▽ 命なんて追い付かず・1
自室に戻って寝ると宣言した俺だったが、寝るなんて無理な話だった。
心臓のあたりに何かが突っかかっているような気がして気持ちが悪い。
先程から落ち着きもなくベッドに横になり、寝返りを打ち続けている。
「あー……クソッ。……クソッ!!」
苛立ちを表してみるが、これ以上虚しいこともない。
どうして俺はこんなに苛立っているんだと問えば問うほどに苛立ちは増す。
流火だ、流火。
全部流火が悪い……。
「……流火が悪いって思い込もうとしてる自分が、1番腹が立つんだろうが……」
酷く落ち着いた声音で吐かれた己の声に、俺はハッとした。
自分が気付いてしまっていることに対して、心臓が今までよりも大きく跳ねた気がする。
しかし、その大きな鼓動と同時に心臓に突っかかっている何かが取れるような気もした。
「……ち、違う。違う違う違う違う」
絵の具が水に溶かされていくような感覚がして、俺はそれを必死に振り払った。
「俺は強いんだろ……強い強い強いんだ……なら、何で、もっと……ッ」
以前まで呪いや暗示のように事ある度に呟いていたその言葉を呟く自分に対して、俺は激しい嫌悪感を抱いた。
何だよ、俺は全然変わってないんじゃないか?
いいや、疑問符ではない。
変わっていない。
言葉でいくら宣言したって、俺自身が変われないんじゃ意味がない。
それこそ口だけなら何とでも言える、だ。
「口先だけだから、流火は俺を見限ったのか?」
……違う、それこそ違うだろ。
俺の願望って訳じゃなく、流火はそんなことはしない。
例え俺が口先野郎だったとしても、流火は俺を見捨てない。
“あの時”、何があっても俺を「見捨てない」と彼女は断言した。
加えて「自分にも抱えさせてほしい」と言っていた。
その言葉はその場しのぎのものなんかではなく、俺が「大丈夫」と言うまで有効なんだろう。
彼女は依存をやめろと言ったが、それ以降も依存させてくれていた。
甘いのか、優しいのか……何とも中途半端で息苦しくなる優しさだ。
息苦しいと感じるのは俺が成長していないからなのだろう。
流火の慈悲に縋る自分を考えるだけで、情けなくなるから。
でも、実際そうだ。
「……俺は、強くなんかねぇ」
今までも流火に「俺は弱いな」なんて言ってみせることはあった。
しかし流火の前で言う「弱い」とこれは明らかに意味が違った。
いわば流火への「弱い」は口で言うだけの、見栄を張った自虐のようなもの。
見栄を張る必要もない俺1人の空間でのこの言葉は凄まじい重圧を持っていた。
「……あーあ、」
認めてしまった。
本当の意味で。
「俺は弱い」
認めてしまって、更に苛立つかと思ったが、そんなこともなく。
むしろ心臓の突っかかりはもうほとんど気にならなくなっている。
認めてしまえば、受け入れたことになるからか。
しかしその瞬間に激しい後悔が押し寄せてきた。
「……流火や兄弟たちや大神に、すげー八つ当たりみてぇなことしてたな、俺」
もしかしたら八つ当たりの方がマシかもしれないと思った。
これは八つ当たりなどではなく、子供の駄々や癇癪のようにも思え、我ながら呆れる。
「……悪ぃことしたな、」
悪ぃじゃないだろうと更に呆れる。
呆れるし、自分に苛立ちもするが。
「……」
俺は寝返りを打った。
どうにも、謝りたいという気持ちが起きない。
いいや、謝りたい気持ちはあるっちゃあるが、素直に謝れる気がしないという意味で。
顔を合わせようものなら、心無いことを言える自信が無駄にあった。
どうする、寝るか。
いや、寝れねーよ。
「……あ?」
そんなことを悶々と思いながら、気でも紛らわすように寝返りを続けて、俺は“それ”に気が付いた。
「……何だ?」
俺はベッドから身を起こし、“それ”に近付く。
ドアの隙間から覗く白い紙……。
いつの間に挟められていたのかは分からないが、俺が部屋に戻った時にはなかったものだから、部屋に戻ってから挟められたものに間違いはないだろう。
まったく気が付かなかったが。
「……」
俺は紙を手にして、表に返した。
「……ッ!?」
文面を見て俺は目を見張る。
紙は手紙で、内容はどうやら俺に向けられた呼び出しであった訳だが、問題は差出人だ。
大神さくら……。
あの女だった。
『大切な話がある。
昼前に娯楽室に来てほしい。
大神』
たったそれだけの文章だ。
これは……どうするべきだ?
だってあの女は、黒幕の内通者で―――。
「……」
いいか、もう。
つまらない虚勢なんかいらねぇか。
「……って、もう昼過ぎてんじゃねぇか……!」
手紙を部屋に置いたままにして、俺は部屋を出た。
今向かうべきなのは、娯楽室だ。
流火は……その後だ。
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