ウサギは街に繰り出した

潜在能力(ミミルグ)を使い進めるところまで進んだ後は、休みを挟みつつそこから1番近い都市へ走って移動した。

そうして着いたのはザルド地区にある商業都市、グラーツィア。パドキアの最東端に位置し、隣国との交流も盛んな都市だ。本当はこんな所まで来なくても、パラスタの空港へ行きそのまま適当な所へ高飛びするという選択肢もあったのだが、なんせ相手にするのはゾルディックだ。どうせ今頃パドキア中の空港に私の搭乗記録があるかどうかを虱潰しにあたっていることだろう。飛行船に乗ったなら空港で待ち構えられて即アウトである。
なので熱りが冷めるまでは交通機関はなるべく使わないようにすることにした。臆病な兎(モモン)を使っている間は近くにいる念能力者の行動が分かるようになっているので事前に察知するのは簡単だろうし(ウサ耳は隠で隠してある)、そもそも普通に走るのが1番早い。

そしてこの街で私が早々にやっておかねばならない事がある。それは新しい服を買う事だ。お母様のせいで私の服はレースたっぷりの、動きにくいドレスやワンピースしかない。逆によくこれを着て今まで訓練が出来ていたと自分を褒めたいくらいだ。くわえてこの服装を着て街中を歩くと物凄く悪目立ちする。これでも1番地味なのを着ているがそれでも十分派手なようで、周りの人達の目が痛くてしょうがない。やめて!そんなイタい子を見るような目で見ないで!!

そんなわけで一番に目に付いたショッピングモールへ駆け込み、グレーのパーカーとデニムのショートパンツにスニーカーを買ってそのまま着て店をあとにした。
今まで着ていたドレスやパンプスは全てそこら辺にあったゴミ箱にぶち込んでやった。重い鎧を脱ぎ捨てたみたいに身も心も軽やかだ。
あぁ、自由ってなんて素敵な響きなんだろう!

そのあとは観光がてらあちこち歩いて回った。くぅ、シャバの空気は美味いぜっ、と服役が終わった後の人間ぶってみる。キルとカルトの事が少し気にかかるけど、やっぱり逃げ出して良かった。

そうやって観光を満喫していた時、ウサ耳がぴくぴくっと反応した。複数の念能力者の気配、動きから察するにゾルディックの執事でほぼ間違い無いだろう。カサコソと、それこそゴキブリのように移動する集団の中に一人、洗練された動きをみせる人間がいる。運の悪いことにツボネが混ざっているみたいだ。他は特に問題無いがツボネが厄介だ。あのドーラおばちゃんのことだ。下手したらもう私に気がついているかもしれない。仮に今から潜在能力(ミミルグ)で移動したとしても、ツボネの念では簡単に追いつかれてしまう。ちっ面倒くさいなぁ。

50m圏内に入った。かなり距離を詰められてきている。沢山の観光客でごった返しているこの都市の中でも人気なストリート。こんな所にいたら瞬く間に捕まってしまう。折角手に入れた自由、そう簡単に奪われてたまるか。

手に持っていた名物であるグレイトグラーツィアイスを大きく口を開けて丸ごと呑み込んだ。姿勢を低くし、人混みの中を縫いながら素早く人気の無い路地裏に入りこむ。逃走本能(アグラルク)を発動して、ちゃぽんと地面に潜った。私が地面に潜っている間、あちら側は気配こそ察知できるが、私の行方までは特定できなくなる。

これであいつらを撒けるはず。さぁ、この街からさっさと出よう。