01.話をしようよ



 スマホの画面とにらめっこしながら、多分ここで合っているはず、と思い切って敷地内に立ち入る。大丈夫、事前に学園長と名乗る人に許可をいただいているし、私は不法侵入者じゃない。
 それにしても広い学校だなぁ、と視線を左右に動かしただけでわかる膨大な敷地にため息をついた。私の通っている学校も広い方だけれど、ここの比じゃない。この中からどうやって目的地を探せばいいのだろう。まずは学園長室に行って訊ねるのがいいのだろうけれど、肝心の学園長室はどこなのだろうか。
 今は授業中なのか、なかなか人を見つけることが出来ない。まぁとりあえず学校にはたどり着いたのだからのんびり散策しよう、と気持ちを切り替えて手近な建物に入ってみた。歩いていくと、いくつも教室が並んでいるのでここが本校舎だとわかる。学園長室もこの建物内にあるかしら、と歩を進めると、タイミングよくチャイムが鳴った。それぞれの教室から何人もの生徒が出てきて、私を物珍しそうに見る。ここは男子校だから当然だろうな、と誰とも目を合わさずに歩いていると、背中から声を掛けられた。
「キミ。一体ここで何を?」
 赤い髪の比較的小柄な男子生徒だ。見た目に反して居丈高な態度に口を閉ざせば、彼がすっと目を細める。
「ここはナイトレイブンカレッジという男子校だ。見たところキミは女性のようだが、誰に何の用だい?」
 口をききたくなくて首を振る。すぐに目の前の人が追撃してきた。
「口をきけない事情があるのかい? 筆談でも構わない。用件をお教えいただこう。さぁ、早く」
「やめろ、リドル」
「トレイか」
 迫力に気圧されていると、別の男子生徒が登場して赤髪を諫めた。周囲がざわついて行く末を見守っている。
「急にそんなに問い詰めたら驚くだろう。ええと……名前がわからないな。俺はトレイ・クローバーだ。こっちはリドル。今日来ることについて、学園長の許可はあるのかな?」
 トレイと名乗った男の問いに頷くと、彼はホッとした様子になった。リドルという生徒は私をずっと警戒している。
「よし、それなら学園長室へ行こう。今はちょうど昼休みだからちょっと目立つかもしれないが、我慢してくれ」
 頷いて俯きながら歩く。色々な生徒が私へ視線を送っては噂しているのがわかる。女がいるのは確かに珍しいことだろうが、果たしてそれだけなのだろうか。
「君は、誰かの親族か?」
 少し悩んで首を振る。トレイさんは、そうか、と頷いた。
「じゃあ、誰かの友人かな」
 迷わずに首を振る。
「誰かの恋人?」
 もう一度、少し悩んでから首を振った。トレイさんは苦笑した。それ以上の選択肢は持ち合わせていないようだった。
「親族でも友人でも、ましてや恋人でもないなら何なんだい」
「まぁ、いいだろう」
 そのまま廊下を進んでいくと、二人が足を止めた。びっくりして私も立ち止まると、どうやら友人と行き会ったようだった。
「あれあれ? リドルくんにトレイくん。このかわい子ちゃんはどこの誰? ちょっとけーくんとお話ししよっか」
「やめろ、ケイト。警戒してる」
 咄嗟に首を振って一歩下がる。早く学園長室に連れて行ってほしいのだが、そんなに遠いのだろうか。苛立ちながら息を吐けば、三人が雑談を始めてしまった。
「学園の誰かの知り合いらしいから、とりあえず学園長室に連れて行こうと思ってるんだ」
「へー、誰の知り合いだろうね」
 にこりと笑いかけられるが私は視線を逸らした。
「ありゃ、残念」
「ケイトは何をしてるんだ?」
「二年B組と縦割りで錬金術の合同授業なんだよね。うまい具合にいい席ゲットしたくて。後輩にいいとこ見せなきゃってね」
 その言葉に思わず彼の方をバッと見る。縦割りで後輩ということは、この人は三年B組に所属しているということだ。四年生はほとんど学校に来ないというのは聞いている。私の反応に、ケイトという人が怪訝な表情をした。
「なになに? 今、興味惹くとこあった?」
 口を開きかけてやめてから頷く。今度は三人の推理合戦が始まった。
「錬金術に興味が? アズールの知人かもしれないね」
 誰だそれは。私は首を振った。
「二年B組に知り合いがいるのか?」
 惜しいけど違う。もう一度首を振る。
「えー、なんだろうね。あ、縦割りってとこ? 三年B組?」
 頷くと、とたんに三人が色めき立つ。
「え、なになに、三年B組に知り合いがいるの? 彼氏?」
「恋人じゃないってさっき言ってたぞ」
「三年B組の誰だい?」
 どこからか名簿を取り出したリドルさんがそれを開いて見せる。上から順に指先でたどっていって、ちょうどその人の名前を指差そうとした時だった。
「……名前?」
 探し求めていた人の声が聞こえる。その方向を見れば確かに今日会いたかった人がそこには立っていた。
「イデアくん!」
「なっ、え、えぇ……ちょっと、待っ……な、なんで……」
「会いたかった……」
 駆け寄って抱き着けば、ぎこちない手つきで抱き留めてくれる。腕の中で彼の顔を見上げると、戸惑ったような視線と目が合った。背、伸びたかも。でも相変わらず細い。ちゃんとご飯、食べてるのかな。
「イデアくん、会いたかった」
「い、いやそれはわかったから、な、何してるの? 何でいるの?」
「大事な話をしにきたの」
「大事な話……? うわ、絶対ろくな話じゃないやつ……。と、とにかく離れて。目立つの無理だから」
 渋々彼の元から離れると、先ほどの三人組がぽかんとした表情で立っていた。ハッとして彼らに頭を下げる。
「さっきはごめんなさい。どうしてもイデアくんと一番に話したくて」
「え……名前、何したの?」
「何もしてないよ。誰とも口をきかなかっただけ。イデアくんと話す前に別の男の人と話したりしないよ」
「そんなのどうでもいいし……僕以上にヤバい奴じゃん」
「だから謝ってるでしょ。ごめんなさい、親切にしてくれてありがとうございました」
 イデアくんの手を絡め取ると、一瞬にして振りほどかれる。相変わらずつれない態度だ。慣れているから別に驚かないけれど。
「えーと……付き合ってる感じ? 記念に一枚撮ってあげよっか?」
「彼女ではありません。イデアくんの婚約者です。苗字名前と申します。どうぞよろしくお願いします」
「こん……」
 トレイさんが大声を上げようとして、慌てて口を閉ざした。
「確かに、親族とも恋人とも友人とも言えないな。さすが名家といったところか」
「まさかイデア先輩に婚約者がいらしたとは。失礼な態度をとってすまなかったね。歓迎しよう」
「ありがとう、リドルさん」
 一気に態度が軟化して握手を求められる。誤解していたけれど普通にいい人だった。
「滞在期間はどれくらいだい? 良ければ、ハーツラビュルのパーティーに参加するといい」
「いいね、リドルくん。それ、賛成。次のパーティー、いつだっけ?」
「パーティーがあるんですか? 楽しそうですね」
 まさかこんなに友好的に接してもらえるなんて思ってもみなかった。思わぬ歓迎に嬉しくなり、即座にパーティーへの参加を決める。私が滞在予定の確認をしようとした時、イデアくんが後ろから私の手を引いた。
「い、いや、名前は今日帰るからパーティーとか無理ですので。ほら、早く帰って。今帰ればまだギリギリ間に合うから。大体、何で急に来たんだよ……」
「急にじゃないよ。だって電話もメールも返事がなかったから」
「う……そ、それは、忙しくて……」
 しどろもどろになったイデアくんだったけれど、それでも私の手を離さなかった。こういう時ばっかり私の手を離してくれない。なんだかそれがつらかった。
「イデアくんはいつもそうだよね。だから結局こうして会いに来るしか方法がないんじゃない」
「わ、わかった。わかったから。今度から電話もメールも全部返すから。頼むから帰ってくれる?」
「やだ」
 強情な私にイデアくんが息を吐く。傍目には微かな変化だからわからないかもしれないけれど、私にはちゃんとわかる。イデアくん、怒ってる。
「あー……どう言えばわかるの? 迷惑だって言ってるんですが。いいから早く帰ってくれよ」
「だから、大事な話があるんだってば」
「なに? それが済んだら帰って」
「婚約破棄について」
「は……」
 さすがにイデアくんが絶句した。ぐっと詰まった様子になり、気まずそうに視線を逸らす。
「もしかしてこれって修羅場ってやつ? オレ、初めて見たかも」
「イデアの婚約者が登場しただけでも驚きなのに、いきなり婚約破棄とは……」
「ボクらはここにいていいのかい?」
 イデアくんは黙ったままだった。やがてケイトさんに向かって小さな声で錬金術の欠席を告げた後、私の手を乱暴に掴んで連れ去った。







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