死んでしまった物語・1





覚えのある匂いが鼻をくすぐった。

「テュケー?どうした?」

立ち止まったわたしを心配するように、ゲイボルグが声を発した。

「具合悪ィのか」
「ううん。違うよ」

わたしはゲイボルグの使い手になってから、運命を廻しても具合悪くなるようなことはなかった。
たぶん、ゲイボルグの幸福だけで生きてるんだと思う。
わたしが立ち止まったのは、そんなわたしに関する問題ではなく―――。

「……花」
「はな?」

匂いを辿れば、荒野と呼べる大地に、一輪の花が咲いている。
よくこんな所で咲いたなとわたしは感心した。

「……ちゃんと見るのは初めてだよ。これが花なんだね」
「お前、花なんて知ってたのか」
「うん。仲良しだった女神様がわたしの所に必ず持ってきてくれていたから」

まぁ、持ってこられたその花は彼女自身が花占いで散らしてしまうのだけれど……。
せっかくだから、ちゃんとよく見たかった。
わたしはしゃがみ込んで咲いている花を食い入るように見つめた。
その様子に呆れるのはゲイボルグだ。……呆れるというか、怒っている。

「戦場でノンキに花見るヤツがあるか、このバカ」
「ええー……だってこの花、よく持ってきてくれた花と同じ匂いがするの。だから、これ、サクヤ様が持ってきてくれた花なのかなって……」
「……そうか。サクヤっつうのか。覚えとく」
「えっ……えっ?何で!?」
「うっせぇ」

ゲイボルグの声は、まるで拗ねた子供のようだった。
まるで、じゃない。拗ねていた。

「ゲイボルグ……やきもちだ!」
「あァッ!?」
「サクヤ様に嫉妬したんでしょう?そうだよね?そうだよねっ?」
「だったらどうした!!」

嬉しい。
すごく嬉しい。
だって嫉妬なんて……それだけ大切にされているということ。
嬉しくないはずがない。

「……なぁ、テュケー?お前は、そのサクヤ様とは、戦えねェか」
「……えっ?」

思ってもみなかった言葉。
わたしは回答に戸惑う。
ゲイボルグへの返答に対してここまで戸惑ったのは初めてだった。
ゲイボルグのことで迷ったのは、初めてだった。

「わたし……」

わたしは、サクヤ様にゲイボルグを向けることが出来るんだろうか。
何だかんだ、わたしを妹のように可愛がってくれていた……サクヤ様に……?

「わ、わたしは……わたし、」
「……悪いな、テュケー。意地悪な質問だったな。んな泣きそうな顔すんじゃねーよ」
「うぁっ……」

泣きそうな顔じゃない。
泣いていた。
そこで気付く。
わたしはサクヤ様が大好きだったんだと。
ゲイボルグと天秤にかけてもいいくらいに。

でも。
だけど。
それでも。

結局わたしが選ぶのは、ゲイボルグだ。
わたしは立ち上がる。
そして、わざと、花を踏み潰して歩いた。
ゲイボルグが怪訝そうな声でわたしの名前を呼んだ。

「おい……テュケー?」
「わたし、ゲイボルグが望むならサクヤ様とだって戦うよ」

どうせわたしがアスラ様と戦い、何度か傷を負わせたことはサクヤ様の耳にも入っていることだろう。
アスラ様を敬愛してやまないサクヤ様は、アスラ様を傷付けたわたしをきっと許さない。
……そう思えば、いくらか気が楽だ。
不幸を廻そうが、そうでなかろうが、関係ない。

「そんじゃあ……早速行ってみるかァ?花姫サマの所へよ!」

ゲイボルグは嬉しそう。
うん……十分だ。
十分、満たされた。

「サクヤ様は、強いよ?」
「ヒヒッ……上等じゃねェか!!」
「……うん!上等だね!!」

ゲイボルグ以外のものが、不幸になればいい。

わたしは、確かにそう思った。

きっと最期に、わたしは「そういう運命」を廻すのだろうなと。
他人事のように思った。



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