とある少年の話

初めはほんの気まぐれだった。

その日は自分でも分解出来そうな機械を探して中央区に来ていた。最近のマイブームは携帯電話だったので、またその辺りのものが見つかればいいかなーとゴミ山の上を徘徊していると、自分と同じ歳くらいの子供を見つけた。

その子の手には古びたカメラがあり、それを嬉しそうに掲げているのを見てると、無性にそれが欲しくなった。自分と違って無力なものだと高を括り、半ば横取りするような形でカメラを奪おうとしたが彼女は意外と力が強い。おかしいと思って彼女をよく見てみると纏をしていた。こいつ、念能力者か。これ以上長引くのも面倒だと思い引き下がった後、どういう訳か俺は件のカメラを修理すると申し出ていたのだ。そんな自分に一瞬動揺したが、すぐに思い直す。そう、ただの気まぐれだ。汚れていても尚綺麗な黒髪と、大きくて真っ黒な目がなんとなくクロロを連想させたから。ただそれだけ。

次の日宣言通り修理したカメラを持っていった。遅い、と不機嫌そうに呟いた彼女もカメラがきちんと動くのを確認すると、大きな黒い瞳をこぼれ落ちんばかりに見開いていた。どうやら感動しているらしい。クレームも無さそうだし、渡す物も渡したしさっさと帰ろうと思い踵を返そうとしたその時、

「ありがとう、シャルナーク!!」

その時の彼女の笑顔を俺は今後忘れることができないだろう。クサいけど、まるで夜空の星を全部詰め込んだ、そんなキラキラした笑顔だった。そして俺は理解した。いつもなら絶対しないであろう、他人の持ち物の修理をしようと思ったのも、気まぐれではなかったということを。生まれて初めて、恋をしたのだということを。きっとあの目を見た時から彼女に惹かれていたのだ。

俺がそんな想いを抱いていることなど露知らずな彼女は俺を引き寄せて強引に写真を撮り、現像されたものを渡してきたと思ったらさっさと帰っていった。自分も人の事は言えないが、なんて薄情なやつだ。俺はとぼとぼ帰路に着こうとした、が、ここで重要な事に気がついた。

「ねぇ、俺君の名前聞いてないんだけど!!」

そう叫んだが彼女はもう大分遠くにいた。くそぅ、俺としたことがなんてミスを犯してしまったのだ。名前どころかどこの区にすんでいるかさえも聞いていない。

彼女から貰った写真をポケットに突っ込み、落胆を抱えて帰路についた。

  

「お、シャルか。遅かったな…どうした?すげぇ顔してんぞ」

「別に!なんでもない!」

溜まり場である廃工場の入り口にいたノブナガの揶揄いをあしらい、自分の定位置である何かの機械の上に腰を下ろした。ポケットの中を漁って写真を取り出す。そこには戸惑った表情の俺と、可愛い笑顔のあの子が写っている。ツーショットだ。無意識のうちにゆるゆると口角が上がり、ニヤニヤが止まらない。

やっぱ可愛いなぁとか、なんかどことなくクロロに似てるよなぁとか、あれこれ考えているうちにかなりの時間が経っていたらしい。何気なく顔を上げると目の前にフィンクスとフェイタンがいた。三白眼と細目がそれぞれ怪しく歪んでおり、この顔をしている時の二人はロクでもないことしか考えていないのを俺は知っている。

「何気持ち悪ぃ顔してんだよ。エロ本の切れ端でも見てんのか?」

「その手に持ってるものととと見せるよ」

写真に向かって伸びてきた手を慌てて払いのけた。

「ちょ、エロ本の切れ端でも何でもないし!勝手に見るなよ!!」

「じゃあ別に見てもいいだろーが」

「見るな言われたら見たくなるのが人の性いうものね」

迫り来る魔の手から逃げようと試みるも、やたら連携プレーが上手いこの凸凹コンビに敵うはずもなく。そう時間が経たないうちに写真は二人の手に落ちてしまった。写真を見たフィンクスが眉をひそめる。

「なんだこれ、女か?お前、遅かったと思ったら女としけこんでたのか。ガキの分際で」

「はあぁ!?フィンクスと一緒にしないでよ!!普通に写真撮っただけだって!」

「大して変わらないよ。写真と言えばお前、昨日カメラいじってたのと何か関係あるか?」

「そういえば…つーことはこの女と写真撮るために直してたってことか?」

「ハッ、だとしたら相当な笑い話ね。シャル、この女に恋でもしたか」

「まぁ見た目は悪くないわな」

「だー!!ちょっと黙ってよ二人とも!それも返して!!」

言いたい放題の二人から写真を取り返すべく奮闘していると、騒ぎを聞きつけてみんながわらわら集まってきた。面白がって観戦するだけで、誰も俺の味方になってくれない。それどころかフィンクスの「シャルが女に惚れた」という一言で一気に八対一へと形勢が傾いた。あれよあれよと言う間に簀巻きにされ、円の中心に転がされた俺はさながらクロロの読んでいた本にあった魔女裁判にかけられてるみたいだ。
そこからはやれどこで出会っただの、どこに惹かれただの、質問の嵐にあった。みんな他人を優先せずに好き勝手喋るから何を言っているのか聞き取れない。ジャポンの偉人の中には同時に沢山の人の話を聞き分けることができる人がいると聞いたことがあるが本当だろうか。俺には無理だ。もう面倒くさいからこのまま寝ちゃおっかな。現実から意識をフェイドアウトさせかけたその時、クロロの声が響いた。

「名前は?」

「え?」

「名前はなんと言うんだ?」

クロロがそう言った瞬間、辺りが水を打ったように静かになった。どうやらクロロの発言は優先するらしい。こいつらどんだけクロロのこと好きなんだよ。
でも残念なことに俺はその質問に答えることが出来ない。なぜなら、

「…知らない。聞きそびれたから」

そうか。そう言うとクロロは興味を無くしたように手に持っていた本を読み始めたが、他の奴らは一気に騒がしくなった。

「マジかよ!シャルぅ、お前名前聞くことすら出来ねーのかぁ?」

「まさか写真撮るだけ撮てさよならか?」

「せめてキスくらいしねーとなぁ」

「何言ってるの。知り合って間もないのにそんなことしたら嫌われるわよ」

「ばっきゃろー、分かってねぇな。男は度胸なんだよ!」

「ヘタッてんなぁシャル」

「でもどうすんの?どうせ何区に居るのかも聞いていないんだろう?どうやって会うのさ」

うぐっと言葉に詰まる。ぐうの音も出ない。だが他人事なのをいいことに好き勝手話すこいつらに頭にきたのもまた事実で。

「もー!!!みんなうるさいって!悪かったねヘタレで!あーそーだよどーせ名前も何区に住んでるかも聞けない阿保だよ!別にそれでもいいよ、絶対に見つけるから!!」

ウボォーやノブナガの野次も、マチやフェイの呆れた表情も気にしない。確かに当てはないけれど絶対に見つけてみせる。

そう心に誓ったはいいものの、どんなに探してもあの女の子は全く見つからず、結局再会できたのは流星街を出て大分時間が経ってからのことだったが、それはまた別の話。