虹色笑顔・4





行ける所まで行こうとルカが行っていたように、行ける所まで来た。
トロッコを乗り回し、変なレバーを倒しまくり、またトロッコを乗り回し……。
嫌というほど魔物と戦い、ここまで来た。

「行き止まり、ですね」

辿り着いた場所は、他より落盤の規模がずっと大きいみたいだ。
岩が道を塞いでいて、先に進めそうにない。

「……で、ここからどうするの?」
「き、来た道を戻るとか言いませんよね?」
「ええ〜っ、ウチもう歩きとうない〜っ」
「―――しぃッ!静かに……何か聞こえない?」

これがアンジュやスパーダが言ったものであるなら半信半疑だが、そんな言葉を吐いたのはコンウェイだった。
何かあったら嫌だと私達は耳をすませる。

……………………ずずず?

……ズズズズって音がする……。

「ヘソが、またピリピリだぞ、しかし。これはもしかしてもしかするぞ、しかし!」
「……地響き、ですかね?」

音は、だんだん大きくなる。
上からは土や石や、埃やら、バラバラなリズムで落ちてきた。

「落盤か!?隠れられる場所を探せ!」
「はいっ!!」
「おいリトス!それで何でオレを盾にしてんだよッ!?」
「何とかの何条っていうやつにあったでしょう?『心に剣を持ち、誰かの盾になれ』でしたよね?なら私の盾になりましょう、今!」

私とスパーダが静かに睨み合っている間にも、音と揺れが大きくなる。
道を塞いでいた岩には亀裂が入り―――割れた。

「な、なんだ!?」

影が見える。
ゼリーの超巨大版、みたいなシルエット。
中心部には赤い光。

「ま、魔物っ?」

宿屋の主人や町の人達が言っていたのはコレの事だろうか。
土埃が払われると、その姿ははっきりと見えるようになった。

「……わっ、わっ、わっ!?気持ち悪いッ!」

黒のような紫のようなその巨大な物体はまさしくゼリー。いやもうブヨブヨしてて、ブルブルとしてて……うっわ、気味が悪いッ!!気持ち悪いッ!!

「――――ッ!!〜〜〜〜ッ!!」

風が切れる。
風の中に声が紛れていた。
声が聞こえた後に、再び土埃が舞い上がる。
その中に、魔物以外の影。

人影。

「……えっ!?」

私は、目を疑った。
土埃を破り、魔物の前に飛び出してきたのは、女の子だ。
銀髪を頭の頂で結い、露出の高い衣装を着て、槍を手にした褐色の肌をした少女。

「〜〜〜ッ!――!!」

……しかも、言葉が……分からない……。
どこの言葉だ?
まったく聞き取れない……。

「あの言葉……まさか!」

コンウェイは分かるのか、少女に向かって叫んだ。

「――!〜〜!!」

少女が話しているような言葉で。
何だか通じ合っているみたいだ。会話をしている。
……なんとか聞き取れたとしても、意味が分からない。
『キュキュ』……キュキュって言ってたけど、それは名前?誰の?彼女?

「キャッ!!」
「あっ……だ、大丈夫ですかー!?えーと……誰かさん!?」

すっかり解読不可能な会話に気をとられていたが、そうだ、魔物がいた。
魔物の攻撃によって、少女は吹き飛ばされる。

「ク……行けぇ!」

コンウェイが本を開いて、術を放つ。
スパークのようなものが魔物を囲む。

「〜〜〜!」

コンウェイは少女に駆け寄った。
たぶん、「起きろ」とか「しっかりしろ」とか言っているのかもしれない。
二人はいくつかの言葉を交わす。
そして少女は何事もなかったかのように立ち上がると、私達の顔を見回した。

「キュキュ……戦う。いっしょに、お願い!」
「た、戦う?えっ?これと?あなたも?」

少女は頷く。
その直後、コンウェイの拘束の術が溶けたのか、魔物が再び動き出す。

「どうやら、選択の余地はなさそうだな」

リカルドさんがライフルを構える。
それが合図だったかのように、みんな戦闘体勢に変わる。
私も一足遅れながら、タロットを取り出した。

すごく、嫌だ……一番嫌いなタイプだ、この魔物……。
まず私がこの世で一番嫌いなものは何かって言ったらゼラチン状のものだ。
だってブルブルしてブヨブヨして―――。

「リトス!そっちへ行ったぞ!!」
「え?えっ!?ええぇっ!?」

黒いゼリー体はこっちへ突進してくる。
ステップで避けても、間に合わない。盾になりそうなものもない。
あれに突撃されるのはとにかく嫌だ……!!
嫌だけど、大人しくガードするしかない。嫌だけど、それしか選択肢がない。
私はぐっと目を瞑った。

「スピンスラスト!!」
「……!」

少女が私の前に出て、魔物に斬りかかっていった。

「あ……ありがとうございます!?ごめんなさいっ!?」

言葉が通じているのか疑問だが、何も言わないよりはと私は大声で叫んでいた。
たぶん、通じている……よね?
今、ニコッと笑ってくれたもの、彼女。

「リトス!お前足手まといだから引っ込んでろよッ!!」
「なっ……戦えますよ!コントロールいいですからね、私!!なんだったら当てましょうか!あなたのその変な帽子に!!」
「リトス!スパーダくん!ケンカなら後で思いっきりやりなさい!!」
「はい、分かりました!!」
「分かりましたじゃねェし!!」

とにかく私はこのゼリー状の魔物を一秒たりとも長く視界には入れたくない。
さっさと消えてもらいたい。

「スパーダ!壁役お願いします!!」
「だから、なんでお前っ……」

スパーダは何か文句を言おうとしたのだろうが、私の雰囲気が違う事に気が付いたのか、極力魔物を私に近付けないように押さえてくれていた。

「……」

『道化師』のカードを選び、宙に浮かべる。

精神力と集中力を最大限にまで高める。

風が私の足元で渦を巻いているのが分かった。


「―――終幕告げしは道化師の嘘笛……」


私は、風とカードを魔物へと放つ。


「全てを偽りの楽園へ誘いましょう!エレクシオン・ロア・クラウンズッ!!」


魔物の赤い宝玉にカードが刺さる。
魔物は悶える。
そこへ短刀を模した風が、ゼリー状の体を何度も何度も貫いた。
やがてドロドロとしたものが地面に落ちて、魔物の大きさは小さくなっているように感じる。
ああっ、ああっ、気持ち悪いっ!!

「瞬迅槍ッ!!」

脆くなった場所を、リカルドさんがライフルで突いた。
それがトドメになったのか、魔物は砕けた。
水が弾けるかのようにゼリーは飛び散る。

「いやっ、気持ち悪いっ」

地面に落ちたゼリーはまだびくびくと震えている。
とっとと消えてくれ。お願いだから。

「リトス、あんなすごい術が使えたんだね!」
「早く、いち早く倒したかったんですよ!どうやったのかは私にもいまいち分かりませんっ!!」

アンジュが涙目の私の頭を撫でた。

「リトスがそんな取り乱すなんて珍しいけど……何かトラウマでもあるの?ゼリーに?」
「……」

私は静かに、忌々しい記憶を呼び起こした。
無意識に上の方を見る。

「……そう、あれは、約半年前の事……」
「うわ、なんか語り出した」
「ハスタをいつものように追っていた私は、彼に会いました。会えました。そこで繰り広げられているのは、いつもの殺人……もう大量虐殺……」
「普通はその時点でトラウマにならない……?」
「ただ死体が転がっているなら、まあ、良かったんですけど……」

しかしそこに転がっている死体は、もう惨殺死体。とにかく酷い状態だった。
どんなに酷いって、しばらくお肉食べられないくらいですよ。

「知っていますか。ヒトの脳みその中には、小さなゼリーのようなものがブヨブヨプツプツ―――」
「ちょっと待ちなさい!分かった分かったわ、もう言わなくていいから!それ以上言ったら撃つわよ!?」
「……それ以来、生首、苦手なんです。……いや、その中身、ですね」
「普通は大量死体でトラウマになるよ?もう一度言うけど」

みんな呆れている中、あの不可思議な少女の方へ目を向けてみる。




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