死んでしまった物語・6





ゲイボルグの狂気によってマトモじゃなくなったわたしの『最期の運命廻し』。

『世界の全てを不幸にする』……なんていう、馬鹿馬鹿しい運命だ。

あまりにも馬鹿馬鹿しくて、虚構の物語を聞いているような気分になった。

「そんな……そんなの……ウソ……でしょ?ウソ……ウソよ、ウソウソ!!いやぁぁぁぁぁーーーーー!」

しかし、イリアの悲痛な叫び声に現実であると思い知らされる。

「イナンナの裏切りがアスラの魂に絶望と憎しみを刻んだ。そして、私が生まれた」
「じゃあ……僕はなんなの?」
「お前は……アスラの心の迷いに過ぎぬ。さあ、思い出せ!大義を阻まれた無念を!そして絶望を!」
「ああ……ああ…………そんな……そんなぁ…………」

わたしが不幸を廻さなかった世界……きっとそれは、今にない世界だ。

イナンナ様は、たぶん……裏切らなかっただろう。
裏切ろうとしても、デュランダルが諭してくれたかもしれない。
アスラ様が裏切られるような事もなかった。
天上界が滅ぶ事はなかった。

「天上界を滅ぼして、無恵を生み、現世でみんなを不幸にしたのが僕だったなんて……」

わたしが……私が廻した運命だ。
ルカじゃない。
ルカじゃないんだよ。
だから……それは、違うんだ……。

違う……違う……。

「僕は……、どうすれば……?ぼく……は……………ああッ!!」

自分の行いを知って自己嫌悪する。
ルカを庇おうにも上手く言葉が出なくて、更に嫌になる。

運命を廻さなければ。
不幸を廻さなければ。

後悔したって遅いけど……でも、間接的に天上界を滅ぼしたのは、私という事になる。

それを……受け入れる作業に必死だった。

「さあ、行こう。我が半身よ。我々にはやる事がある」
「さあ、参りましょう。私はお二方の忠実なる僕。決してどこかの女のように裏切ったりはいたしませぬ」

チトセさんはイリアと……それから私を見ていた。
裏切った女……わたしの裏切りも、アスラ様を絶望させるには十分だったのだろうなと他人事のように思う。
サクヤ様にとっても、辛いものだったのかもしれない。

この世界は、不幸に満ちている。
私の呪いによって。

だから私には……マティウスの方に向かって歩くルカの行動を止める権利なんてなかった。

「ルカ……」

ルカの表情は分からなかったが、たぶん……きっと……勘だけど、無表情だ。
彼も、自分を不幸だと思っているのか?
彼も……マティウスのように絶望しただろうか……。
だとしたら、責められるのは私だ。

「ルカくん!」
「ゴラァ!ルカ!てめェ……戻って来やがれ!」
「なぁ、行ったらあかんて、ルカ兄ちゃん……」
「本当にそれがお前の選ぶべき道か、ルカ!?」

みんなはルカを引き止めようとする。

私は……私だって、私としてはルカが彼女達の所に行くだなんて嫌だ。
認めたくない。

だけどわたしとしては……もうどうだっていいんだ。
不幸に満ちた世界が終わるのも、ある意味、運命だ。

「これは私に与えられた責務なのだ。人であれ神であれ、存在する事が敵を生む。だから、私は世界を滅ぼさなければいけない」

マティウスの言葉を聞いたシアンくんが目を見開いた。
利用されている自覚のなかった彼の表情が信じられないと歪んでいく。

「そんなッ!!世界を滅ぼすだって!?あなたは、理想郷を創るって言ってたじゃないですか!」
「どのような世界であれ、この腐った世界よりはマシであろう?それは立派な理想郷だ」
「そ……そんな!ボクは……世界を滅ぼすために、利用されてただけだったの……?」
「ははは!そうとも!死ねば皆同じ。完全なる平等だ!屍は不平も不満も口にする事はなかろう。素晴らしい世界だと思わんか?」

シアンくんの叫びが響いた。
マティウスが「間違っている」なんて私には否定できない。

そもそもそんな世界を廻したのは……私だから。

「世界の破滅。これもまた、ひとつの救いなのだ。憎しみと裏切りのない世界を望むのなら、私と共に力を使うのだ。この創世力を!さあ!」

世界を滅ぼそうとするマティウスに、シアンくんは敵意を向けて言った。

「ムダだ。おまえたちは同一人物。たとえふたりでも使えない。ボクは創世力の番人だったから、わかる。ふん、信頼する者も愛する者もいないおまえに、その力は使えない……」
「ならば、私の命をお使い下さい」

アスラ様の為なら命も惜しくないチトセさんがマティウスに即座に申し出る。
しかし、マティウスは何も答えなかった。
マティウスの思いを悟ったチトセさんは悲しみに顔色を染めた。

「なぜ、ダメなのです?こんなにアスラ様をお慕い申し上げているのに……アスラ様の心には、私への些かな想いもないのですか?」

マティウスが彼女を見る事はなかった。
そして、これからもそれはないだろう。
マティウスは諦めたように息をついて、手にしている杖でイリアを差した。

「では、もうひとつの方法をとるしかない。ルカ、お前の心に住み着いた女。イリアの命で創世力を使うのだ」

ルカは顔を伏せたまま。

天空城は静寂。
風の音も聞こえない。

だから。
言葉を発したルカの声は小さいものであるはずなのに……よく聞こえてきた。

「天上界を崩壊させ、世界のみんなを不幸にしたのは僕自身だった……」

「違う」……と言えれば、ここでルカを救えただろうか?

「僕が……僕が……」
「ルカ―――!」

だけど、間に合わない。
火山の時、叫んだって間に合わなかったように。

また、間に合わない。

私は、変わらない。

間に合わないと分かったら、叫ぼうとするのを止めてしまった。

「そんな僕なんか、消えてしまえばいい!それが一番いいんだッ!!」

ルカが叫ぶ。

それはやがて、『ルカ』である事を失った。
光に覆われて、覚醒する。
光は強まって、弱まって……それを繰り返す。

その光の中を見つめて、私は絶句した。
光の中にはいるのは、もうルカではない。
声も、姿も、もう彼の面影を留めてはいなかった。

鬼神アスラ。

ルカはアスラ様に姿を変えていた。
アスラ様の叫びと共鳴するかのように、天空城も大きく揺れた。

「マティウス様!城が崩れます!」
「まだ手はある。行くぞ、チトセ!」

マティウスとチトセさんが消えた。
このままここにいれば、私達も崩壊に巻き込まれるだろう。

「みんな、飛行船に戻るぞ!」

リカルドさんが脱出する事を訴えた。
それはもう、ルカを見捨てる事に等しい。

「でも、ルカが!」
「ルカを置いては行けねェ!」

イリアとスパーダは拒否した。
もっと言ってしまえば、この場にいる誰もがルカを放っておきたくはない。
しかし、悠長な事を言っている暇がないのも事実だ。
迷う時間すらも与えられないなんて、運命というのは残酷だなとわたしに嘲笑う。
……わたしへの八つ当たりだ。

「………………仕方ない」

リカルドさんは大人だった。
迷いはあるだろうが、しっかりと選択を下す。
彼はコンウェイとキュキュの名前を呼んで、そっぽを向いた。
それだけでコンウェイとキュキュは意図を理解して頷き―――イリアとスパーダの首筋に一撃を与えた。

「ぐ……てめェ……なにしやがる……」

イリアはキュキュに支えられ、スパーダはコンウェイに支えられ……気を失った。

「悪いが、お前達までここに置いていく訳にはいかん。アンジュ、エル、リトス、来い!お前達が残ることなど、ルカが望むと思うか!?」

……望まないだろう。
『ルカ』だったら。
心優しくて、頼りなくて、でも芯を持っている……それが『ルカ』だ。
現世で私が知っている彼だ。

大丈夫。
ルカは大丈夫。

私は自分の勘を信じる事にする。
この勘すらもわたしの能力の名残だが……今だけはこの勘に縋る他なかった。

「急げ!脱出する!」

飛行船に戻り、崩れる天空城を見つめる。

そこで考えたのは、彼の……ハスタの事だった。
ハスタは全て解っているのなら、自分の前世についても解っているだろう。

私達が同じである事を。

私がテュケーのほとんどを受け継ぎ、ゲイボルグの僅かを受け継いでいるのなら。

ハスタはゲイボルグのほとんどを受け継ぎ、テュケーの僅かを受け継いでいるんだろう。

なら、この世界の事も知っている……だろう。
私にしか受け継がれていない記憶ならそこまでだが、もしハスタがテュケーの最期の運命廻しを知っているとしたら……。

ハスタは何を思っただろう。
この解答に、どんな感情を抱いただろう。

私は……確証のないひとつの仮説を立てた。

ハスタの狂気が、最期の運命廻しの否定から生まれたものだとしたら……という、どうしようもない仮説。
でももし、そうだとしたら……ハスタは苦しんでいるんじゃないだろうか。

「……会わなくちゃ……」

会わなければ、いけない。

彼を狂気から解放するのが、今のテュケーとの約束だから……。
会って、解放してやらなくちゃいけない。

崩れ行く天空城を見て、私は、リトスとしてそう思った。



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