緋の希望絵画 | ナノ

▽ 上辺の偽善・4




みんなが散り散りになっていく。
その中で私はまだ二階にいた。
二階の図書室の前に、ぽつりと立っていた彼女を見ていた。

「腐川さん?」

私は図書室の前でぼんやりとする腐川さんに声をかけてみた。
腐川さんは私の姿を見るとギョッとした顔をする。まるで化け物でも見るかのような顔だ。

「な、何よ……あたしに何の用よ、戸叶……」
「いや、用はないんだけど……」

たまたま見かけただけだし……。

「……は、はぁ?用事もない癖に、あたしに話しかけたって言うの?ふ、ふん……!ど、どうせあれでしょ……あたしに勝手に喋らせて、あたしの忌まわしい過去を掘り返そうって言うんでしょ……?そうなんでしょ……!?」

腐川さんはないことないこと連ね重ねて吐き出した。
初対面からずーっと思っていたことだが、腐川さんはちょっと被害妄想が過ぎるんじゃなかろうか。
作家としての豊かな想像力と言ってしまえばそれまでだが、ネガティブも果てを極めている気がする。

「あ、あんたみたいな女は大和田みたいな不良に媚びて外敵から身を守ってるんでしょ……!ず、ずっと守られずにいじめを受けてきたあたしの気持ちなんて分かんないわよ……!!」

彼女は頼んでもないのに言葉と発言を繰り返す。
ただの被害妄想なら私も苦笑いで済ませた……が、今の彼女の発言は、少し見逃せない。

「ねぇ、ちょっと腐川さん。私が大和田くんに媚びてるってどういう意味」
「そのままの意味よ……ああいう力だけの馬鹿の背中に隠れて自分が強いと錯覚してるんでしょ、あんたは。自分の気に入らないヤツがいればあいつに頼んで潰してもらうのよ……!」
「そっ……そんなことしてないよ!言いがかりはやめてくれないかな!」
「近寄んないでよ!あたしまで潰すつもり!?」

そんな逆ギレされたって。
私は大和田くんに媚びてなんかいないから、否定するしかないんだ。

「……何て言えばいいのかな」
「はんっ……い、言い訳くらないなら聞いてやるわよ……言ってみなさいよ」

ムカつく言い種だな、まったく。
私は過去の出来事やら今の考えやらを頭の中でまとめて腐川さんに語ろうと思った。
しかし、どうも上手くいかない。
元々誰かに話すような内容ではないし、話しても無意味なことだったから、どう話せばいいか分からなかったのだ。

「んー……私も、いじめられっ子だったけどさ、助けてなんて誰にも言わなかったよ?ひたすら溜め込むタイプだった」
「は……はぁ?あ、あんた……いじめられっ子、なの?嘘、でしょ?」
「ううん、本当。小学校から今までずっと……いや、私が画家になってから、かな?」

私が自分と同じいじめられっ子という同族意識か。
腐川さんは急に静かになって私の話を聞いていた。
話し終わったら、その時はその時で何か言うんだろうけど、少なくとも今は大人しく聞いてくれるようだった。

「教科書とかノートとかイタズラされてさ、んで大和田くんがそれ見つけると犯人探すんだよ。犯人探して……」

そして……うん。やっぱり、潰す。
なんの解決にはならない。たとえ潰されたとしても、私へのいじめがなくなる訳ではなかった。

「私は犯人知ってても、大和田くんやおにぃたちに告げ口しようなんて思わなかったよ。……ほら、媚びてなんかないでしょ?大体、私は大和田くんに媚びれるほど可愛い女でも、いい子でもないんだから」
「口だけではなんとでも言えるわよ……」
「でも最初ほどの威勢はなくなったね」

文句被害妄想、その他もろもろを言われると思ったが、腐川さんは私から目をそらしただけだった。

「……ここはさ、居心地いいよね。みんないじめなんてしてこないし、仲良くしてくれる。普通の学園生活だったら、かなり充実してたと思うんだ。……ま、コロシアイなんて、認めないし、誰もやらないだろうけどさ……」

気にかかるのはどこかの御曹司だが、彼は私たちとは住む世界が違いすぎる。
私たちが彼を理解するのも、彼が私たちを理解するのも、それなりの時間を要するだろう。下手をしたら、一生分かり合えないかもしれない。
……とりあえずは、置いておくことしかできない。

「あたしも、コロシアイは嫌よ……」
「えっ」

腐川さんから発せられたその言葉に、私は意外だという印象を持った。
腐川さんは誰よりも疑心暗鬼で、十神くんみたいにコロシアイ賛同派かと思っていたから。
……しかし、彼女は違う意図を持っていた。

「絞殺なら、百歩譲って許すけど……血を流されるのは、嫌……」
「……あのさ?どっちも嫌だよ?」

百歩譲られても千歩譲られても、殺人は嫌だ。

「血が流れるのが嫌なら、最初から誰も死なないようにって思おうよ……」
「……………………」

腐川さんは長く黙り込んでしまった。
そして彼女は、私の左手に視線を向けた。
だいぶ傷が癒えてきて、今は大きめの絆創膏に包帯を軽く巻いただけの左手だった。

「……死人じゃなくても、血を見るのは嫌なの」
「血が嫌いってこと?」

いやいや、好きな人なんていないだろう。何言ってるんだ私。

「ち……血が……苦手、で……た、倒れちゃうのよ。血を見ると……」
「血液恐怖症?」
「そ、そうよ……わ、悪い?」
「ううん、悪くないよ」

恐怖症なんて仕方がないもの。
私はなんだか少し、心にゆとりができた気がした。

「私、私もね、火恐怖症なんだ。恐怖症仲間だね!いじめられっ子仲間でもあるし……私と腐川さんって意外と仲良くできるかもね!」
「やっ、やめなさいよ!仲間仲間なんて……く、くだらない!」
「えぇ?そうかな……居場所ができていいもんだと思うのに」

確かに、私と腐川さんはまだそんなに会話を重ねたわけではないし、親しいなとも思ったわけじゃないけど。
でも、微かな共通点があるんだから、そこから協力したり仲良くなれたりできるかもって、ちょっと期待したのに……。

まぁ、その共通点が恐怖症といじめられっ子っていう、あまりいいものじゃないけどさ。

「な、仲間なんて……あたしはいらないわ。都合よく利用するに決まってるもの」
「じゃあ、親しくなったら仲間って呼んでもいい?」
「はぁ?」
「腐川さんのこともっと知って、君も私のことをもっと知ったら……仲間って呼んでいい?」

私は、彼女と仲良くなってみたいと思った。
私が得意なタイプの人じゃないけど、でも、彼女を見ていたら興味が湧いてしまった。

彼女の内側にある色に。

今見えている彼女は、夜闇の色をしていて暗いものなのだが……内の色は違うんじゃないかと直感的に思った。
だから私は、彼女と仲良くなってみたい。
彼女の色を知りたい。
私の行動と思考は単純かつ幼稚なものだった。

「腐川さんの書いた小説とか読んでみたいな。いい?読んだら感想言うからさ」
「は……えっ?え、え?あ、あたしの、小説を……?」

私は頷いた。
腐川さんは恥ずかしそうに顔を真っ赤にする。
へぇ……こんな顔をできるんだ。

「あ、あんた、あたしが何の小説書いてるか、知ってるんでしょうね……?」
「恋愛小説でしょ?」
「……そ、そうよ!悪い!?」
「いや、悪くないけど……」

まず私は本を読まないので恋愛小説がいかなものなのかよく分からない。
私は腐川さんに両手を開いて突き出した。

「読ませてよ」
「……い、いいけど、読んで笑ったら承知しないわよ……!」
「笑わないよ……」

私は苦笑しながら、歩き出す腐川さんの背中を追いかける。
そうして着いたのは腐川さんの部屋だ。

「待ってなさい」

部屋には入れまいといった感じに威嚇して、腐川さんは自分の部屋に入った。
しばらくして、数冊の本を持ってきた。

「ほら」
「あっ、ありがと!」

その本を両手に抱えて、私は腐川さんに笑いかける。

「あ、あんたの脳ミソじゃ理解できない部分もあるかもしれないけどね……」

そんな悪態をついた彼女は部屋に戻って、もう出てくることはなかった。
しばらくそこに立ち尽くした私は頬が緩むのを感じてその場を離れた。

ちょっとは仲良くなれるかな?

そう期待しながら。

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