緋の希望絵画 | ナノ

▽ 磨り硝子・3



その部屋には、絵の具やクレヨン独特のにおいが広がっていた。
美術室のようなにおい。
嫌う人はとことん嫌うにおいだ。
でも、これが嫌なにおいだなんて、私は思わない。
私は、絵の具のにおいが好きだ。
私は、クレヨンの粉まみれになるのが大好きだ。
それに落ち着きや、安心感すら覚えてしまう。

「さすが成果を出してくれますね、先生!前の個展、大成功でしたよ!」
「へー、そうなんですかー」
「先生の絵画の才能は神ですからね!ゴッホやダ・ヴィンチも越えましたね!」
「いや、越えてないと思いますけど」

この部屋―――アトリエには、大量の絵の具やキャンバスから画架……絵を描く為に必要な道具が置かれている。
一見散らかっているこの部屋は、見る人が見れば億以上の価値があるらしい。
それは、もちろん道具がという話ではなく。
色彩豊かな『絵画』たち。
……全て、私の描いたラクガキだ。

「やっぱり先生は天才です!次回の個展もお願いしますよ!」
「私は、ただ好きだから描いてるだけですよ」
「思えば、先生のデビューは6歳でしたね。6歳の少女が描いた花の絵って、当時ニュースにもなりましたよね。覚えてますよ、僕!」

テンションが高く、調子のいいマネージャー的な存在の男を横目に、私はキャンバスと向き合う。
この空間は好きだけど、仕事は好きじゃないなと思った。
私は、私のやりたいことをしたい。
それだけなのに。
……結局は、好きなことも才能というものに転換されてしまえば仕事というそれに繋がってしまう。
この部屋の有り様と、今までの会話を見れば、大抵の予想はつくだろう。

私は―――画家だ。

6歳の頃になんとなしに描いた花束の絵で有名になって、そのまま流れるように画家になった。
でも、私はただ絵を描くのが好きなだけで、他人に過度な期待を寄せられる人間なんかではない。
……小学生って、ラクガキ帳にラクガキするじゃないか、それも、思いっきり。
……それと、一緒だ。
私の絵っていうのは。

「……そろそろ終わりにします。疲れちゃったし」
「そうですか?ではお送り……」
「大丈夫です。家、近いんで」

お辞儀をして、私はこの仕事場から出る。
外は、絵の具のにおいがしない。
……当然だけど。
外に出た瞬間、何か虚しくなるのは……重症だろつか?
腕を空の方に伸ばして、私は軽く体をほぐす。
帰ろう。
そう思った時だ。
近くから、声が聞こえた。

「お疲れかよ、センセイ」
「……!」

聞きなれた声。
その声に、私の顔も緩む。
声のした方を見ると、声の主は得意気に笑っていた。

「大和田くんっ!」
「よ。お疲れ、流火」

私に軽く手を上げて笑っているのは少し……、少しユニークな髪型をしたとても大きな男の子。
彼の名前は、大和田紋土。
幼い頃から兄妹同然に育ってきた、幼なじみ。
私が心を許す、数少ない人だった。

「迎えにきてくれたの?」
「まぁな。今日お前の家で飯食おうと思って」
「最近毎日だね。そろそろお金とるよ?」
「なんでそうなるんだよ。いいじゃねーか、減らねーんだから」
「ご飯だよ、減ってるよ」

大和田くんがうちに来て、ご飯を食べに来るのは珍しいことじゃない。
むしろ居候したら、と言いたくなるほど私の家に馴染む始末。
私と彼の家は近いし、幼なじみだし、目立つ問題はない。
……彼の家が荒れていることも、よく知ってる。
だから、私も、私の兄も、何も言わない。
どうせ、私の家も親はいないんだ。
私と兄しか住んでいないんだから、むしろ歓迎する。
だからこそ、言いたい。

「もう私のうち住んじゃえばいいのに」
「い、いや、さすがにそれは……」
「問題あるの?」
「問題だろ、いろいろ!お前女だぞ!」
「……だから?」

真っ赤になって怒鳴ったり。
逆に小さくボソボソ言ったり。
いつもの事と言えばいつもの事なのだが、今更そう言ったことを気にする間柄でもないだろうに……。

「大和田くんってさ、変だよね」
「ケンカ売ってんのか!」
「売ってないよ。私、真実しか言ってないもの」

きっぱり言うと、大和田くんは何かを言いかけ、……結局何も言わなかった。

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