小説 | ナノ



08
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


神羅ビル内が慌ただしい

一般兵もソルジャーも総動員しているのではないかと思うほどの人数が次々にヘリやバンに乗り込んでいる

この慌ただしさはタークスも例外ではなかった



ツォン:「…あぁ、引き続き周辺エリアの捜索を続けてくれ。何か変わりがあれば報告を頼む」



先程から忙しく通信をとるツォン

職場にはツォンとあたしの2人だけだ

残りのメンバーは任務を言い渡されたようで気付いた時には誰もいなかった

もしかして自分だけ置いていかれた…?

いや、まさかそんなことはない

ユリアは軽く頭を溜め息をついた

外の空気を吸って気分転換をした方がいいかもしれない



ユリア:「ちょっとトイレ行ってくる〜…」



通信中のツォンは聞こえていないかもしれないがいちおう断ってから部屋を出る

廊下はしんとしていてなんとなく不気味だった

いつもなら見回り中の一般兵やファンを名乗る男性社員と出くわしたりするのだがそれもない

自分の足音だけが響く廊下をゆっくりと歩いているとふと柱の影からヒソヒソと話す声が聞こえた



「聞いたか?神羅屋敷から逃げ出したサンプル2人の話…」


「あぁ、今まさに神羅の兵力かき集めて捜索してるアレだろ?」



身なりからして宝条の管轄の社員だろう

どうやら社員2人はユリアの存在に気づいていないようで、こちらに背を向けたまま声を潜めている

ユリアは気配を殺したままその話に耳を傾けた

今起きている内容を把握するためであって、決して盗み聞きではない!と自分に言い聞かせながら…



「そのサンプルっていうのがニブルヘイム事件の行方不明者2人のことらしいな」


「あのソルジャー1STと一般兵か?マジかよ…」


「かわいそうに。何かまずいことしたんだろうなぁ」


「だな。じゃなきゃ神羅に消されるなんてことなかっただろうに」



哀れみを含ませた口調で社員2人は話を続けている

一方、ユリアはその柱の裏側で固まっていた

ニブルヘイム事件の行方不明者2人……ソルジャー1STと一般兵…

まさか、と身近な存在が頭に浮かんだ

いや、ありえない…2人は今病院にいるはず…



……………どこの…?



途端にぶわっとユリアの胸に不安が広がった

うそだ、そんなわけない、絶対違う!!

認めたくないと思っても、これまで不自然だと思っていた点がパズルのように当てはまっていく


ツォンが病院を教えてくれないのは、彼らが入院などしていないから

タークスの仲間たちが避けるようにして仕事に出ていったり、ツォンがこの任務にあたしを入れなかったのは、あたしに関係している人物を追っているから

2人に会えないのは、彼らが神羅に何らかの形で拘束されているから………?



全ての辻褄が合ってしまった

考え付いた結論に愕然としていると今度は沸々と怒りが湧いてきた

みんな知っていたんだ

あたし以外の人はみんな知っていた

あたしだけ仲間外れにして、何も教えてくれなかった

何も言わずに、黙って、お兄ちゃんとクラウドを、実験に……っ!


奥歯をギリッと噛みしめ、ユリアは今歩いてきた廊下を足早に戻り始めた

ツォンと話をしなければならない

彼は最初から全部知っていたのだろうか?

知っていて、あんな風に嘘をついていたのだろうか?

どんな気持ちで、平然とした顔であたしと会話をしていたのだろうか?


執務室に入るとそこには先程同様ツォンだけがいた

何やら社員プロフィールのようなものを見ていたようだが、ユリアが近付くとそれを閉じる



ツォン:「どうした?」



普段と同じように声をかけてくるツォン

それがユリアの神経を逆撫でする



ユリア:「神羅屋敷の実験サンプル…」


ツォン:「っ!!」



その言葉にツォンの顔色がサッと変わった

“どうしてそれを?”と言いたげな表情にユリアは顔をしかめる



ユリア:「今、神羅が総力をあげてあたっている任務がこの実験サンプル2人の捜索。そうなんでしょ?」


ツォン:「………」


ユリア:「その実験サンプルは、ザックスとクラウド、なんだよね?」


ツォン:「………」



ユリアの問いかけにもツォンは答えない

ただ黙って視線をユリアから僅かに外した

無言は肯定を表す

ユリアはツォンの態度で確信した



この人達は、あたしに嘘をついている



そう思った瞬間、心臓がきゅっと握られたような痛みを感じた

胸が痛い、苦しい…



ユリア:「お兄ちゃんは、クラウドは…病院にいるって言ったよね?それも嘘だったの?」


ツォン:「…あぁ」


ユリア:「どうして……?」



やっと開かれたツォンの口からは嘘を肯定する言葉が出た

“どうして嘘をついていたの?”

そう聞きたくても言葉にならない

…いや、言葉にするのが怖い


“お前みたいな子どもに本当のことを言ったところで何ができる?”


そんな返事が返ってきたら……

心が暗くなっていくのと同時に黒い感情がじわじわと湧き上がる

また子ども扱いされていたのだろうか?

これだけの力をつけてもあたしはまだ、子どもとして見られているのだろうか?

と、ツォンがぽつりと呟いた



ツォン:「すまない、ユリア…」



発されたのは謝罪の言葉



ツォン:「お前を不安にさせたくなかったんだ。それは分かってほしい」



次いで自己弁護



ツォン:「…いつかは、言うつもりだったんだ」



“いつかは”

すごく便利で卑怯な言葉だ

ユリアは奥歯を噛みしめ、怒りのままにツォンの机に拳を叩きつけた



ユリア:「いつか?2年間も黙っておいて、“いつか話すつもりだった”なんてよく言えるね?本当は話す気なんかなかったんでしょ?」


ツォン:「そんなことは」

ユリア:「じゃあ、いつ!?いつ話す気だったわけ!?あたしがこうして聞かなきゃずっと言わないつもりだったんでしょ!?」



キッと鋭くツォンを睨みつける

ツォンは言い訳しかしない

今まで信じていたものはみんな嘘だったの?

仲間だと、家族だと思っていたものも、全部嘘なの?

“仲間”という言葉にヒビが入ったような気持ちだ

泣きそうになるのを堪え、ツォンに背を向ける

そのまま足早に部屋を出ようとするユリアにツォンは慌てて声をかけた



ツォン:「待て、どこへ行くつもりだ?」


ユリア:「社長に会ってくる」


ツォン:「お前が行っても何も変わらない」


ユリア:「じゃあ放っておけっていうの?家族と恋人が危険な目にあってるのに」


ツォン:「………」



話し方は落ち着いているが言葉の端々に怒りを感じる

その怒りの原因は自分の行動にあるとツォン自身も分かっていたが、今さら話したところで言い訳にしか聞こえないだろう

しばらく沈黙が流れる

ユリアはきつく目を瞑り、涙を押し込めると廊下の先を見つめた



ユリア:「あたしは、大切な人を放っておくなんてできない」








プレジデント:「あぁ、そうか……よろしく頼む」



回線を切るとプレジデントはどっかりと椅子に腰かけた

魔晄炉建設は問題なく行なわれているし、ソルジャーの活躍もまずまずだ

ただ…あの実験体が脱走したのは誤算だったな

チッと舌打ちをして机の上の書類に目を通す


“ジェノバ細胞を用いた魔晄照射実験”


これがたしかなものになれば神羅には繁栄が約束されたも同然だ

自然と口角が上がるのを感じながら書類のページをめくっていると一人…いや、二人の人間が歩み寄ってきた

片方はタークスの主任を務めているツォン、神羅の闇を知りながらも敢えて踏み込まずに素知らぬ顔をしている…優秀な人間だ

もう片方は……



プレジデント:「おぉ、これはこれは!タークスのユリア君。どうした?そんなに険しい顔をして」



椅子から立ち上がり、両手を広げて出迎えるプレジデントにユリアは“わざとらしい…”と心の中で悪態をついた



ユリア:「今すぐ二人の捜索を中止して」


プレジデント:「二人、とは?」


ユリア:「とぼけないで!神羅屋敷から脱走した二人、ザックスとクラウドのことよ!彼らをどうするつもりなの?」



何かを思い出すように唸っていたプレジデントだが、やがてポンと手を叩いて“あの2人のことか”と何度か頷いた



プレジデント:「なに、大丈夫だ。殺しはしないさ。…無駄な抵抗をしなければな」



意地の悪い笑みを浮かべながら放たれた言葉に愕然とする

沸々と体の奥から熱いものが込み上げてくるのが分かった

この社長は、狂ってる……!!



ユリア:「何それ……勝手に捕まえて、勝手に実験体にして…今度は殺そうっていうの!?」


ツォン:「ユリア、落ち着け」

ユリア:「信じらんないっ!!アンタも、この会社も…神羅なんて最低よっ!」



瞬間、ユリアの左頬が強い力で叩かれた

思わずよろめいて床に手を着く

あまりの衝撃に頭はくらくらするし、目の前はちかちかと光が飛んでいる

叩かれた部分にそっと触れてみると軽く腫れあがっていた

ゆっくりと顔を上げ、自分を叩いた人物…プレジデントを見上げる

プレジデントは先程までのような嘘くさい笑みは浮かべておらず、無表情でこちらを見下ろしていた



プレジデント:「口を慎め、小娘が。貴様なんぞに何ができるというのだ?ん?」


ユリア:「そ、れは…」


プレジデント:「分からないようなら教えてやろう。所詮、貴様のようなひ弱な女には何もできん!」



怒鳴るように言われた言葉が頭の中でこだまする

ひ弱………?

あたしが、弱いって……?

女だから……



…いや、そんなことない

レノだって、みんなだって“ユリアは強くなった”って言ってくれた

お兄ちゃんが強い人だから、だからあたしだって

プレジデント:「そういえば兄はソルジャー・1STだったな?…気の毒に、兄も心の中で妹の存在を恥じていたんじゃないのか?」



明らかにこちらを挑発している言葉だというのは分かっている

それでも今のユリアの心を揺さぶるには十分過ぎた


ザックスはそんなこと絶対に思わない

思わない…はずなのに、

どうしてこんなに不安なのだろう?

何を根拠に…ザックスを信じているのだろう?

もしも本当に、ザックスがあたしの存在を恥じていたとしたら…

ザックスだけじゃない

タークスの仲間も、足手まといだと思っていたかもしれない


皆、気を使ってたの?

子どもで、女で、弱いあたしに気を使ってたの?


もう、誰を信じたらいいのだろう…

家族?仲間?それとも、社長…?



(ピリリリリ…ピリリリリ……)



ツォンの携帯が静かなフロアに鳴り響く

一言断るとツォンはこちらに背を向けて電話に出た



ツォン:「あぁ、私だ、どうした?……そうか。分かった」



ツォンが携帯を切ったのを確認するとプレジデントは口を開いた



プレジデント:「見つけたのか?」


ツォン:「いえ。今、軍が投入されたとの連絡が入りました」


プレジデント:「あぁ、そういえば先程申請が来ていたな。承諾を確認してすぐ動いたのか!」



愉快そうに笑うプレジデントとは対照的に未だ表情を失ったまま床に座り込んでいるユリア

軍が動き出したって…相手はたった二人なのに…

そこまでして神羅は二人を消したいの…?

ふとプレジデントは自分の足元を見やり、まだいたのかと言いたげな視線をユリアに向けるとフッと小さく鼻で笑った



プレジデント:「さて、ユリア君?兄とお友達を助けるために、せいぜい足掻いて見せてくれ。ふふふふ……はっはっはっはっ!!」



こちらを嘲笑う高笑いにぐっと唇を噛みしめる

悔しい……こんなやつに、こんなやつに…!!

全身に力を入れ、ユリアは立ち上がる

と、素早く背を向け、走ってその場を後にした



ツォン:「!?ユリア!!」



後ろからツォンが呼びとめる声がしたがそれも振り切り、社長室と階下を繋ぐ階段を駆け降りた

頭の中をプレジデントに言われた言葉が何度も行き交う

それを振り払うようにユリアは一心不乱に走り続けた





どのぐらい走っただろう

エスカレーターをいくつも駆け降り、階数も忘れ始めた頃にまた背後から声がした



ツォン:「待て!ユリア!」



腕を掴まれ、無理やり止められる

ようやく立ち止まったユリアはツォンの方に向き直りながらもその手を振り払って距離を取る

こちらを見つめるツォンの瞳は真剣そのもので、どこか威圧的なものも感じた

だが、ユリアは折れなかった



ツォン:「…どこへ行くつもりだ」


ユリア:「二人を探しに行く」

ツォン:「ダメだ」


ユリア:「どうして!?あたしだってタークスなんだよ!?」



あたしのことをタークスの一員だとレノは認めてくれた

なら、あたしにも同じ任務をやらせてよ?

あたしを“タークスの一員”と思っているなら…



ツォン:「お前は…別だ」



その一言がユリアの中で決定的な何かとなった

あぁ、この人も社長と同じだ

あたしが子どもだから、女だから、弱いから任務にも行かせてくれない

皆の足手まといになるからやらせてくれない

あたしは、必要とされてない



ユリア:「あたしは、何のためにタークスにいるのかな…?」


ツォン:「ユリア?」



ツォンが歩み寄ろうとした瞬間、銃声が聞こえたのと同時にツォンの足元に弾丸が撃ち込まれた

真っ直ぐ銃を構えなおすユリアと、それを黙って見つめるツォン

何も言われずともツォンは自分の置かれた状況を理解していた

少しでも動いたら撃たれる、と…



ユリア:「お願いだから、追って来ないで」



それだけ言ってユリアは再び走り出した

その背中が見えなくなったのを確認すると、ツォンは携帯を取り出してすっかり見慣れた番号に電話をかけた

数回のコール音のあとに呑気な声が聞こえてくる



レノ『はい、もしもぉし?』


ツォン:「レノ。ルードにも伝えておけ。お前達にはターゲットの捜索と同時に、もう一つ任務を行なってほしい」


レノ『了解です、と。で?どんな任務ですか?』


ツォン:「神羅本社ビル総務部調査課所属、ユリア・フェア…」


レノ『…は?え、ユリア!?ユリアがなんスか!?』


ツォン:「彼女の……」



捕獲だ







ザックス:「なぁ、クラウド。この辺で少し休むか?」


クラウド:「………」


ザックス:「お前だって疲れたよな!ちょっと休もうぜ!」



ゴンガガを出て少し離れた森の中

今は夜ということもあり、辺りは静まり返っている

ザックスは立ち止まると、自身の肩で支えていたクラウドをゆっくりと木の根元に座らせた

その表情はぴくりとも動かず、目も虚ろだ

クラウドは魔晄中毒になっていた

意識はあるようだが体は動かず、こちらの声かけに対する反応も見られない

それでもザックスは会話をするように話しかけ、半ば強引な部分もあったかもしれないがクラウドとコミュニケーションを取ってきた

そうしないと自分の心がもたないというのも若干あるのだが……

なんとか安定して座ってくれたクラウドに満足げに頷くとその隣に自分も腰を下ろす


神羅屋敷から脱出してどのぐらいの月日が経っただろうか

ジェネシス・コピーに追われ、神羅に追われ…正直疲れていた

しかも変な実験のおかげで体力も持たなくなっている

このまま無事にミッドガルまで辿りつけるだろうか…?

自分の帰りを待ってくれている人―――、エアリスに会えるだろうか

唯一の心の支えであり、大事な妹―――、ユリアに出迎えてもらえるだろうか

そう考えただけで目の奥がじんわりと熱くなった



ザックス:「っあ〜〜〜、ダメだ!!弱気になるな、俺!」



頬をバシバシと叩いて込み上げてきたものを押し込める

ふと空を見上げるといくつもの星が瞬いていた



―――俺は何があってもソルジャーを辞めない。だから、ユリアもタークスを辞めるな

―――…分かった。約束だよ?

―――あぁ、約束だ



あの約束を交わしたのもちょうどこんな夜だったかもしれない

あの時、こいつの傍にいられるようにもっと強くなろうと誓ったのに…

手のひらに爪が食い込むほど握られた拳

この手は誰も守れないのか?

家族も、仲間も、大切な人も…誰も……



ザックス:「アンジール…俺、どうしたらいい…?」



小さく呟かれた言葉に返事をする者はいない

風に吹かれてさらさらと鳴る葉っぱの音を聞いていると、ふと誰かの気配を感じた

…誰かが来る……!?

瞬時に身構え、敵の気配に神経を研ぎ澄ませる

幸い相手は一人らしく、辺りを探るように歩いている

こちらと接触するまであと10秒……



ザックス:「クラウド、ちょっとここで待ってろよ?」



静かに声をかけるがもちろん反応はない

足音と気配を殺し、手近な木の陰に身を隠した

手元のバスターソードを握りなおして敵の位置を確認する

目標との距離およそ5m…4…3…2……ッ!!


敵が自分の目の前に現れたのと同時に剣を振りおろす

一般兵なら仕留められたのだが、今回の敵は素早いらしい

横に飛んで攻撃をかわした相手は不意打ちに驚いたようだったが、こちらを見て息を飲んだ



「お兄ちゃん!?」



っくそ、こんな早くに場所が割れるなんて…………って、え…?

“お兄ちゃん”???

暗がりでよく見えないが、目を凝らした先には、最後に会った時より身長も髪も伸び、少し大人びた顔をした妹が立っていた

信じられないと言いたげな表情をしている妹におそるおそる歩み寄り、そっと声をかける



ザックス:「ユリア…なのか?」



少し声が震えてしまった気がする

しかし、そんなことは問題ではない

今目の前にいるのが本当にユリアなのだとしたら……、
ユリア:「っお兄ちゃん!!」



勢いよく飛びついてきたユリアにザックスは思わずよろける

首に抱きつくようにしてぶら下がっている妹は、思っていたほど昔と変わっていなかった

強がりだけど、すっごく泣き虫

肩を震わせてしゃくりあげているユリアの背中をあやすように撫でてやると、少しずつ嗚咽は治まっていった



ユリア:「会いたかった…会いたかったよ、お兄ちゃん…」


ザックス:「うん、俺もだよ」



ついさっきまでお前のことを考えていた、なんて言ったらどんな顔をするだろうか

そんな悪戯心に懐かしさを感じているとハッとユリアが顔を上げた



ユリア:「そういえばクラウドは!?」



一緒だよね!?とまわりをきょろきょろと見回す

恋人であるクラウドの安否が気になるのは当然のことだ……けど、

兄との喜びの再会にもう少し浸ってろっつーの…

心の中で小さく舌打ちしながらも顔には頬笑みを浮かべて案内する

先程と変わらず、木の根元に座っているクラウドにザックスは明るく声をかけた



ザックス:「クラウド!聞いて驚け、ユリアが来てくれたぞ!本物のユリアだ!」


ユリア:「…偽者のあたしにでも会ってきたの?」



今までと変わりないやり取りを交わすが、クラウドは何も答えない

不思議そうに首を傾げるユリアにザックスは苦笑いを浮かべた



ユリア:「クラウド…?」



何の反応も示さないクラウドに不安を覚えて顔を覗き込む

と、その虚ろな瞳を見た瞬間ユリアの表情がサッと変わった



ユリア:「魔晄中毒…?」


ザックス:「あぁ、おそらく重度のな」


ユリア:「宝条……ッ!!」



奥歯を噛みしめ、湧き上がる怒りを抑えるユリア

心の中では宝条に対する怒りと神羅に対する憎しみが溢れているがそれを表面に出してはいけない

自分なんかより二人の方が傷ついているに決まってるから…

静かに怒りを燃やしているユリアの背中を見つめながらザックスはふと思ったことを口にした



ザックス:「そういえば、お前はこんなとこで何してるんだ?」



何気なく発した言葉にザックス自身がハッとする

今の自分たちの状況を考えれば分かることだ



ザックス:「そっか…お前は神羅の人間だったな」


ユリア:「けど、今は違う……」


ザックス:「え…?」



自嘲気味に笑うザックスに対してユリアは小さく呟いた

危うく聞き逃してしまいそうな言葉に思わず聞き返すと、ゆっくりとこちらを振り返るユリア

その瞳は決意の色が見えるものの、どこか悲しげに見えた



ユリア:「あたしはお兄ちゃんとザックスを助ける。そのために来たんだよ」


ザックス:「で、でも、そんな事したら…!」



神羅から追われている者の手助けなどしたら間違いなく共犯者とみなされる

今の自分の役職はもちろん、職場の仲間も捨てて敵対することになる

だがユリアは“分かっている”というように頭を振った



ユリア:「いいの、そんなこと。タークスもクビになろうが、牢屋に入れられようが、二人が無事でいてくれるなら何だっていい」


ザックス:「ユリア……」


ユリア:「だから…だからね?お兄ちゃん、」



ゆっくりとザックスに歩み寄り、その服の裾をぎゅっと掴むと請うような表情で兄を見つめる

期待と懇願とが入り混じったそれはどこか儚げだった



ユリア:「あたしも一緒に行っていい?」



近くにいたい、傍で二人を守りたい

ザックスなら…お兄ちゃんなら“いいよ”って言ってくれるよね?

一緒にゴンガガを出た時みたいに、笑って手を繋いでくれるよね?


服を掴んでいるユリアの手にそっとザックスの手が重なる

その手は優しく握られた



ザックス:「ダメだ」



そう言って自分の服を掴んでいるユリアの手を外す

予想とは違う反応にユリアは呆然とその手を見つめていた

が、次第に表情が歪み、瞳に涙が溜まっていく

ようやく振り絞って出された声は震えていた



ユリア:「なん、で…?あたし、強くなったよ?」


ザックス:「そういうことじゃない。ユリアを巻き込みたくないんだ」



諭すように言うザックスだが、その声は全くユリアには届いていない

頭の中でぐるぐるとプレジデントの言葉が反芻していた


―――貴様のようなひ弱な女には何もできんっ!

―――兄も心のどこかでは恥じていたんじゃないか?


違う!
違う違う!!

お兄ちゃんはそんなこと思わない!

自慢の妹だって、言ってくれた…

でも………今は…?


急に不安に駆られ、目の前の兄の表情を窺う

真っ直ぐにこちらに向けられた視線、透き通った碧眼、きゅっと固く結ばれた口…

兄は絶対に嘘は言わない

聞くなら…今しかない

“お兄ちゃんは、あたしのこと恥ずかしいと思う?”



ユリア:「…っ、お兄ちゃ」
「この辺りにいるはずだ!探せ!!」



突然の声に驚いてそちらを向く

見ると、武装した神羅兵が近くまで来ていた

おそらく軍の小隊だろう

だがその人数は軽く20を超えている

そこまでして、この二人を……

そう思うと改めて神羅の恐ろしさを感じた



ザックス:「ちっ、もう来やがったか…。クラウド、もう少し我慢してくれな?」



そう言って座らせていたクラウドを担ぎあげる

相変わらず反応を示さないクラウドはだらりとザックスに凭れかかっている



ユリア:「クラウド…」



虚ろな瞳は自分のことも映してくれない

大好きなあの声で名前を呼んでくれることもない

久しぶりに会えたのに、話すこともできない

息をしているのに…こんなに傍にいるのに…


悲しみに耽る間もなく神羅兵との距離は徐々に縮まっていく

込み上げる涙を拭い、ユリアはザックスに背を向けた



ユリア:「あたしがここで足止めする。お兄ちゃんは少しでも遠くへ行って」


ザックス:「な…っ!?何言ってんだ!お前も逃げろ!」


ユリア:「一緒に行っちゃだめなんでしょ?そしたらあたしにできるの、これぐらいじゃない」



そう言って冗談っぽく笑って見せたがザックスは立ち止まったまま困惑している

その様子にユリアは少し苛立ちを含ませた声を上げた



ユリア:「…早く行って」


ザックス:「でもっ」
ユリア:「お願いだからっ!!」



これぐらいの役、立たせてよ…

「いたぞ!!」



その声を合図に神羅兵たちが駆け付ける

さすがにザックスも最良の判断が何かを理解し決意したらしく、クラウドを担ぎ直してユリアに背を向けた

その表情は苦しげなものだが…



ザックス:「いいか!?絶対、絶対に無事でいろよ!!」


ユリア:「お兄ちゃんもね」



そう言って別れた兄妹

ユリアはポケットから愛銃を取り出し、弾を込める

今やるべきことは時間を稼ぐこと

もしくは、


敵の殲滅



「ど、どうしてタークスがここに…!!」


隊長:「そこをどけ!なぜタークスがやつらの手助けをしている!?」



遠慮なく向けられる銃にユリアは溜め息を吐いた

一般兵の中にはクラウドの同僚やその先輩もいる

むしろ、顔見知りの方が多いぐらいだ

困惑の表情を浮かべる兵たち一人一人をじっくり見回す



ユリア:「今は神羅とかタークスとか関係ない。あたしは、ユリア・フェアだ!!」


「ユリアさん…っ」


隊長:「何をごちゃごちゃ言っているんだ!全員突撃っ!!」


「「う、うぉおおおお!!!!」」



みんな…ごめんね……


心の中で謝罪し、ユリアは銃を構えた






――――――


「ユリアさん!クラウドと付き合ってるって本当ですか!?」


ユリア:「うん!本当だよ?ね?」


クラウド:「あ、う、うん……」


「うっわーーーマジかよ…わりと本気でショックだわ…」


「ねぇ、ユリアさん〜クラウドじゃなくて俺なんてどうスか〜?」


「ばーか、鏡見てから言えっての!」


「あ、そういやこないだの遠征の話しましたっけ?」


ユリア:「こないだの…?」


クラウド:「あ!それは言わなくてい」
「いやぁ、クラウドのやつ移動中のトラックで吐いちゃってですねぇ?」


「あー、ありゃ最悪だったな…」


「ったく、とんだお騒がせ坊主だよな〜」


「ユリアさん、クラウドのこと本気でよろしくお願いしますね?」


ユリア:「わかった!任せて!」


クラウド:「ユリアものらないでよ…」


「「あはははははっ!!」」



―――――――――





引き金を引くごとに、兵が呻き声をあげて倒れるごとに、楽しかった日々が走馬灯のように頭の中を流れていく

あの人はクラウドに意地悪ばかりしていたけど、本当は優しい人

あの人はいつも親切にしてくれた人

あの人はおしゃべりが大好きで、明るい人


けれど、今は敵同士

お互いに“排除すべき相手”なのだ



「…おい、あれ…」


「ユリアさん…泣いてる…?」



頭では分かっている、

体も言うことを聞いている、

けれど涙が溢れて止まらない


ついこの間まで仲良くしていた相手を撃つのはこんなにも苦しいのに、どうして彼らは平気な顔をしていられるのだろう?

どうして、こんなことをしなければいけないのだろう…?



ユリア:「なんで…なんでみんなあの二人を追うの!?一緒に任務してきたんでしょ!?同じ訓練してきたんでしょ!?仲間じゃないのっ!?」



その言葉に多くの兵の動きが止まり、戸惑いの表情を浮かべた



隊長:「っく…小娘が余計なことを…」



隙を見てユリアの死角に回り込み、機会を窺っていた隊長は静かに照準を合わせた

これ以上、隊の士気を乱されるのは困る

終わりだ、タークス風情の小娘…!!



「おっと、その銃はしまっとけよ、と」


隊長:「!?」



背後からかけられた声に驚いて振り返る

その声はユリアや他の兵にも届いていたようで全員の視線は声の主に向けられた



ユリア:「レノ……」



声の主、レノはゆっくりとユリアに歩み寄る

その表情は感情を押し殺しているような、今まで見たことのないものだった



レノ:「ユリア、お前…こんなことしてどうなるか分かってんだろうな?」


ユリア:「レノこそ、これ以上二人を追いかけるようなら許さないっ」



威嚇をするように睨みつけるとレノは大きく溜め息を吐いて面倒くさそうに、そう思わせるような口調で口を開いた



レノ:「あ〜、俺の命令はお前の捕獲だ。余計な手間取らせるなよ、と」


ユリア:「…あたしは帰らない!神羅には、絶対に!!」


レノ:「そうかよ……。んじゃ、仕方ないよな?」



そう言ってロッドを構えるレノ

ユリアは自分の背中を嫌な汗が流れるのを感じた

レノと戦ったことはないが、勝てる見込みがないことだけは分かる

接近戦になったら確実に負ける…その前に何か手を打たないと……

そんなことを考えていると、自分の真横を弾丸が飛んでいった

それはレノの腕を掠り、レノの顔を歪める



レノ:「っつ……」


ユリア:「え…?」



後ろを振り返ると、銃を構えている神羅兵

その手は微かに震えていたが、銃を下ろす気配はない



ユリア:「どうして…」

「ユリアさん!二人のあとを追ってください!」


「俺達、本当はこの任務嫌だったんです…」


「仲間やユリアさんを撃ったりなんて、やっぱりできないです!!」



口々に本音を暴露する神羅兵にユリアは目を瞬いた

本当は、みんな迷ってたの…?

まだクラウドやザックスのことを仲間だって思ってくれてるの…?

と、銃を構えたままの兵が顔をこちらに向けて微かに頬笑んだ



「ユリアさん、前に俺言いましたよね?“クラウドのこと本気でよろしくお願いしますね?”って」


ユリア:「あ…」



あの時の彼…

クラウドと一番の仲良しだった、クラウドの同僚

彼までもがこんな任務に参加しなければいけないなんて…

ひどすぎる………



「こんな形ででもいいからあいつに会えたらって思ったんですけど…考えが甘かったですね。やっぱあいつのことはユリアさんに託します!」


ユリア:「………」


「クラウドのこと、よろしくお願いします」



ニッと笑みを浮かべる口元に自然とつられる

クラウドはいい友達を持ってるね…

素敵な仲間に恵まれたね…

その思いを無駄にするわけにはいかない

ゆっくりと頷き、先程とは違った意味で一人一人を見渡して笑みを向ける



ユリア:「みんな、ありがとうっ!」



兵たちの横を駆け抜け、森の奥深くへと入っていくユリア

その後ろ姿を見送る兵たちの心は穏やかだった



「へへ…ユリアさんに“ありがとう”って言われたよ」


「やべぇ、なんか照れるな」



和やかな空気が流れかけていたが、それは一人の怒鳴り声であっけなく壊された



隊長:「貴様ら……どういうつもりだ!!」



怒りに震える隊長は兵たちと正面から向き合うように立つ

士気は下がってはいないようだが、それは今までとは違った方向に向けられていた



「すみません、隊長。我々は命令を受けることができません」


隊長:「なんだと…?」


「我々と行動を共にしてきた仲間を攻撃などできませんっ!!」


隊長:「何を…っ、何をふざけたことを言っ」
レノ:「兵が兵なら隊長も隊長だな」



瞬間、隊長の体にレノの拳がめり込んだ

声もなく倒れた自分たちの上司に息を飲む

一瞬のうちに起きた出来事に誰も何も言葉を発せられなかった

今、目の前にいるこの人は確実に…強い…



レノ:「さて。お遊びはここまでだぞ、と」



先程ユリアにそうしたように兵たちにロッドを向けるレノ

あたりの空気は張りつめ、緊張感が漂っている

それでも兵たちは冷静だった



「…みんな、分かってるよな?」


「あぁ。なるべく時間を稼げってんだろ?」


「ザックス、クラウド、ユリアさんのためにも…!」



「行くぞっ!!」



無謀なのは分かってる

けれど、少しでもあの人たちの役に立てるなら俺たちはそれでいい…!!
















【Subject】人事発令07XX
【From】  神羅ニュース

下記のとおり27名の殉職を通知する。


一般兵 27名


以上。



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