雪が解けた天空へ・5





飛行船ウェントスの一番奥。
そこにマティウス達はいた。
マティウスの姿を捉えたルカが叫ぶ。

「マティウス!お前に創世力は渡さないぞ!」
「マティウス。あんたなんでイナンナと同じ顔してるのよ!イナンナはあたしよ!」

マティウスはやはり嘲笑を浮かべるだけだ。
美女であるからか、その笑みは余計に刃物のような冷たさを帯びていた。

「本当に知りたいのか?その訳を……」
「……痛ッ!あ……頭が……」
「イリア……!」

私は頭を抱え込んだイリアに駆け寄る。
イリアの表情は苦しそうで、額には汗が滲んでいた。

「ふふふ……イリア。お前のその頭の痛みは魂の痛み」
「ど……どういう意味よ……それ……」
「いずれ分かる」

いずれじゃ遅い。
この頭痛は前世の拒絶。
後々思い出してからでは、うんと苦しむ事になる。
だから、本当は無理矢理にでも今思い出させた方がいいのに……どんな記憶を拒絶しているか、それが分からないから、闇雲に思い出させる訳にもいかないのが現実だった。

「そんなことより、ルカ。お前はこちらへ来ぬのか?今なら共に歩める道もあるのだがな」
「そ……そんなことするわけないだろ!」
「いいや、ルカ。お前は私と手を組む事を望んでいる。そう……お前の本心ではな。いずれ望んでその手を差し出す事になる。それこそが、お前の求める魂の救済。唯一の道だからな」
「そんなバカな話あるわけねェだろ!」

ルカの代わりにスパーダが吠える。
ルカはと言うと、理解が追い付いていないようで呆然とマティウスを見ていた。
私は……。

「……マティ、ウス……」

彼女への憎悪に満たされる。
おかしい。
こんなの知らない。
私の中で何が起こっている?
駄目だ。
抑えられない―――。

「マティウスッ!!」
「リトス!?」

気が付いたら、私はマティウスに向かっていた。
懐からカードを出して、振り下ろす。

違う。
私の意志じゃない。
体が勝手に動くんだ。

「何のつもり、テュケーッ!!」

カードの刃は、チトセさんの短刀によって防がれた。
内心、私は安心した。
こんな訳分からない感情で誰かを殺したくはない。
例え、世界の滅亡を望む相手であっても。

「前世だけでなく現世まで……!!あなたはやっぱり魔槍の花嫁なのね!!」
「あッ……!」

今度はチトセさんが私に短刀を振りかざす。
短刀が下ろされる前に、私は急いで身を退く。
チトセさんは私の中の憎悪にも負けない憎悪の瞳で私を見ていた。

「テュケー……。ああ、あのノルンの小娘か。なるほど……」

マティウスは面白がるように私を見つめて、だがすぐに目をそらす。
目をそらされる寸前に憐れみのようなものを向けられたのは、多分気のせいじゃなかった。

「まあ、いい。この距離などもはや飛行船など不要。貴様らの相手はこいつに任せるとしよう」

マティウスは杖を掲げ、すると飛行船内に魔法陣が現れた。
その魔法陣から、鳥型の魔物が召喚される。
魔物はマティウス達には見向きもせず、まっすぐ私達に襲いかかってきた。

「さあ、チトセ、シアン。行くぞ、天空城へ!」
「はい!」
「行きましょう、マティウスさま!」

マティウスは、一度だけ振り返る。

「では、空中散歩を存分に楽しんでくれ。そう簡単に死んでくれるなよ、ルカ」

そして、マティウスは消えてしまった。
再び彼女達を追うには、目の前の魔物を片付ける必要があるようだ。

天空城―――。

おそらく終着点はすぐそこだ。
全てを知り得る、運命の終着点。

私は知らなくてはいけない。
ハスタを『救済』する為に。

どちらかと言うと、私が救済されたい方なのだが。



『ごめんね、リトス』
『悪ィな、クソ女』



テュケーとゲイボルグが素直に謝罪をしてくるのは、本当に正直に、もう果てしなく気持ちが悪い。
そんな気持ち悪さを味わう事より、知りたくないと思う真実を知る方が私は楽だ。

もちろん。

二人が謝罪するほど惨たらしい運命なのだから、覚悟は決めなくてはいけない。

間違えていけないのはただひとつ。

ハスタのように狂うなという話。

「……自信ないな」

マティウスへ向けた殺意憎悪怨み然り。
私は果たして、愚者の旅人のままでいられるだろうか……。

不安ではあるが、運命の輪は廻り続けて私の心を鎖のようなもので繋いでいた。



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