緋の希望絵画 | ナノ

▽ 磨り硝子・4



「まぁ、いいか……ほら、さっさと乗れ」
「うんっ!」

そして私は、大和田くんに「乗れ」と指示されたものに乗る。
それはバイクだ。
単車。
うん、どこから見ても大型バイク。
大和田くんという人は、頼れるし、強いし、優しい。
でも彼にはそのユニークな髪型を裏切らない通りの素行を働く人間であった。
珍走団……、所謂、暴走族というやつか。
関東最大最強の暴走族、『暮威慈畏大亜紋土』2代目総長。
すごい問題さえ起こさなければ、私からは何も言わない。
夜中に騒ぐのは正直やめてほしいが、それが彼なりのお仕事だ。
文句を言ってもしょうがない。
そもそも、文句を言って止めてくれるのなら、とっくに止めているはずだ。

「……暴走族へのこの理解力は、慣れかな……私」
「流火?何か言ったか?」
「ううん!何もー」

まず、幼なじみの彼が暴走族。
彼のお兄ちゃんも、暴走族だった。
更に言うのであれば、私の兄もそうだった。
つまり周りは暴走族の不良ばかりになる訳で、私にとってはそれが普通であったのかもしれない。
まあ、暴走族の何が楽しいのか、それはさっぱり分からないが。

「んじゃ、行くぞ」
「うん、安全運転で……」
「オラァ!!」
「だから安全運転ってばー!!」

でも、不思議とバイクに乗せてもらうのは嫌いじゃない。
風を切る感覚は、癖になるものがある。
それは分かる。
分かる。
……の、だけど。
本気で安全運転というやつは大切にしてほしい。
私の為にも、彼自身の為にも。

「流火、着いたぞー。……んな死にそうな顔すんなって」
「速い……、速いよ……、振り落とされたら絶対死んじゃう……」

交通法はどこへいったのか。
そんなのが通用しない相手だから厄介だ。
文句を押し殺して、バイクを降りた私は掛けていたショルダーバッグから家の鍵を探しながらアパートの階段をのぼる。

「いつ見ても古ぃアパートだな。お前の稼ぎならもっといいとこ住めるだろうに」
「いいの。私もおにぃも、ここが好きなの」

……私の稼ぎなら、もっといいトコに住める。
私だって、そう思ったことがあった。
でも、それを兄が認めなかった。
変なプライドか兄としての意地か。
兄は私の稼ぎに頼るなんてことしなかった。
だから私も、いつのまにかお金のことを口にしなくなった。
全てが兄任せだ。

「那由多くん、ただいまー!」
「おっ、おかえり。紋土も一緒か?」
「うん、いるけど……ダメ?」
「いいや、構わないさ。というか、迎えに行かせたの俺だしな」

家に入れば、兄の人当たりの良さそうな笑顔に迎えられる。
戸叶那由多。
私の兄。
歳は二つ離れている。
幼い頃に両親を亡くし、ずっと二人で育ってきた大切な、唯一の肉親だ。
アルバイトをいくつも掛け持ちしながら、国立大学に入学できた学力を持つ、元不良ながらデキる人間。
元不良……、かつての姿は暴走族。
暮威慈畏大亜紋土の特攻隊だとかなんとか。
大和田くんの兄、大和田大亜が総長だった頃の話だけど。
今ではチームを抜け、近所のおば様たちに好かれる好青年。
私はおにぃとか、那由多くんとか、……まあ気分でそう呼んでいる。

「あぁ、そうだ。流火に大事な話があるんだ。紋土からもう軽く聞いてると思うが、」
「え、なに……?」
「……あ、悪ぃ。言うの忘れてた」
「お前、言っとけって言っただろ?……まぁいいか。流火、とりあえずこれを見ろ」

大事な話というやつがなんなのか分からないまま、私はおにぃがテーブルの上に置いた封筒をじっと見る。
茶封筒には中央に大きく“入学通知”と書かれていた。

「……那由多くん。私、もう立派な高校生……」
「とうとう退学になったんじゃねーか」
「妙に現実味あること言わないでよ!…って、え え!?嘘!?何で!?不登校だから!?でもそれは仕事で……!!」
「紋土、からかうな。確かに今の学校は辞めることになるけど」
「ええええっ!?」

パニック状態の私に、兄は封筒を私の目の前に持ってくる。

「送られてきたところ、よーく見てみ」
「送られてきたところ……?」

私はじっと封筒を見つめる。

「……ん?……え?……、……え?」

思考がこんがらがる。
辛うじてフリーズはしてない。
けれど、それも何とかだ。

「な?すごいだろ?あの“希望ヶ峰学園”からきてるんだ」
「エリートの学校、だっけか?」
「あぁ、あらゆる才能が集う学校だ。いいな、流火。俺も行ってみたかったよ」
「な、な、な、なんで君らそんなゆったりとしてるの!」

すると、大和田くんが呆れたような顔をする。

「だってよ、お前ならスカウトされるだろ。普通に」
「だからって……!」
「あ、紋土にもきてるんだってよ。すごいよな、お前ら。幼馴染みで超高校級。お兄ちゃんは鼻が高いよ」

那由多くんのおかげで、今度こそ私の思考はフリーズした。

「何故!?大和田くんも!?」
「“超高校級の暴走族”なんだってさ」

……あぁ、そうか。
……あぁ、なるほど。
なんとか頭で理解しようとする。
しかし、そうそう上手く動くはずもない。

「暴走族って……、8割くらい犯罪じゃ……?」
「いやー、下手したら10割」
「那由多の兄ぃだってゾクだったでしょーが!」
「ははーっ」

大和田くんに言われた那由多くんは実にうさんくさい笑顔を作った。
その笑顔のまま、私の方を見てくる。

「すごいな、流火ちゃんはー」
「……えっ?あ、あぁ……うん……?」

自分の入学通知を確認して、私は小さくため息をついた。

「よーし、今日はお前らの好物作ってやる。紋土、お前なに食いたい?」
「じゃあ肉で」
「ざっくりしすぎだ、それは」

大和田くんと那由多にぃの声を聞きながら、私は入学通知の中身を見る。

『貴女を、“超高校級の画家”として、』

……画家。

超高校級の画家。

私は、絵が好きだ。
描くのも、見るのも。
抽象画が好き。
いや、何だって好き。
どんな絵だって嫌いじゃない。
だけど。

“超高校級の画家”なんて……、いまいちピンとこない。

「流火」

兄が、私を呼んだ。

「お前はオムライスでいいな?」
「……うん、いいよ。あっ、グリンピース入れないでね!卵はチーズと―――」

違和感は、消えない。

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