すべからく愛す



 私は小さい頃から優柔不断な子供だった。たった一つを選ぶことは元々私には向いていない。対人関係においては特にそうだ。特別な誰かを選ぶことで、その他の誰かに嫌われてしまうことを酷く恐れている。結局私は自分が一番可愛いのだ。
 怒ることも蔑むこともせず、私の顔を心配そうに見つめてくる二人の顔に、様々な感情がごちゃ混ぜになって溢れ出してくる。どうして私のことを軽蔑してくれないの?嫌いにならないの?突き放してくれないの?
もし二人の方から別れを切り出してくれさえすれば、私は一瞬にしてこの苦しみから解放される気がした。それなのに、どうして神様はこうも私に次々と試練を与えてくるのだろうか。
「名前大丈夫か?まだ体調も万全ではないだろう、あまり無理をするな」
「そうですよ名前さん、さっきよりどんどん顔色が悪くなってますよ」
 義勇君と炭治郎が、複雑そうに顔を見合わせてから私に再び視線を移す。この状況で私の心配が出来る二人に呆れてしまう。この二人の優しさは本当に底なしだ。
もし自分が逆の立場だったらと考える。そして私は、あの時婚活パーティーで出会った男と自分は同類なのだと気が付いた。裏切られる苦しみを知っていたはずの私が、気が付けばひと様にも同じことをしている。心の底から自分への嫌悪感が沸き上がってきた。
「大丈夫。これ以上二人には迷惑かけられないよ。…私の話を聞いてくれる?」
 踏み出す決心が中々つかずに尻込みすることを幾度となく繰り返し、逡巡の末に私は重たい口を開いた。
「義勇君にずっと話さなきゃいけなかったことがあるの。…私、義勇君とホテルに行った翌日に炭次郎と付き合うことになったの。本当は、このあいだ二人で食事をした時に伝えたかったんだけど…ご存じの通り色々あって、中々言い出せなかったの。本当に…ごめんね」
 何か言い出したそうな二人を目で制して私は言葉を重ねる。
「炭治郎にも謝らないといけないんだ。私、……私ね、義勇君との子を妊娠してたの。それが2週間前に分かって、炭治郎にも連絡出来なかった。でも結局自然流産した。それで仕事を休んでたの。私は…こんな最低な女なんだよ。炭治郎、ずっと黙ってて、言えなくてごめんね」
 酷いでしょ?最低でしょ?早く私を軽蔑して。嫌いになって。私ではない誰かとどうか幸せになって。
 そんな願いを込めて二人を見た私の瞳に飛び込んできたのは、くりくりとした双眸から大粒の涙を溢す炭治郎と、憂色を浮かべてこちらを覗き込む義勇君の慈しむような優しさだった。
「名前さん、ごめんなさいっ。俺っ…全然気がつかなくて」
「…なんで、何で炭治郎が泣くの?謝るの?っ…どうして私のことを責めてくれないの…もっと軽蔑してくれていいんだよ?突き放してよ」
「そんなこと…そんなこと出来るわけないじゃないですか!俺はそういう名前さんをひっくるめて一緒にいたいって…そう思って…。俺、まだ学生で、名前さんや義勇さんから見たら子供かもしれないけど、そんな中途半端な気持ちで恋人になったわけじゃありません!!」
 炭治郎の慟哭につられて私の眼からも涙が溢れ出る。真っ直ぐな言葉が胸をつき、堪えきれない嗚咽が漏れて両手でぐちゃぐちゃになった顔を覆う。呼吸が早く浅くなり、指先の感覚がなくなっていく。
「泣くな、炭治郎」
切れそうな程強く唇を噛み締めて、俯きながらぽろぽろと涙を流す炭治郎の頭を義勇君が苦笑を浮かべて優しく撫でた。
「名前。今の名前の話を聞いても、俺の気持ちは変わらない。それだけは忘れないで欲しい」
 泣きじゃくる炭治郎を慰めながら、義勇君の陽だまりのような温かな瞳が私を愛おしそうに見つめてくれる。重ねられた掌から心地よい体温が送り込まれ、氷のように冷え切った指先に徐々に感覚が戻っていく。
「名前。この炭治郎はいいやつだ。俺が保証する。炭治郎なら、俺は安心して名前を任せてフランスに行ける」
「義勇君…」
「義勇さん、フランスって…!」
 炭治郎も聞かされていなかったのだろう。真っ赤になった双眼で冗談ですよねという風に義勇君を見つめていた。
「相変わらずよく泣くところは出会った頃から変わらないな。…炭治郎、名前を泣かしたら、切腹だぞ」
 炭治郎の肩をぽんぽんと叩いて立ち上がると、義勇君は私に小さく微笑んで静かに家を後にした。今度こそ忘れ物はないなというように、私の部屋を見まわした彼が、この場所に戻ってくることはもう二度とないような気がした。

 私は洗面台の鏡に映る自分の顔を目を凝らして見つめていた。
 目尻の皺も、濃くなってきたほうれい線も、頬骨の上の小さな染みも変わってはいない。化粧直しにも時間がかかってしまうアラサー女子。唯一変わったことがあるとするならば、鏡に映る私の顔に、もう悩みはないということか。
「あれ、名前さん。仕事終わりにメイク直しなんて、今日はもしかしてデートか何かですか?その服、お好きだって言ってたブランドの新作ですよね。とっても似合ってます!可愛いです!」
 私の隣で簡単にメイク直しを済ませてしまった蜜璃ちゃんが、鈴を転がすように笑う。そんな彼女は、先日恋人であった伊黒さんと入籍した。また後輩に先を越されてしまったと苦笑しつつも、ご祝儀貧乏だなんだという憎まれ口も出ないほど、彼女の結婚は自分のことのように嬉しかった。
「いや、そんなデートなんてもんじゃないけど…」
「じゃあ男の人と会うってことですよね!キャーー!!」
 結婚してからも相変わらずの天然ぷりに、本当に可愛らしいなと自然に笑みが零れる。
「よし。そろそろ私は出ようかな」
 腕時計に視線を走らせると、待ち合わせの時間が近い。私は今一度髪の毛を撫でつけると鏡の中の自分に笑みを送る。
「あ、そうだ!!デートと言えば。名前さん!これ、知ってます?」
 蜜璃ちゃんがあっという間に直してしまった化粧ポーチをしまう代わりに、彼女らしいピンク色のスマホを取り出して、私に画面を向けてくる。一緒に覗き込めば、女性向けファッション雑誌の電子版だ。
「この雑誌の占いなんですけどね、実はすっごい当たるって評判なんです。なんでも、占い師の先生がかなり有名な人とかで…」
――今まで何とも思っていなかった異性と急接近
 あの時の占いが、脳裏を掠める。
「ええ〜と確か名前さんの今月の恋愛運は…あ、ここですね!キャーー!名前さんの今月の恋愛運、五つ星ですよ!なんだかこれだけでワクワクしちゃいますね!」
 彼女の指でズームアップされた占いの記事を読みながら、私は思わず笑顔が漏れた。
――優柔不断は恋の大敵。躊躇うことなく掴みに行って!



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