緋の希望絵画 | ナノ

▽ ねぇ、見てる?・2




「流火ちゃん!まずは水練場から行きましょう!」
「えっ、う、うん!」

さやかちゃんが私の右手首を掴んで、引きずるようにして私を『水練場』とかいう場所に連れて行った。
水練場……プールとか、そういうのかな?

「あ、戸叶ちゃん!聞いて聞いて!!」
「あ、朝日奈さんっ…?」

水練場には、テンションの高い朝日奈さん、セレスさん、不二咲さん、桑田くんがいた。
朝日奈さんは鼻息荒く、部屋の中にある扉に向かって指を差しながらブンブンと上下に振っていた。
テンション高っ……。

「奥にね、プールがあんの、プールが。プールがあるんだよ。プール、プール!」
「そんなに連呼しなくても、分かったっつーの……」

桑田くんは散々聞かされたのか、少しげんなりとしていた。

「しかも、更衣室にはトレーニング機器が勢揃いッ!さくらちゃんが知ったらスゲー喜ぶよ、絶対!!」
「う、うん……」
「プールがね、結構キレイで広くて泳ぎやすそうだったよ!あ〜、ウズウズ通り越してムズムズしてきたッ!いや、ムカムカしてきたッ!!」

なんで、怒るんだろう。

「二階が解放され、生活空間が広がって、プールのような運動施設も使用可能となり…これで、学園生活がより快適になりましたわね」

セレスさんは満足げに優雅な微笑みを浮かべた。
彼女はなんだか、この生活を楽しんでるように見える。
そんなはず、ないと思うのに。

「不二咲さん、プール行ってみた?」
「ううん……水着は、着たくないからぁ……」
「あ、そうなんだ……?」

まぁ……好き好んで着るものじゃあないか。

「でも……ここの更衣室にはトレーニング機器が揃ってるらしいんだよね……それは使ってみたいかも……ちょっと体鍛えたいし……」
「体を鍛える?君が?なんだか意外だね」
「だけど……更衣室に入るのは……ちょっと……勇気がなくってぇ……」
「更衣室に入りたくないってこと?」
「入りたくないって言うか……その……」

なんだか、よく分からないけど……更衣室が苦手なのかな。
更衣室が苦手ってのも、意味不明だけど……。

「えーと……この向こうが、更衣室?」
「あ、更衣室に入るには電子生徒手帳が必要みたいだぜ」
「そうなの?」
「ああ、そう「そーなのですッ!!」

桑田くんの顔と声に被るようにして、モノクマがひょこっと現れた。
さやかちゃんと朝日奈さんが小さな悲鳴を上げる。

「どっから出てきたのさ……このクマは……」

私の文句に似た疑問をスルーして、モノクマは更衣室の説明を始めた。

「更衣室のロックを解除するには、ドアの横にあるカードリーダーに自分の電子生徒手帳を重ねてください。ただし、更衣室のセキュリティーには万全を期す為、男子の電子生徒手帳で入れるのは男子更衣室のみ。女子の電子生徒手帳で入れるのは女子更衣室のみ。と、なっておりますッ!」
「んじゃさ、ドアを開けてる隙に誰か……異性がこっそり入ってきたら?」
「そんな卑猥な事をする輩は不純異性交遊として容赦も情けもなく罰しますッ!あれで、ドドドドドドドドドドッて!!」

あれって何だろうと思って視線を上げると、私は一気に血の気が引いた。
天井に、ガトリングガンがぶら下がっている……。

「あんなので撃たれたら死にますけど!!」
「うわ……マジかよ……」
「桑田くん、気をつけてね!!」
「戸叶はオレを何だと思ってんの?」
「君なら覗きそうだなぁって」

桑田くんは反論してこない。
残念なことに返す言葉はないようだ。

「あの……電子生徒手帳を貸し借りした場合はどうなるんですか?男子が女子から借りれば、女子更衣室に入れてしまいますけど……」

さやかちゃんの言葉に、モノクマの全身がビクン!と大きく震えた。

「はッ!考えてなかった……!そんな卑怯で卑劣で鬼畜な方法があったとは!!うーん…じゃあこういうのはどうかな?校則に『電子生徒手帳の他人への貸与禁止』って項目を追加するの!!そうすれば電子生徒手帳を他人に渡せないでしょ?」
「そもそも、他人に電子生徒手帳を貸したりする人がいるとは思えませんけどね。悪用されたら……たまったもんじゃありませんし……」

まぁ、確かに、その通りかも……。

「残念だったね、桑田くん」
「だから、お前はオレを何だと思ってんの」

不満そうな桑田くんに私は苦笑いで応じた。

「いいんだ……覗けねぇなら水着で我慢する―――なぁなぁ!せっかくプールがあるんだし、今日みんなで泳がねぇ?」
「桑田くん、最初の言葉ただ漏れだけど」
「細かいことは気にすんな!どーよ、戸叶ちゃん!舞園ちゃんも!」

下心丸見えな桑田くんに、さやかちゃんは完全に困り顔だ。

「いいねぇ!私も泳ぎたい!」
「おぅ、朝日奈も大歓迎!つーか女子は大歓迎!!」

“みんな”で泳がないかと聞いてきたのに、完全に女子目当てだとバレるような発言……まぁ、桑田くんらしい。
桑田くんなら仕方ないと思うのだから、不思議だ。

「なら私、苗木君や他のみんなも誘ってみますね」
「さぁ戸叶!お前も泳ぐよな!つーかお前らも入るよな!」

必死な形相で桑田くんは私とセレスさん、不二咲さんに詰め寄っていた。
……こ、怖い。

「わたくし……お顔が水に濡れるのは苦手ですの…」
「ごめん……遠慮しておくよぉ……」
「私は……カナヅチだからさ。泳げないから……」

見事に、流れるような感じで、私たち三人は丁重にお断りを入れた。
桑田くんが絶望感溢れた顔をしたのが面白くって、なんだか笑えた。

顔が少し緩むと、水練場の出入り口である扉が開いた。

「お、ここにいたか流火」
「あっ、大和田くん」

大和田くんはため息をついて、私の頭の上に手を置いた。

「玄関の例の鉄の塊、調べてきたんだが……チッ。やっぱりあそこが開くなんてこたぁなさそうだな……」
「そっか……やっぱりそんな都合よくはいかないよね」
「おいッ!!んな、しょぼくれた顔すんじゃねぇ!気合入れたろっか?あぁん?」
「いえ、気持ちだけで充分です」

というか眼力を利かせるな。怖いから。
不二咲さんが今にも泣きそうな顔してるから。マジで。
絶対こいつは目だけで人を殺せると、私は思ってる。

「はッ、そうかよ……んじゃ、とっとと食堂戻ろうぜ」
「え?ま、待ってよ。私まだっ……」
「いいから、行くぞ」

私の意見なんて無視だった。
大和田くんは私の首根っこを掴んで、引き歩く。

朝日奈さんと不二咲さんとさやかちゃんが気まずそうに手を振り、桑田くんがご愁傷様と言わんばかりに合掌している。セレスさんは私など気にも止めていないようだ。

水練場を出て、二階を詳しく見ることもできず、私は一階に戻ってきてしまった。

……これはちょっとくらい大和田くんに文句を言ってもいいんじゃないだろうか。
私は大和田くんの顔をチラッと覗きこんでみた。

「……クソッ」
「……大和田、くん?」

彼はイラついていた。
顔も、不快さと焦りのようなもので塗り固められている。
なんか、イラついてる?
それから、手が汗ばんでる……。

「出口は、どこだっつの……」
「……」

独り言であるその言葉を、私はどこか遠くから聞いた気がした。

あぁ、そうか。
彼は、早くここから出たいんだ。
大亜にぃとの“約束”を守るために……。
だから、こんなに焦ってるんだ……。

そう納得すれば、私はそれ以上疑問を持ちはしなかった。

「大和田くん。大和田くんってば」
「あ……流火?なんだ?」

私が声をかけると、大和田くんはふと我に返ったように、いつもの顔だ。
いつもの気迫は感じなくても、焦りに満ちているよりはずっとマシ。

「流火?」

私から声をかけたのに私が何も言わないからか、大和田くんが不思議そうな顔をする。
私は、無性に彼を困らしたいと思った。

「なんでもなーい」
「……ンだそれ」

ほら。
私がなんでもないと笑えば、君は困ったように笑う。
理由は簡単だ。彼は頼られるのが好きだから。
頼ってもらえると期待して、何でもないと期待を外される。そしてどうすればいいか分からないから、困ったように笑うだけ。
甘えればいいのにと、大和田くんの顔が訴えていた。

「あのね、なんでもないんだけどね」
「ああ?」
「早く、早くここから出られればいいよね」
「ああ」

大和田くんは私の頭を乱雑に撫でた。

「わっ、ちょっと!髪の毛ほどけちゃう!」

髪に触れると、ボサボサになっていた。
きっとポニーテールは崩れてしまったのだろう。

「……」
「結んでやるって。だからそんな睨むんじゃねーって」
「君が結ぶの当たり前だよ。君がボサボサにしたんだもん」

ポニーテールを完全に解いて、私はゴムを大和田くんに渡した。
背を向けると、大和田くんは私の髪を持ち上げた。

「長ぇな……」
「うん。伸びたよね」
「中学からだっけか。お前が髪伸ばしたの。小学校ん時は肩より下になったら切ってたクセに」
「女の子になったからいいの」
「そうかい」

大和田くんは「はい、終わり」と言って私の頭を再び叩いた。
今度は軽く。髪が崩れないように。

「ありがと」
「おう」

大和田くんは笑った。
その笑顔に私は安堵を覚える。

大丈夫。
大丈夫だ。

―――そして、私は疑問を抱いた。

一体“何”に、“大丈夫”だと思ったんだろう。って。

疑問が解けないままなのに、私は思考にひっかかる糸を解く。
気にしないのが一番だと。
私はそう思った。

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