雪が解けた天空へ・3





アンジュのナイフが投げられる。
私はそれをカードの刃で弾き返した。

「……」

ナイフを受けて分かった。
大丈夫だ。
アンジュはまだ迷っている。
ヒンメルへの贖罪と私達仲間への親愛……天秤にかけて、それはグラグラと揺れているようだった。

「ピエレッタフォルテーヌ!」

右腕を振る。
カードを一枚……二枚……三枚……。
アンジュとアルベールさんに向かって交互に投げつけた。
それが大した攻撃になっていない事が私は分かっていた。
やはり……仲間だから、前世の罪悪感から……重い攻撃を繰り出す事が出来なかった。

「僕のこの手で未来を拓く!」

攻撃を躊躇していたからだろう。

「パニッシュメント・パーミット!」

おかげで私はヒンメル様の姿を成したアルベールさんの攻撃をまともに受ける事になった。
頭上から全身を圧されるように、息苦しさを感じる。

「かはっ……!」

私は地に伏せる。
頬が冷たい地面に当たって、私は胸の奥がざわつくのが分かる。
ラヴェンデルで感じたのと同じ、内の虚無。

殺意。

「デストリュクシオン……チェイン!」

私はカードから鎖を出現させた。
その鎖で、本能のままアルベールさんに襲いかかる。
何度も何度も鎖を振るって、やがて自分の手に痛みを覚えるようになった。

「リトス、やめて!!」
「……!」

我に返り、その瞬間に鎖はカードへ姿を戻す。

……な、なんだ……今のは……。
わ、私、完全にどうかしていた……。

自分の無意識に恐怖を覚えた私は、二人から距離をとる。
改めてアルベールさんを見ると、彼はうずくまって傷を押さえながら呼吸している。
それをアンジュが庇うようにして、彼女は悲痛に叫んだ。

「ダメよ、みんな!この人には手を出さないで!」
「アンジュ……どうしてそこまで……!」
「わたしは前世でこの人を守れなかった。それがわたしの背負った罪。わたしは守る。今度こそ死なせない……」

違う、ヒンメル様が死んだ事すら、元老院が死ぬ為に廻った運命だ……。
だから、アンジュじゃなくて……全ては私が……。

「創世力は誰にも渡さない……僕の望みはただひとつ。ヒンメルと、同じだから……」

アルベールさんは苦い顔をしながら私達を見回した。

「お前たち見るがいい。この地上の有様を……天上人と変わらず、愚かにも戦乱に明け暮れる地上人の姿を!それも全ては天からの恵みが失われたから……無恵が原因だ!天上界は今こそ蘇る。この天空神ヒンメルの手でね。そして、地上に再び恵みを与える!この世に起こる全ての争いをなくすために!」

傷だらけで、よくそこまで喋る気力があるものだ。
たぶん、アルベールさんにとってはそれほど重要な使命なのだろう。

「そのために、アンジュを死なせていいの……?」
「愛するオリフィエルを死なせたりするものか……彼女に僕の命を使ってもらうのさ!」

……え?

「僕は、彼女の生きるこの世界のためならいつだって死んでやる……僕を信じてラティオ全軍に裏切り者とそしられる道を選んでくれたオリフィエルのためなら、いつだって……!僕はずっとオリフィエルになりたかった。僕を導き、僕を守ってくれた、オリフィエルに……そんなオリフィエルを死なせたりするものか!僕はオリフィエルのためなら……オリフィエルのいるこの世界のためなら、いつだって死んでやる!」

アルベールさんが今までで一番大きく力強い声で言い張った。
それを聞いた私達の反応と言えば……。

「ちょお待ってぇや。ほなあいつ、ええヤツちゃうんかいな?」
「キュキュも、思う。あいつ、いいヤツじゃないか?」
「そうだよな。オレたち戦う必要なくねェ?」
「それより、あいつのセリフ聞いた?あんなのアンジュへのプロポーズと同じじゃないの……」
「ええ、重い愛ですね」

言いたい放題である。

それにしても、何となく戦ってしまった感が否めない。
一番戸惑っているのは、「君の為なら死ねる」宣言を受けたアンジュ本人だった。

「ど……どうしてこの子は、大事なことを最後に言うのよ……」
「言えば、君が創世力を……僕の命を、使うわけがないからさ」

それを聞いてため息をついたのはイリアだった。

「バッカバカしい!あんたバカじゃないの?そんなことされたらアンジュだっていい迷惑よ!」
「君たちには関係ない!これは僕とオリフィエルの……」
「関係あります!彼らはわたしの大事な仲間ですから!大事な仲間とあなたの間で、わたしがどれだけ悩んだと思っているの!」

アンジュの声に、アルベールさんが少し引き腰になった気がする。
……いや、気じゃない。
アルベールさんは少し怖がっているようだ。

「僕が望むのは、君の幸せだけだ。君のためなら、僕は……」
「お黙りなさい!ヒンメル!それ以上何か言ったら、お尻ペンペンですよ!」

そして、とうとうアルベールさんは頭を抱えてその場に膝付いた。
その様は、説教されている子供そのものだ。

「ひぃ!そ……それだけは許して!ごめんよ、オリフィエル!」
「………………なんや、あいつ。スカしとったんはポーズかいな……」

エルが呆れて言ったが、確かにこれは呆れたくなるし言いたくなる。
それほど、今のアルベールさんの姿は情けない姿をしていた。

「……って、あ……。つ……つい、前世のクセが……」
「……」

一体ヒンメル様は、オリフィエル様にどれだけ酷い目に遭わされてきたというのか。




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