▽ それが愛か恋として・1
大和田くんの部屋。
もっと正確に言えば大和田くんの部屋の前。
あくまで外。中にいる訳じゃない。
「……」
大和田くんに会いたいと来てみたはいいものの、私は部屋の前に立ち尽くしていた。
「……やっ、やっぱり帰ろうかな……」
大和田くんは……療養中だ。
起きているかも分からない。
「会いたい」という私のワガママで叩き起こしていいようなケガではない。
私だって絶対安静と言われたのだし、大人しく部屋に戻った方が利口かもしれない。
うん、そうだよ。
「よし、帰ろう……!」
逃げることは悪いことじゃない。
逃げることのも勇気です。
体当たりばかりで砕けるよりもずっとマシだ。
そう思って私は自室に戻ることにする。
「―――……戸叶、か?」
「……ッ!」
低い声がかかった。
その声が誰かはすぐに分かった。……大神さんだ。
大神さんが大和田くんの部屋から出てきた。
「……えっと、こんにちは……いや、こんばんは……かな?大神さん……」
どうやら、タイミングが悪かった。
私が大和田くんの部屋を離れると決めたのと、大和田くんの付き添いである大神さんが部屋を出ようとしたのはほぼ同時だったらしい。
さっさと部屋に戻れば良かったと私は後悔した。
「丁度良かった」
「……へっ?」
「今から呼びに行こうと思っていた所だ」
「ええーっ……」
どうやら、私が早く部屋に戻ったところで意味はなかったらしい。
私が自ら大和田くんに会おうとしなくても、会わされることになっていたらしい。
……でも、大和田くん……まだ目なんて覚ましてないはずだ。
……そんな状態で会ったって……。
「正直、驚いた」
「……?」
「体力的なものとはまた違う……精神的なものなのかもしれん」
「……あの、何の話?」
首を傾げる私に、大神さんは口元を緩める。
いつも厳しい表情の彼女が柔らかい表情をしているというのはなかなかに新鮮だった。
「大和田の目が覚めた」
「……はぁっ!?」
思わずそう叫んでしまった。
純粋に嬉しいと思うよりも疑念が浮かび上がる方が先だった。
だって、「目が覚めた」って……あのケガで?
でも……大神さんはこういう類の嘘も冗談も言わない人だろうし……。
……じゃあ。
「ほ、本当に?大和田くん、目、覚めた……?」
「動くのはまだ難しいだろうが……大丈夫だろう。お主に会いたがっている」
「……大和田、くん」
私は自覚する。
私はどうやら、よほど大和田くんに会いたいらしい。
よく分からないんだけど……会いたいみたいだ。
「大和田よ。戸叶だ」
大神さんは大和田くんの部屋の扉を開けた。
私が先ほどまで開けるのを躊躇っていた扉を、いとも簡単に。
扉は開かれたが、中に入るのはやはり躊躇してしまって、私は大神さんのうしろに隠れてウダウダ考える。
大和田くんと顔を合わせて、私は一体何を言えばいいんだろう?
何て言ってあげるのが、いいんだろう?
「……戸叶よ」
「ま、待って、ちょっと待って。い、今何を話せばいいか必死に考えてるから……!」
「その元気な顔を見せてやるといいだろう」
「えっ?」
私は大神さんを見上げる。
彼女は私を見ないままに、中に入るよう諭した。
「言葉など不要だ。お主の姿を見せてやれ」
「……それだけでいいの?」
「大切なものが無事であること。それだけで十分だ。……我はそれだけで幸福だと思うぞ」
「……うんっ!」
何て言うかは、決まらない。
でも、別にいいかって思った。
彼が生きてそこにいてくれるのなら、私だってそれで十分だった。
「―――紋土くんッ!!」
ベッドに身を置いて上身だけを起こしている彼は、笑っていた。
泣くことはなかった。
だって泣いたら、前が見えなくなるから。
せっかくの笑顔も、滲んでしまうから。
私は感情に任せるままに、紋土くんに飛びついた。
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