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2人で歩き回っていると、もう時間は夕暮れ時になっていた。さすがに体が疲れを感じてきていたので、ディナーが美味しいと評判のレストランに入ることにした。
「いらっしゃいませ。席にご案内致します。」
スーツを着こなした店員さんに案内されて、窓際の綺麗な2人席に案内された。席に座ると、野薔薇ちゃんがワクワクしながら口を開いた。
「ねぇ…なんだかすごくリッチな感じじゃない?」
『そうだね…あ、注文だけしちゃおうか。』
野薔薇ちゃんはビーフシチュー、私はオムライスを頼むと、店員さんは綺麗にお辞儀をして下がっていった。
「…ねぇ、なまえ…」
窓の外の景色を見てなんとなくワクワクとした気持ちになっていると、野薔薇ちゃんが神妙な雰囲気で声をかける。どうしたの?と聞くと、意を決したようにこちらを向いてまた口を開いた。
「…今日、楽しかった?」
『え?…うん、すごく楽しかったけど…』
突然の質問に拍子抜けして答えると、野薔薇ちゃんは一息ついた後、言葉を続けた。
「…あんた、虎杖のことがあってから元気ないでしょ。」
『…いや、そんなこと…』
「そんなことあるわよ。…友達なんだから、見てれば分かるわ。」
『…ごめんね。』
「なんで謝るのよ。謝ることじゃないわ。」
…確かに、私の心はまだ沈みきったままだ。
虎杖くんを失ってしまった悲しみと自分の無力さへの怒りはずっと消えずに残っている。でも、それを表へ出してしまえば、周りのみんなを困らせてしまうから、隠し通そうと思っていたのに…
「…私だけじゃなく、伏黒も気にしてたわよ。」
『え、伏黒くんも?!……申し訳ない…』
「だから、謝るんじゃないわよ!」
それから少し沈黙した後、野薔薇ちゃんは私の手を握って真剣な眼差しで言葉を放った。
「…私も伏黒も、思ってることはなまえと同じよ。だから、1人で我慢しないで…私たちにも言いなさいよ。」
『あ……』
そうか…野薔薇ちゃんがこんなにも真剣な目をしているのは、そんな風に悩んでいたからだったんだ…
それに気付くと、私の心がじんわりと暖かくなる。
『…ありがとう、本当に。』
「…分かったら、ちゃんと頼りなさいよね。」
『うん、分かった。』
照れ臭そうに手を離した野薔薇ちゃんに向けて、今度は私が口を開いた。
『野薔薇ちゃん。今日、ほんとに、すごく楽しかった。』
「…当たり前でしょ、私もよ。」
これからも、みんなで強くなっていくのだと決心した。
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あれから数日が経ち、私たちは今日も特訓を続けていた。
今は真希先輩のお使いで飲み物を買いに来た所だ。
「…自販機!もーちょい増やしてくれないかしら!」
少し怒りながらジュースを買う野薔薇ちゃんに苦笑いで返すと、私の後ろにいた伏黒くんがしぶしぶといったように答える。
「無理だろ。入れる業者も限られるしな。」
『とりあえず、今はここでも買えるし、いいんじゃないかな?』
「…それもそうね。」
先輩方の分のジュースも買ったことを確認し、グラウンドの方へと戻ろうとした時、ふと視界の端に人がうつる。
それは2人も同じだったようで、3人でそっと気配のする方向を見ると、大柄の男と美人な女の人が立っていた。一体誰なのかも分からず、混乱していると伏黒くんが不思議そうに口を開いた。
「なんでこっちにいるんですか?禪院先輩。」
「あ、やっぱり?雰囲気近いわよね。」
『もしかして、姉妹とか?』
「あぁ。双子のな。」
そう言われてみれば、確かに真希先輩と似ている。髪色だとか、目つきだとか。
「嫌だなぁ伏黒くん。それじゃあ真希と区別がつかないわ。…真衣って呼んで?」
「…こいつらが乙骨と3年の代打ね。」
なんだか目の前の2人の雰囲気は物々しく、気不味い空気が漂い始める。横目で2人の表情を伺うと、私と同じように少し強張った表情をしている。
だんだんと重くなる空気の中、真希先輩の姉妹…真衣さんが口を開いた。
「貴方たちが心配で学長について来ちゃった。同級生が死んだんでしょ?辛かった?それでもそうでもなかった?」
嘲笑うかのようなその言葉に思い切り眉を顰めると、同じような表情をした伏黒くんが「なにを言いたいんですか?」と切り返す。すると真衣さんは言葉を続けた。
「いいのよ、言いづらいことってあるものね。代わりに言ってあげる。器なんて聞こえはいいけど、ようは半分呪いのバケモノでしょ?…そんな人外が、隣で不躾に呪術師を名乗って虫唾が走っていたのよね?死んで清々したんじゃない?」
目の前でペラペラと喋り続ける人を見て、自分でもびっくりするくらい腹の底が冷え切っていくのが分かる。…きっと、隣にいる伏黒くんも野薔薇ちゃんも同じ気持ちだろう。
自分の中にドロドロとした感情が渦巻いていくのを感じていると、隣に立っていた人が口を開いた。
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