ネン能力者になろう

シズクちゃんが来てから2年が経った。
初めこそみんなと距離を置いていたシズクちゃんだったが、今ではすっかり馴染んでいる。馴染みまくっている。

「おいシズク!お前俺の隠しといたチョコ食っただろ!!」

「そんな訳ないじゃん。やめてよね、そうやってすぐ疑うの」

「ニコルがお前が食ってたって教えてくれたんだよ!せっかく久々に綺麗な状態のやつが手に入ったから後でこっそり食べようと思ってたってのに!!」

「でも一欠片しかなかったじゃん。何の足しにもならなかった」

「おまっ、やっぱ食ってんじゃねーか!!」

ふざけんじゃねぇ!というアビの怒鳴り声とともにガシャアアアンという破壊音が廃れた礼拝堂に鳴り響く。
またかとため息を吐いたニコルが2人を、主にアビを落ち着かせるために立ち上がった。
ギャーギャー騒ぐ声と破壊音をそっとシャットアウトさせて思う。
あぁ、今日も平和だなぁ、と。

  

「アリス、エシラ、シロナ、シズク、今日から瞑想もメニューに入れていきましょうか」

そうねぇ1日30分を3セットほどかしら、とマリア先生の発言に名前を呼ばれた私達は揃って首を傾げた。
瞑想?何でまた急に?

「あ、先生、アリス達にも教えるの?」

「えぇ。シロナはまだ少し幼いし、早いかと思ったのだけれど。この際まとめて教えておこうと思ったの。」

「へーぇ。シロナ、死なないといいな」

「だから瞑想なんじゃない。死にはしないわ。大丈夫よ」

ね、と女神の微笑みを向ける先生及び少年2人。ね、と言われても全く話について行けません。ぷりーずてるみーもあ。

こんな感じでマリア先生の宣言通り、私達女子組は1日に3回の瞑想タイムが設けられたのだった。あの後先生から色々教わったけど、ボリュームがありすぎて細かいところは全く分からなかった。とにかく瞑想をすることによって超能力者になることができるらしい。どこかおかしい世界だなとは思ってたけど、そこまでとは思っていなかった。この世界にそんなSF要素があったとは…。

半信半疑で私達は毎日瞑想をした。ニコルとマリア先生は本当に使えるようになると言ってはいたが(アビの言葉は端から信じちゃいない)、気分はまるで怪しい宗教に入りたての見習い信徒だ。いくら2人がまともな人だと知っているとはいえ、正直とても胡散臭い。

そんなこんなで長い1週間が経過し、最早瞑想ではなく迷走しかけた時、私の体に変化が起こった。

夜中、ふと違和感を感じて目を覚ますと、なんと自分の体から湯気が出ていることに気がついたのだ。湯気が出るほど体が熱くなっているでもなく、ただモヤモヤと体から放出されているだけ。けれど少しずつ、でも確実に体の力が抜けている気がする。どうすればいいか分からなくて、怖くて、全力でマリア先生のいる部屋まで走った。いつものように丁寧にノックして一声かけてから入室する、なんてことはせずに力任せにドアを開けた。バキッと嫌な音を発して蝶番が破壊されたのが目に入ったけどそんなのいちいち気にしちゃいられない。

「先生!!」

「あらシロナもう夜更かしするお年頃になったの….ってあら?あらあらあらあら。精孔が開いたのね。」

「せいこう?」

この前先生に教えてもらったような気がするけど、なんだったっけ。全然覚えてないや。先生が困ったようにため息を吐いた。

「もう、この前説明したじゃない。ちゃんと聞いてなかったの?まぁいいわ、とにかく今はオーラの放出を止めないと大変なことになってしまうわよ。リラックスして。そのオーラを自分の体の周りに留まらせるように意識しなさいな。」

湯気を留まらせる….引きつける….

果たしてそんなことが可能なのか?いやそれを可能にするのが超能力者か、と頭の片隅でしたツッコミをデリートさせ、先生の言うことを意識してやってみる。引きつけるというのがいまいちイメージが湧かなかったので、私は風呂場の換気扇だと自己暗示をかけ続けた。どれくらい時間が経っただろうか。ふと自分の体が生温い何かに包まれていることに気づいた。体の力が抜けるのもおさまっている。あれ、なんかできたっぽい?
ぱち、と目を開けばぴったりと体に纏わり付いた湯気と、満足気な表情の先生が見えた。

「なかなか綺麗な纏ね。初めてにしては上出来だわ。」

まずはどんな時でもその状態を保てるようにするのが第一段階よ、そう言い残してマリア先生は私をぽいっと廊下に放り出し、部屋の中に引っ込んだ。

そのままここにいるわけにもいかなかったので、なけなしの力を振り絞り、大部屋へのろのろ歩いて戻った。なんだろう、大して遠くもないはずなのになかなか部屋に辿り着けない。やっとの思いで部屋に入ったと同時にぼてんと地味な音を立てて床に倒れこんだ。駄目だ、もう何も考えられない。疲労で思考能力が著しく低下してる気がする。湯気…いやオーラを留めただけなのに倦怠感が半端ない。恐ろしや超能力。これから私はこの疲労とお付き合いしていかねばならないのだろうか。壊れて隙間風が吹き込む窓がまだ夜明けまで時間があることを教えてくれている。明日は寝坊確定だな、と思いながら暴力的なまでに強い眠気に身を任せた。

それから1週間後にシズクが、さらにその1ヶ月後にアリスとエシラの精孔が開き、それぞれ無事に纏を習得した。

かくして私達は超能力者への第一歩を踏み出したのだった。