小説 | ナノ



02
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ウェッジが先導するプレート隔壁内部を抜け、八番街に出る

案の定、八番街は大きな被害を受けていて、街のあちこちで火事が起きていた

街に流れるアナウンスも、住民たちの悲鳴や怒号も、上空を飛び回る神羅のヘリも、事の重大さをよく表している

その様子にアバランチのメンバーは口をぽかんと開け、呆然と立ち尽くしていた



ジェシー:「予想……以上」


ビッグス:「こりゃいくらなんでも」


ウェッジ:「やりすぎッスね」


クラウド:「今さら何を」
ユリア:「今さら何言ってんだよ」



呆れたように溜め息交じりに呟くクラウドと少し震え気味のユリアの声が重なる

それに対してジェシーが何か言いたげに振り返るが、それはバレットの声に阻まれた



バレット:「ああ、その通り。オレたちはこの先、もっともっと魔晄炉をぶっ壊す。星の命を救うためにな!」



全員の顔を見回して力強く語るバレットにビッグスも同意するように頷いた



ビッグス:「…だよな。覚悟を決めて始めたことだ」



魔晄炉を破壊するということは、多くのミッドガル市民を巻き込むことになる

そんなことはもう百も承知だ

市民の安定した暮らしよりも星の命を優先する

そう決意したときのことを思い出したようにビッグスは拳を強く握った



ウェッジ:「まだ始まったばかりッス」


バレット:「オレたちの活動は星を救う。そのために必要な犠牲は払う。…あぁ、星だけじゃねえ…お前らの悲鳴が聞こえるぜ」



そう言って全員の顔をじっくりと見渡したバレットはにやりと笑って大きく両手を広げた



バレット:「ハッ!上等だ!ぜーんぶオレが背負ってやる!不安、疑問、悩み事…それから、不満や報酬も。まとめてオレにおっかぶせろ」



その言葉にユリアの肩がぴくりと揺れる

真っすぐにこちらを見るバレットの瞳は真剣だ

…ボクがこの結果に不満を持っていることなんか分かってるってことか

ユリアはどこか諦めたような気持ちで息を吐きながらバレットを見やる

こちらに背を向けたバレットの背中はとても広く、頼もしく感じた

ビッグスも、ウェッジも、ジェシーも同じことを感じたのかその表情は明るい



ビッグス:「で?リーダー、どうするよ?」


バレット:「計画通りだ。……全力で逃げる!」

ユリア:「あ、逃げるんだ…」



バレットの言葉に各々頷いて走り出す

残されたユリアとクラウドはしばらくそこに立ち尽くしていた



ユリア:「かっこよかったな、バレット」


クラウド:「はぁ?!」


ユリア:「やっぱチームのリーダーっていうからにはあれぐらい大きいことが言えないとな」


クラウド:「あ、あぁ…そういう…」


ユリア:「クラウドは?かっこいいと思わなかったか?」


クラウド:「あぁ、そうだな……、あっいや…」


ユリア:「お?なに?なんだって?もう一回言って…いてっ!」



ついうっかり“思ってもいないこと”を口走ってしまったクラウドは動揺しながらも、ウキウキした表情で詰め寄ってくるユリアの額を軽く弾く

額をさするユリアが何かブツブツ文句を言っているが無視し、大きく咳ばらいをして背を向けた



クラウド:「俺は、別に、何も思わない。もう行くぞ」


ユリア:「あ、怒ってる!なんだよもー!」



さっさと先を歩いていくクラウドの後を追いかけるユリア

…少しだけ、懐かしさに頬を緩ませながら

クラウドを追うユリアの表情はどこか嬉しそうだった



その後、クラウドがジェシーに呼び止められていたため別行動を申し出たユリアは、建物の上からぼんやりと街を見下ろしていた

バレットから、集合場所は最終列車の貨物車の中、報酬は“アジトに帰るまでが、作・戦・だ!”と言われ、仕方なく街中をフラフラしながら時間をつぶすことにしたのだ

と言っても、街は未だに炎上や爆発を繰り返しているため大騒ぎになっており、通るだけでも精いっぱいなのでこうして一休みしている



ユリア:「みんなの声、聞きたくないし…」



「おかあさぁん!」
「大丈夫、駅まで送ってあげるからね」
「どうすりゃいいんだ!」
「私達、何か悪いことした…?」



街を歩いている間中ずっと聞こえてくる市民の悲しみ、怒り、嘆く声

“いつかの景色”と重なりそうで、怖くなってここまで逃げ出してきたのだが街の凄惨さがより一層分かりやすくなっただけだった

燃える建物、肌に感じる熱気、逃げ惑う人々、…これはまるで五年前の……、



ユリア:「っ!クラウド!!」



ハッとして街をぐるりと見回す

先程までジェシーと話をしていたその場所にはもうクラウドの姿はなかった

あの事件を連想させるような場所でクラウドを一人にさせるなんて…っ!

自分の迂闊さに舌打ちをして、ユリアは街へ駆け下りる

きっとクラウドはまっすぐ駅に向かったはずだ

……どうか、何もありませんように


祈るような気持ちで駅に向かって走り出す

途中、駅の方から地響きのような音が聞こえ、不安が胸をよぎる

クラウドに限ってそんなことはないと思うけど…いや、そんなことより……

走る速度は緩めずに瓦礫を飛び越え、なんとか八番街ステーション付近にたどり着く


と、ちょうど駅方面から探していた人物が歩いてきていた



ユリア:「よかった…!クラウ、ド…?」



こちらに向かって歩いてくるクラウドの様子がどこかおかしい

足元はおぼつかず、顔色も悪い

何かを追うようにして彼の姿は路地裏へと消えていった



ユリア:「お、おい、どこ行くんだよ!」



慌ててクラウドの後を追って路地裏に飛び込む

こんな何もないところにいったい…

クラウドの姿を探して辺りを見回すと、一瞬頭の奥がちり、と痛んだ



―――私はここだ



ユリア:「え…?」



声のした方にゆっくりと顔を向ける

そこに見えたのは、クラウドの後ろ姿と

もう一人は…………








ユリアと別れ、ジェシーとの話を終えたクラウドは八番街ステーションの方へと足を進めていた

駅のまわりは人も多く、騒然としていたが先程通ってきた場所ほど大きな被害はなさそうだった

ホッとして駅に向かって駆け出した途端、


亀裂が走る音とともに上の高速道路が大きな音を立てて崩れ落ちてきた

寸でのところで立ち止まったクラウドは瓦礫の下敷きになることは免れたものの、駅へと向かう道は塞がれてしまった

…まいったな

別の経路はないかとあたりを見回しているうちになぜか胸の中がざわざわと騒ぎ出す



クラウド:「なんだ…?」



この奇妙な感じはなんだろうかと考えていると、近くにいた住民たちの悲鳴や逃げ惑う足音が耳に飛び込んできた

積み重なる瓦礫、あちこちから火の手があがり燃える家屋

俺は……これを…知っている


瞬間、心臓が大きく跳ねた



クラウド:「…え…」



目の前の風景がすべて自分の故郷、ニブルヘイムのものと重なる

あの日の、五年前のニブルヘイム

村はどこも火の手があがっていて、熱気で肌も喉も灼けそうだった感覚が甦る

給水塔も、自分の家も、ティファの家も…

全てが燃え、全てが炎と煙に包まれていた

立ち上る炎の中、一人佇む男の後ろ姿を見た

揺れる銀髪、

その手に握られた長刀

ゆっくりと振り返るその顔

あいつは……っ!


再び心臓が大きく跳ね、ハッと我に返る

目の前の風景はもうニブルヘイムのものではなく、一瞬混乱するがすぐに理解した

ここは八番街…俺は、昔のことを少し思い出しただけだ

…それに、”あいつ“は俺が……

いや、もう考えるのはやめよう

クラウドは小さく溜め息を吐いて、再び迂回路を探そうと振り返った

瞬間だった



クラウド:「なっ…!」



目の前にいた人物に思わず飛び退る

銀色の長い髪

残虐な笑みを浮かべた顔

それは先程見た風景の中にいた“あいつ”だった

どうして…?!

なぜ、今ここにいる…!!

それともこれも幻なのか……?

ゆっくりと背中にある剣に手をかけ、相手の様子を伺う

向こうは何も言わず、ただ薄い笑みを浮かべてこちらを見ていた

その薄気味の悪さにクラウドが言葉を発そうとした時、すぐ隣の建物が大きく爆発した



クラウド:「っう…!」



強い爆風と熱風、飛んでくる瓦礫や破片に思わず目をつぶる

再び目を開けると、さっきまで目の前にいた人物はこちらに背を向けて歩き出していた

ゆっくりと、通りを歩いていくその後ろ姿を呆然と見つめる



クラウド:「なぜだ…」



どうしてここにあいつがいるんだ…

あり得ない、絶対に


クラウドの足はふらつきながらも自然と彼の後を追う

頭がちりちり痛む

息が苦しい

でも、確かめなければいけない…

あいつが生きているのなら、俺は………


頭痛と息苦しさに見舞われながらもなんとか後を追うと、彼は路地裏の方へと入っていった

クラウドもそれに続こうと路地に足を踏み入れる



クラウド:「うぅ…っ!!」



先程までよりも激しい頭痛がクラウドを襲う

頭を押さえて痛みに耐えながらも何とか足を進めていく



クラウド:「待て…っ!」



自分の呼吸が荒くなっていくのが分かる

俺は、あいつを追わなくてはならない

あいつは……あいつだけは…っ!


たどり着いた先は何もない行き止まりだったが、

そこにはたしかに

セフィロスがいた



クラウド:「あり得ない…あんたは、死んだ」


セフィロス:「ほう…?」


クラウド:「俺がこの手で…っ!」



震える拳を力強く握りしめ、過去の記憶を呼び起こす

間違いなく、あの時俺はセフィロスを…

そんなクラウドの反応をさもおかしそうに眺めていたセフィロスは薄い笑顔を浮かべたままクラウドの正面に立った



セフィロス:「もちろん覚えているとも。我々の大切な思い出だからな」



何が大切な思い出だ

そう言ってやりたいが頭痛と息苦しさが続いていてうまく言葉が出てこない

頭痛の波に押し流され、思わず足元がふらつく

と、ふいに何かに両肩を支えられた

確認するよりもはやく、セフィロスが笑みを深めてその名を呼んだ



セフィロス:「ユリア。もちろんお前のことも覚えている」


クラウド:「ユリア…?」



自分の両肩を支えている彼女は険しい表情でセフィロスを睨んでいる

どうしてユリアがここに…?

クラウドが何か言いたそうにしているのが伝わったのかユリアはクラウドの方を見て優しく微笑んだ



ユリア:「駅に向かってたらクラウドがここに入っていくのが見えたから、ついてきたんだ」


クラウド:「そうか…」


ユリア:「もう大丈夫だから。…ボクがいるよ」



そう言ったユリアの手にグッと力がこもる

心なしかその手は震えているように感じた



セフィロス:「さて、クラウド。お前に頼みがある」



冷ややかな声でそう告げたセフィロスは再び薄く笑んだ



セフィロス:「この星が死のうとしている。悲鳴もあげず、静かに、ゆっくりと。私たちの星が消えてしまうのだ。クラウド」



淡々と話されるそれは内容が見えてこない


途端に目の前の風景が変わった

激しい炎を上げながら燃える家屋

慣れ親しんだこの建物

これは…俺の家だ

ここは、あの時のニブルヘイム



『母さん…母さん……』



記憶の中の俺は地面を這いながら建物に向かって手を伸ばす

俺はあの日、実家に帰っていた

明日に備えて早く休もうと思ったら、村が燃えていて…

外に出て様子を見に行こうとしたら……そこで…



セフィロス:「星が死ねば、この艶やかに燃えるお前の故郷も消えてしまう。息子だけは助けてくれと泣きついた女の声。斬り捨てた時の感触さえ消えてしまうのだ」



記憶の中の俺は力尽きたのかだらりと手が落ちる

淡々と語るセフィロスの声は抑揚がないが、どこか愉快そうに聞こえる

お前が母さんを…村を…っ!

クラウドは眉間に皺を寄せ、感情的になりそうだった気持ちを小さく息を吐いて落ち着かせた

その様子さえもセフィロスにとっては楽しめるものらしい



セフィロス:「我々を繋ぐ絆の喪失は、私自身の死よりも耐え難い。…なぁ、クラウド。力を貸してくれ」


ユリア:「クラウドがあんたに力を貸すわけないだろ。ふざけてるのか?」


セフィロス:「ふざけてなどいない。私はいつだって真剣だ」



そう言ってセフィロスはくくっと小さく笑う



セフィロス:「なに、簡単なことだ。…クラウド、走るんだ。逃げて…生き延びて…」



囁くようにして言われる言葉がいやに響いて聞こえる

言い聞かせるかのようにゆっくり話されるそれは頭の中をぐるぐると回る

俺は……走る………生き延びるために…逃げて…


ユリア:「クラウドは…クラウドは逃げてなんかない!!」



耳元で聞こえたユリアの叫び声にハッと我に返る

見るとユリアはセフィロスに向けて銃を構えていた

だが、セフィロスは動じる様子もなく、にぃっと口角を上げた



セフィロス:「ならば、ユリア。お前が来るか?」


ユリア:「…え?」


セフィロス:「私はお前でも構わない。お前もいずれ、」
クラウド:「っふざけるな!!」



勢いよく地を蹴って剣を抜き、セフィロスに向かって跳びかかる

素早く振り下ろした剣は瓦礫を砕いただけだった

そこにはもう、セフィロスの姿はなかった



セフィロス:「いいぞ、それでいい」




どこからかセフィロスの嬉しそうな声だけが聞こえてくる

あたりを見回してみるがどこにも姿は見えない



セフィロス:「私を忘れるな」



その言葉を最後にセフィロスの気配は消え、頭痛や息苦しさは治まり、妙な胸騒ぎも消えた

なんだったんだ…本当に……

しばらくぼんやりしていると後ろから“クラウド…?”と控えめに俺を呼ぶ声がした

振り返ると、不安そうな表情を浮かべたユリアと目が合う



ユリア:「大丈夫…?」


クラウド:「問題ない、ただの幻覚だ。俺もあんたも、魔晄に近づきすぎたな」


ユリア:「そ、う…だな…」


クラウド:「さあ、行くぞ」



どこか釈然としないユリアの肩を軽く叩き、先に進む

どういう原理で同じ幻覚を見たのかは分からないが、魔晄にはそういう不思議があってもおかしくない

深く考えることはやめよう

自身に言い聞かせるように心の中で呟き、クラウドは前を向いて走り出した









駅前通りが瓦礫で塞がれていたため、クラウドを先頭にして迂回路を探す

建物の間や上を通り、なんとかLOVELESS通りまで辿り着くことができた



ユリア:「ここはあんまり被害出てないみたいだな」


クラウド:「あぁ」



人々は動揺してざわついているようだが、駅前通りほどではない

まずはここを抜けて駅にいかないと!



ユリア:「とりあえず、ここの道を曲がっ、て……」


クラウド:「…?どうした?」


ユリア:「いや、あれ…」



途中で言葉を切ったことを不思議に思ったのか首を傾げるクラウドに、自分の視線の先を指差す

そこには、道の真ん中で不思議な動きをする女性がいた

まわりには何もないし、誰もいないのに、何かを避けるような…追い払うような動きをしている

道行く人も不思議なものを見るようにして通り過ぎていく



ユリア:「何かのパフォーマンス?」


クラウド:「さぁ…?」



しばらく二人でその様子を見つめていると、微かに女性の“っいや…!”という声が聞こえた

……遊んでいるわけではなさそうだな…

と、何かに気が付いたように女性がこちらを振り返った

ぱちりと視線が重なると、その瞳は優しく細められた



ユリア:「…っ!」



思わず見惚れてしまい、慌てて目を逸らす

見ず知らずの女性をじろじろ見つめるなんて…不躾にもほどが
クラウド:「っう…!!」


ユリア:「クラウド!?」



突然頭を押さえて唸るクラウドに急いで駆け寄る

息も荒く、大きく肩を上下させるクラウドに何度か呼びかけていると、ふわりと隣に誰かが寄り添った



「ねえ、大丈夫?」



クラウドの顔を覗き込みながらそう問いかけるのは先程の女性だった

心配そうな表情を浮かべる彼女にクラウドはゆっくりと息を吐きいて頭痛を落ち着かせると、軽く頷いた



クラウド:「あぁ…ユリア、行くぞ」


ユリア:「あ…、待ってよ!」



おぼつかない足取りで歩き出すクラウドを呼び止めようとすると、女性はクラウドの前に回り込み、一輪の花を差し出した



「お花、どうぞ」


クラウド:「…花?」


「うん、お礼。追い払って、助けてくれた」


クラウド:「なんの話だ?」



心底分からないという表情を浮かべるクラウドに花売りの女性は“うーん…”と何やら考え込む仕草をすると、ぱっとひらめき顔になった



「じゃあ…出会いを記念して!」


クラウド:「…面倒だな」


ユリア:「こら、クラウドっ」



ボソッと呟いたクラウドを肘で小突き、小声で諫めるが彼女にはしっかり聞こえていたらしく、ちょっとムッとした口調で一歩詰め寄ってきた



「聞こえてますけど?」


ユリア:「あ、あはは…ごめん…。それにしても、お花なんて珍しいなぁ」


「でしょ?これ、私が育ててるの」


ユリア:「へぇ!すごい!本物のお花だ!」



自慢気に花かごの中身を見せてくる女性につられて中を覗き込む

かごの中には黄色や白、ピンクなど色とりどりの花が並べられていた

どれも綺麗で、優しい色で、心が温まるようでつい見惚れてしまう



クラウド:「…欲しいのか?」


ユリア:「え?っあ、いや、違くて…そういうわけじゃ…」


クラウド:「いくらだ?」
ユリア:「クラウドっ!」



しみじみと花を見ていたのを欲しがっていると思われたのが恥ずかしくて慌てて否定するが、クラウドは構わずに話を進める

その様子を見ながら花売りの女性はくすくすと笑った



「ふふっ、値段は相手、見て決めるの。そうねぇ、あなたたちは…うん、タダでいいや」


ユリア:「え?でも…」


「いいのいいの!」



そう言って持っていた黄色い花をクラウドに手渡すと満足げに頷き、優しく微笑んだ



「花言葉は、“再会”」


ユリア:「再会…」



誰と誰の再会だろう…

それは、ボクと
クラウド:「ユリア」



名前を呼ばれて顔を上げると、こちらに花を差し出すクラウドと目が合った



クラウド:「ほら、」


ユリア:「あ、ありがとう…」



おずおずと花を受け取り、スーツの胸ポケットに差す

力強く咲く花からは甘く優しい香りがした

それが嬉しくて思わず頬が緩んでしまう



クラウド:「本当に花が好きなんだな」


ユリア:「う…、そっそういうこと言うなってば…」


クラウド:「なんで?」


ユリア:「なんでも!」



隣でニコニコと見守っている彼女の存在も相まってものすごく恥ずかしい…

それには全く気付いていないのであろうクラウドのことはこの際無視することにして、ユリアは花売りの方に向き直った



ユリア:「とにかく!さっき魔晄炉が爆発したんだ。お姉さんも今夜はもう店じまいを」
「きゃっ!」



突然の短い叫びと共に花かごが地面に落ちた

花売りの女性はまた何かを追い払うような仕草をする

どうしたのだろう…

まるで、見えない何かと戦っているような…

と、ふいに彼女がこちらに向かって手を伸ばした



「っ助けて!」



そう言って掴まれた腕

彼女に触れられた瞬間、急に目の前の景色に不穏なものが加わった



ユリア:「なんだよ、これ…」



花売りの女性を取り囲むようにして飛び回る浮遊体

フードを被った人のような物が大勢いる

見たことのない光景に唖然としていると、そのうちの一体がこちらに向かって突っ込んできた



ユリア:「うわっ!?」

クラウド:「下がっていろ」



素早く剣を抜いたクラウドがそれに向かって振り下ろす

攻撃を受けた浮遊体は消えたが、まわりを飛んでいるものの数は減っていない

…むしろ増えているような気さえしてくる



「これ、なに?」


ユリア:「ボクも…初めて見た…」



飛び回るものたちを見ながら問う女性の声は恐怖からか震え気味だ

安心させられるような言葉をかけられたらいいのだが何も浮かばない

ただ、一緒に呆然とすることしかできなかった



クラウド:「っ!ユリア、」



何かに気が付いたクラウドがハッとして名前を呼ぶ

その声に我に返ると、背後からガチャガチャと騒がしい音が聞こえてくる

音のする方を見やれば、武装した警備兵がこちらに大勢駆けつけてきたところだった



警備兵:「武器を捨てろ!」



そう言ってこちらに銃を構える警備兵たち

その中の一人に浮遊体が飛んでいき、体にべったりとまとわりついた



ユリア:「っあぶな………あれ?」



…何も起きない

むしろ、あんなにまとわりつかれているのに警備兵は無反応だ



クラウド:「見えていないのか…?」



信じがたいと言いたげなクラウドの横で花売りの女性が身じろぎをする

どうしたのかと問うよりも早く、彼女は少し焦ったように後退りした



「っやっぱり、いっかい解散!」


ユリア:「ぇえ?!どういう事?!」



ユリアの問いかけも無視して彼女は警備兵たちに背を向けて走り出す

その後ろを浮遊体が数体追うようにして飛んで行った



クラウド:「おい!」


「またね!」



一方的にそれだけ言うと彼女は路地裏へと駆け込んでいった

…急にどうしたのだろう?

不思議に思いながら女性の消えた路地裏の方を見つめていると、再び警備兵がこちらに呼びかけてきた



警備兵:「武器を地面に置いて、タークスをこちらへ渡せ!」


クラウド:「…何?」


ユリア:「いやいやいや……はぁ?」



言葉の意味が分からずに警備兵の方を振り返ると、銃口は全てクラウドに向いており、ユリアに対しては攻撃意思がないことを示していた

なんだこれ、どういうつもり?



警備兵:「本部からあなたを連れ戻してくるようにと連絡が入った!我々はあなたを傷つけたくはない!」


ユリア:「なにそれ……」



今さら何を言っているのだろう

ボクのことを散々傷つけたのは神羅じゃないか

そんな奴らの言うことなんか…



警備兵:「さぁ、武器を置け!ゆっくり!」



そう言ってクラウドに剣を置くよう顎で促す

クラウドはそれを黙って睨みつけていたが、剣を持つ手にグッと力を入れた

が、その手にユリアの手がそっと重なる



ユリア:「クラウド、やめろ」


クラウド:「ユリア…?」



驚いて目を見開くクラウドを横目にゆっくりと警備兵たちの方に歩み寄る

ユリアが自主的にこちらに来てくれたことにホッとしたのか兵たちの気が一瞬緩んだ

その隙を見逃さず、ユリアは瞬時に銃を取り出すと連続で発砲する



警備兵:「うっ…!」


警備兵:「お、おい、どうし、っぐぁ…!!」



何が起きたのか理解できずに倒れていく者、それを見て動揺する者

その中でユリアは的確に、そして確実に警備兵を全員倒していった


地面に伏した兵の一人を覗き込み、ユリアは小さく笑う



ユリア:「ターゲットを確実に捕獲するまで気を抜いてはいけないって習わなかったか?」


警備兵:「う…、」


ユリア:「あと、ボクは絶対に神羅には戻らない。本部にもそう伝えておいて」



吐き捨てるようにそう言うと背を向ける

歩き去ろうとするユリアに兵は力を振り絞って口を開いた



警備兵:「なぜ…戻らないのですか…っ?」



その言葉にユリアの足が止まる

そっか、この人たちは何も知らないんだ……

ユリアはゆっくりと息を吐き、顔だけを警備兵の方へ向ける

その表情は悲しげに歪んでいた



ユリア:「ボクから大切なものを奪っていった神羅なんて、大嫌いだからだよ」


警備兵:「…え、」
クラウド:「ユリア」



離れたところから“行くぞ”と目で促すクラウドに頷いて応えると、ユリアは警備兵を一瞥して走り去る

もう誰もユリアを呼び止めようとはしなかった








警備兵:「報告のあった不審者二名はまだこの辺りにいるはずだ!」


ユリア:「不審者って……ボクたちのこと?」


クラウド:「間違いなくそうだろうな。とりあえず、一度ここから離れるぞ」



街のあちこちには警備兵が配置されていて、すんなりとは駅に向かえそうにない

噴水広場での集中攻撃をなんとか切り抜け、迂回を繰り返しているうちにとうとう住宅地区に来てしまった



ユリア:「だいぶ遠回りしちゃったけど…ここから駅に向かって間に合うか?」


クラウド:「いや、難しいと思う」


ユリア:「えー!じゃあどうすん」
警備兵:「いたぞ!こっちだ!」



その言葉と同時に目の前に神羅のトラックが横付けされる

中からは警備兵がぞろぞろと降りてきてこちらに銃を向けた



警備兵:「袋のネズミだ!」


警備兵:「てこずらせやがって!」


ユリア:「くっそ…」



思わず後退るが、後ろにもトラックが停められ、降りてきた兵たちに挟み撃ちにされる

どうやって抜けるか、とユリアが考えている間にクラウドは素早く剣を構え、次々と兵を斬り伏せていった

だが、戦っている間に増援が駆けつけてしまい兵は増える一方だ



警備兵:「囲め!逃がすな!」


警備兵:「八番街警備二班!ターゲットを追い詰めた!これより確保する!」



まわりを囲む警備兵の数は10近くいる

全員倒す前に増援は来るだろうし、キリがない…

ユリアは背後にいるクラウドの背中に声をかけた



ユリア:「…クラウド。クラウドだけでも先に逃げろ」


クラウド:「断る」


ユリア:「ボクが何人か撃って気を引き付ける。その隙を見てここから抜けてほしい」


クラウド:「断ると言っているだろ」


ユリア:「ボクのことは心配しなくていいよ、すぐに追いつく」


クラウド:「おい、話を」
ユリア:「タークス、なめんなよ?」



一方的な会話にクラウドが後ろを見やると、不敵に微笑んでいるユリアと目が合った

その笑顔から溢れる自信はどこから来るのだろう…

呆れたような心強いような気持ちに小さく笑むと、ふいに囲んでいる兵の中の一人がこちらを見て首を傾げ、不思議そうに口を開いた



警備兵:「おい、その剣は――――」




瞬間、頭痛と激しい耳鳴りに襲われる


この剣が、バスターソードがなんだっていうんだ…?

向こうが何を言っているのか聞き取れないがそこに気をやる余裕はない

顔を顰めて頭痛と耳鳴りをやり過ごし、浅く息を吐くとユリアがこちらを覗き込んでいた

その表情は先程の強気な雰囲気とは一変して、恐れや不安でいっぱいになっている



クラウド:「どうした?」


ユリア:「いや、なんでもない」



声をかけてやると、こちらに何の変わりもないと分かったのか安堵の表情に変わった

そのままユリアは流れるように銃を構え、敵を攻撃した

先程話しかけてきたやつが何か言いたそうに口を開くが、それよりも早く他が銃撃を始めた



ユリア:「クラウド!早く!」



相手の攻撃を避けながら的確に攻撃を当てるユリアに背を向け、一瞬できた隙から抜け出そうとした

その時、視界の横を何かが通り抜けた気がした

それはさっき見たあの霧のような黒いやつに似ていて…

瞬間、ユリアの不思議そうな声と同時に嫌な音が耳に響いた


慌てて立ち止まって振り返ると、右腕を押さえているユリアの姿が目に飛び込んできた

右手の指先からは傷口から流れてきたのか血が滴っている



クラウド:「ユリアっ!」



敵からの銃撃を剣で塞ぎながら駆け寄ると、ユリアは痛みに眉をひそめながら“しくじっちゃった”と笑みをみせてきた



ユリア:「恥ずかしいなぁ、ちょっと腕が鈍ったのかも…ま、所詮は“元”ターク」
クラウド:「動くぞ」


ユリア:「は?え、ちょっと…?!」



ふわりとユリアの体が持ち上げられる

何が起きたのか理解するよりも早く、クラウドは手近にいた兵を斬り倒し、その隙間から走り出した

ユリアを肩に担いで



ユリア:「ままま待って待って!どこ向かってるんだこれ!?」


クラウド:「鉄橋だ。あそこから列車に飛び乗る」


ユリア:「それはダメ、本当にやめろ、下ろしてください」


クラウド:「そろそろ口を閉じろ。舌を噛むぞ」



背後からの銃撃もクラウドはなんなく交わして走り抜ける

ユリアは痛む肩を押さえながらも半身を捻って先を見やった

鉄橋はもうすぐそこに見えている

これから起こるであろうことを想像するだけで全身から血の気が引いていくのが分かった



ユリア:「あの、ほんとにお願い!ボク、高所恐怖症なんだ!高いとこダメなの!」



必死に訴えるとクラウドは驚いたのか肩がぴくりと動いたが、発される声はいつも通りだった



クラウド:「…なんだ、そんなことか」


ユリア:「そんなことって、ぅわっ!?」



自分の弱みを打ち明けたというのにあしらわれた気がして抗議の声をあげると、クラウドの背中に剣が担がれた

と思っていると視界がぐるりと動いて景色が一変する

先程までは追ってくる兵と地面とクラウドの背中しか見えなかったが、今は夜空とクラウドの顔がよく見える

膝裏と背中にクラウドの腕を感じる

これは世に言う”お姫様抱っこ”では、と気づいた時にはもう遅かった



クラウド:「しっかり捕まっていろ」


ユリア:「どこに!っあ…!!」



言葉と同時にクラウドが地面を蹴る

高く跳んだ瞬間にあの独特の浮遊感が体内を駆け巡った

恐怖心から無意識にクラウドの首に抱き着き、顔を埋める

固く目を閉じ、なんとかやり過ごしているとポンと背中を叩かれた



クラウド:「着いたぞ」



その言葉におそるおそる目を開けると、橋の上から悔しそうにこちらを見ている警備兵たちの姿がクラウドの肩越しに見えた

その姿もだんだん遠ざかり、やがて見えなくなる

ふぅ、と安堵の息を吐くとクラウドがどこか気まずそうに口を開いた



クラウド:「あの…そろそろ下ろしていいか?」


ユリア:「っあ!ご、ごめん!」



未だにクラウドにしがみついたままだったことに気づき、慌てて離れる

列車の屋根にユリアを下ろすとクラウドはケアルを取り出した



クラウド:「肩、怪我しただろ。見せてみろ」


ユリア:「えー?放っとけばそのうち治るからいいよ。掠っただけだし」


クラウド:「それで治ったことがあったか?」


ユリア:「…ない……と思う…」


クラウド:「見せてみろ」


ユリア:「はい…」



渋々上着を脱ぐと、破けて血が滲んでいるシャツからは傷口が露わになっていた

ユリアの言葉通り、傷口は掠ったもののようだがそこそこ深い

その痛ましい様子にクラウドは顔をしかめながらもケアルをあてる

ユリアならやられることはない、と決めつけて一人で戦わせてしまった自分にも責任はある

やはり一緒に戦うべきだった…



ユリア:「…クラウド、顔怖い」


クラウド:「あ、あぁ…すまない。でも、ユリアがやられるなんて珍しいな?」


ユリア:「そう!そうなんだよ!」



クラウドが素直な疑問を口にするとユリアは何度も大きく頷いた



ユリア:「途中まで絶好調だったのに突然動かなくなっちゃってさ。あれ?って思ってたら避けるのも間に合わなくて…」


クラウド:「銃が故障したのか?」


ユリア:「いや、なんていうか…意味わかんないと思うけど、右腕が誰かに掴まれてた、っていうか…」



自分でもよく分かっていないのか、曖昧に言うユリア自身も不思議そうにしている

実際あの場でユリアは誰かに腕を掴まれてなどいなかった

だが、当の本人が言っているのだから何かしら原因があったのだろう

…そういえば、あの時何か見えなかっただろうか

ユリアの方へ向かっていく何か…



ユリア:「でもボクの実力不足っていうのが大きな原因だと思うから。迷惑かけてごめんな?」



ユリアの声にハッとして顔を上げると申し訳なさそうにこちらを見つめる瞳と視線が合った

“いや…”と短く答えて顔を逸らすと、ちょうど傷口が塞がってきた様子が目に入り、ケアルを外す

それに気づいたユリアは“ありがと!”と上着を着なおして肩をぐるぐると回してみせた

…まだ塞がったばかりなのだからやめておいてほしい

が、回復したのが嬉しいのか元気そうに動くユリアを見ていると自然と笑みが零れた

さっきまで顔を青くして震えていたのに…



クラウド:「そういえば、ユリアは高所恐怖症なんだな?初めて知った」



その言葉にユリアの表情が一瞬固まった

けれどすぐににっこりと満面の笑みを向けられる



ユリア:「あったり前だろ〜?初めて言ったんだし。それに、自分の弱みをそう簡単に話すわけないって!」


クラウド:「そうか…それもそうだな」


ユリア:「そういうこと!さて、バレットたちのいる車両探そうっ」



そう言ってこちらに背を向けて歩き出すユリア

と、その背中が何かの景色と重なる


……薄暗い廊下、自分の前を歩く少女

少女はこちらを振り返るが、その顔は靄がかかっているようでよく見えない

これは、誰だ…?




「俺は、…強くなって…―――を、守りたいって思ってる」



「大丈夫だよ!あたしも強くなって自分のことは」
「それじゃだめなんだ」



もう一人で抱え込まないでほしい

つらい時は頼ってほしい

弱って悲しんでいる姿はもう見たくない

だから、ずっと傍にいて守りたい





………誰を?




「これからもずっと、傍にいてくれ。絶対に守るから」


「うん、ずっとクラウドと一緒にいる」





キン、と頭の奥が痛む

思わず頭を押さえると、肩にそっと温もりが触れた

顔を上げると心配そうにこちらを覗き込んでいるユリアと目が合う



ユリア:「大丈夫か?」


クラウド:「…あぁ」



片手を上げて応じるとユリアは“ならいいけど…”と気遣う表情を見せたまま離れた

軽く頭を振ってよくわからない記憶ごと頭痛を追い払う


あれはどこだとか、あの少女はだれだとか考えている暇はない

…今はバレットたちと合流することを考えよう


先を歩くユリアに続いて、クラウドもバレットたちとの合流場所へと向かった



その後ろを、あの霧のような浮遊体がついてきていることなど二人は知る由もなかった




02 終

2020.05.03



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