「……まず、全ての者が幸せでいられる世界が在る訳がないでしょうが……」
毛布にくるまりながら、私はそんな事を呟いた。
あれは、アスラ様に初めて会った時の夢だ。あと、サクヤ様。
……最初は、アスラ様が好きだった。懐いていたんだ。だけど、だんだんと嫌悪感を抱くようになった。だってアスラ様がゲイボルグを悪だとか外道だとか言うから。
「どうして、今更こんな夢……いや。今更、だからかな」
ああー、ルカとスパーダに会いたくないな。
タロットとか皮肉とか放ってしまうかもしれない。
「はぁ……」
何より、気まずい。
ルカはともかく、スパーダは全て知っている。
果てしなく、気まずい。
しかし、そろそろ起きなければ。
会いたくなくても、会わなければ。
途中でこの旅を抜け出せるほど、私はみんなに対して薄情ではない。仲間だと思っている。だから迷う。
本当にどうでもいいのなら、とっくにルカとスパーダを殺して姿を消しているところだ。
「リトス姉ちゃん、起きとるかー?」
部屋のドアが開いて、エルの声が私の耳に届く。
エルが起こしに来たって事は、もうみんな起きてるのかな。
「起きてるよ。おはよう、エル。……えっと、ごめん。私、寝過ごしたかな?」
「大丈夫やで。ルカ兄ちゃんとスパーダ兄ちゃんもまだ下りてきてへんから」
「そう……じゃあ、二人より早いって事でセーフね」
それでも寝過ごしているのは事実だ。
宿屋のフロントには、ルカとスパーダ以外の全員が揃っている。
「ああ、リトス。おはよう」
「おはようございます。……あとの二人が起きたら出発するんですよね?」
「そうなんだが……」
リカルドさんが言葉を濁す。
「何か問題でも?」
「それが、鉱山で落盤事故があって、ガラム港に戻れないそうなの」
「えっ?じゃあ、ガルポス行きの船は?鉱山が復旧するまで足止めですか?」
「ん〜、それが……よくわからなくって」
イリアが助け船を求めるように宿屋の主人を見た。
主人は、客とはいえ顔見知りだからか、砕けた口調で私に話しかける。
「いやね、リトスちゃん。それが、よくある落盤事故じゃないみたいなんだよ。ウワサじゃ見たことねえ生き物が現れたとか……落盤よりも、そっちが危ねえって話で……」
「見た事のない生き物?」
「ね?よくわかんないでしょ?」
……確かに。
新種の魔物でも、現れた?
天変地異の影響とかってやつで。
「でも、とりあえず鉱山まで行ってみませんか?ここにいても仕方ないんでしょう?」
「そうだな。次の船を逃したら、ガルポス行きもいつになるか分からんしな」
「まあ……見たことのない魔物も、あたしらなら大丈夫か」
ルカとスパーダ以外、鉱山へ向かう事に誰も異議を申し立てない。
あの二人も、異議はないだろう。
「ほんならウチ、ルカ兄ちゃんとスパーダ兄ちゃん起こしてくるッ!!」
「ぶっ叩いて起こしてらっしゃい」
「まかせときぃ!!」
「……任されちゃうエルマーナもエルマーナだけど、リトスさん、本当にルカくんたちに容赦がなくなったね」
やれやれとコンウェイが肩をすくめた。
いいじゃないか、別に。これぐらいの嫌がらせ―――こほん。
前世が前世なんだ。
殺しにいかないだけ、マシ、だ。
「リトス姉ちゃ〜ん、アカンかった〜。ルカ兄ちゃんたち起きとったわ〜」
「ええ?空気が詠めないですねー。エルにぶっ叩かれるくらいしてくださいよ。笑うのに」
「いるかよ、んなモーニングコール!!」
「え……えっと、おはよう。みんな」
早速だが、リカルドさんとアンジュが手短に今の事情を説明する。
やはり二人は何も言わずに、当然のように頷いた。
目指すは、カリュプス鉱山。
「……おい、リトス」
宿屋を出るとスパーダが私の肩に手を置いた。
私は言葉を発さない。ただ彼の言葉を待つ。
「ハスタの野郎とは、また会うことになると思う」
たぶんではない。
確実に会う事になる。
これは……勘、だけど。
「そんときゃあ、オレはルカを必ず守って見せる。つーかあの野郎、即ぶっ倒す!いいな」
「……何故、私に許可をとるんです。どうぞご自由に」
私がNOと言ったところで、どうせハスタとは戦う羽目になるのだ。
「でも兄弟じゃないですか?」
「兄弟なんて言うんじゃねぇよ。造り手が同じってだけだ」
「そんなもんですか……」
私は、足を前に進めながら、ケルム火山を振り返った。
ここは本当に硫黄臭い。それが、落ち着く。
「ねぇ、おじさんは、争いを終わらせる為に……ゲイボルグを破壊する為に……デュランダルを造ったんだよね」
おじさんは、迷った?ゲイボルグを破壊する事に。
子供達を愛していたおじさんなら、迷ってくれたよね?
「おじさんの転生者がいたら、真意を聞きたいな」
いや、その前に、私が謝るべき?
何にって、明確ではないけど、色々と。
「……行ってくるよ、バルカン」
愚者の旅路を見守っててほしいな。
ごめん。
親不孝な子で。
もしも会えたらいっぱい謝るから。
今は、ちょっと……待っていて。