゃんに目配せしながら頭を下げると、悔しそうに唸る野薔薇ちゃんの声が聞こえる。
…悔しいよ、私も。でも伏黒くんの気遣いを無駄には…
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