私はすぐに気分が悪くなった。
あの子の異常なまでの魔槍への愛情が、私を浸食していく。
それでもまだ正気を保っていられるのは、あの子自身が「狂っている」という自覚があるから。
正常であろいという理性が、私を私として確立させていた。
まったく……「狂っている」という自覚がある分、迷惑だ、テュケーという女は。
ゲイボルグと一緒に在りたいが為に狂気を孕ませている。
そのせいで現世の私が苦労するというのは、実に腹立たしいものがある。
「リトス、顔色が悪ぃけど大丈夫か?」
「ええ、平気です……よ?」
スパーダの問いに応じながら、私は彼の顔を見た。が、すぐにそっぽを向いた。
「あっ!おい!何でそっち向くんだよ!やっぱ何か後ろめたいことがあんのか!?」
違う。
前世絡みで気分が悪いというのはあるが、今顔をそらしたのは別の理由だ。
だって、スパーダが怖い顔で睨んでいるんだもの。
疑いと怒りに満ちたような目で睨まれるというのは恐怖だ。
顔をそらしたくもなる。
「戦場だからって変な気は起こすなよ?」
「どんな気ですか。彼で言う一次欲求ですか?」
安心してもらいたい。
私に殺人欲などないのだから。
「死体なら、前世とレムレースで散々見ましたよ」
―――ここは、北の戦場。
レムレース湿原を抜け、トートと呼ばれる補給拠点で休息と物資を得た私達はとうとうここまで来た。
辺りには、岩と落ちた弾丸と、規則的に動き回るギガンテス……。
リカルドさんの話では最前線はさらに北へ移動しているようなので、兵士の数は少ない。
少ないというだけでゼロではない。
血はいくらか見ることになっている。
……そんな道中で、テュケーの歪な愛情理論など聞きたくないし、見たくない。
私にまで影響が及ぼされ、私はハスタの側にいなければいけないという錯覚を起こす。
錯覚で、誰かを愛するなんて御免だ。
私の意思も意識も関与せず、恋だの愛だの……笑わせないでほしい。
「とにかく、私は大丈夫です。幸い戦闘待機中ですしね。リカルドさんのおかげで」
「あー……まぁな。ほとんど戦ってんのおっさんだもんな……」
私とスパーダは先頭をきって進むリカルドさんを見て、苦笑する。
元が軍人であるリカルドさんは、軍人の血が騒ぐのか先程から様子がおかしい。
「リトス!スパーダ!頭を伏せろ!そんな事では標的にされるぞ!!」
「……はい」
「へいへい……」
妙に生き生きしているし、完全なる軍人口調。
戦闘もほとんどが彼の独壇場。
普段は真面目で常識人であるリカルドさんだが、人はここまで変わるものなのか……。
ハスタも一応軍人であるはずだが、彼の場合はどうも想像ができない。
ちゃんと隊に所属し、キチッと整列し、敬礼をするハスタ……あ、ダメ。
想像すらできないなんて……。
決して私の想像力が乏しい訳ではない。マトモなハスタが分からないだけだ。
「こんな戦争が、いったいいつまで続くんだろうな」
しばらく進んだところで、文句でも言うようにスパーダが言った。
確かにいい加減うんざりするが、仕方ない……どうでもいい……そんな思いの方が、私は勝っている。
戦争の理由なんて、いつだってくだらない。
それが私の印象だった。
「天上界の争いに比べればずっと短いのでしょうけれど……」
「人は二人いれば争い合うもの。舞台が天であれ地であれ、残念ながらそれは変わらないさ」
天上界の戦争……はは。
それこそ、私にとっては争う理由どうでもよかった。
ただゲイボルグに愛される為の遊び場でしかない。
創世力を欲しいと思っても、結局すぐに要らないと切り捨ててしまったし……。
私が戦場に対して無関心なのは、きっとそれが理由……前世の影響。
「……ん……でも……」
完全に前世に取り込まれたら、私はハスタの為に人を殺すのか?
……ありえない。
私はやはり、彼に対して親愛はあっても愛情を抱いてなんていなかった。
私は別に彼に愛されなくても構わない。
愛されたいと渇望しているのは、ハスタの方。
「うん……そうだ……。ハスタの方が、テュケーの歪な愛情を持ってる……」
前々から思っていたが、ハスタとテュケーは“狂気的愛情”という部分で重なる。
本来私が色濃く受け継ぐであろうその重い想いを、ハスタが持っているように思う。
それだけではなく、ハスタとテュケーは重なる部分が多々あった。
「……」
ひとつだけ。
可能性がないとは言い切れない考えがない訳ではない。
だが認めたくないし、にわかには信じられない。
第一、そんな事がありえるのか?
「リトスー?置いてくよー?」
「……すぐ行きます!」
私のこの『答え』が正解であったとしたら……私は、一体何なんだ。
もう、やめよう。
何も考えたくない。
気のせいだ……どうでもいい……どうでもいい……。
考えるのは、やめだ。