小説 | ナノ



07
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


セフィロス:「久しぶりの故郷なんだろ?どんな気分がするものなんだ?俺には故郷がないから分からないんだ」



ニブルヘイムに到着すると、村の入り口でセフィロスがクラウドに問いかけた

クラウドが答えるより早くザックスが口をはさむ



ザックス:「ええと、両親は?」


セフィロス:「母の名はジェノバ。俺を生んですぐに死んだ。父は……」



そこで言葉を切り、肩を震わせるセフィロス

どうしたのかと思うと突然声を上げて笑いだした

ザックスを含めクラウドや他の神羅兵も驚いてセフィロスを見つめる

セフィロスは何かブツブツと呟くと何事もなかったかのようにザックス達の方を振り返った



セフィロス:「さぁ、行こうか」



















ユリア:「っあー!!終わった!」



書類をバンッとデスクに叩きつけ、ユリアは大きく伸びをした

まわりのメンバーが“お疲れー”と声をかけてくる

その声に返事を返すような体力は残っておらず、ひらひらと手を振り返した



ロッド:「お疲れさん!ほい、ジュース」


ユリア:「ありがとー」


格闘男:「座りっぱなしも疲れただろ?少し外の空気でも吸ってきたらどうだ?」


ユリア:「ん、そうする…」



ゆっくりと立ち上がり、肩をぐるぐる回しながら仕事場を出る

社内はちょうど昼休憩らしく、食堂へ行く社員たちで溢れていた



ユリア:「…61階行こっかな」



61階にあるリフレッシュツリーには目の保養など心身に安らぎを与える効果があると聞く

ユリアは真っ直ぐに目的地に向かい、近くのベンチに腰を下ろした



「ねぇ、最近ザックスさんのこと見ないけど…どこ行っちゃったの?」


「アンタ知らないの!?ザックスさんはセフィロス様と一緒に一ヶ月前から任務に行ってるのよ!」



女性社員たちの他愛ないおしゃべりが耳に飛び込んでくる

そう、あれから一ヶ月経ったのだ

時の流れは思っていたよりも早く、もう一ヶ月も経っているのかと逆に驚いている

ザックスとクラウドと離れていてもこうして一人で何事もなく仕事をこなしてきたのだが…



ユリア:(…やっぱり、寂しいかな)



こうした休憩時間にチラチラとこちらを見てくる男性社員はいても、話しかけてくれる友達はいない

部屋に帰っても出迎えてくれたり話をしてくれる兄はいない

仲間だけでは、補えない…

ふぅ、と小さく溜め息を吐き、ロッドからもらった缶ジュースを開けると同時にポケットに入れている携帯が鳴った

開いた画面には“ツォン”の文字



ユリア:「もしもし?」


ツォン『ユリア、任務だ』


ユリア:「えーーー!?今書類の見直し終わったばっかりなのに…」



唇を尖らせて不満そうに言えば、電話越しにツォンが苦笑いをしているのが分かった



ツォン『そう言うな。これからロケット村に向かってもらいたい。単独任務だ』


ユリア:「単、独…?」


ツォン『あぁ。一人で、ということだ』



その言葉にユリアの目が輝く

これまで一人で任務を行ったことなど無かったため、仲間たちが一人で旅立つ姿に少なからず憧れを抱いていた

とうとう自分にもその役目が回ってきたのだという嬉しさからユリアは椅子から立ち上がっていた



ユリア:「行く!!行きたい!」


ツォン『じゃあ、至急戻ってこい。詳しい内容を説明する』


ユリア:「オッケー!」



電話を切り、一気にジュースを飲み干す

ザックスやクラウドが帰ってきたら自慢しよう

あたしもとうとう、一人前になれたんだ!!

足取りも軽く、ユリアは仕事場へと戻っていった





レノ:「ほんっとーーーーに一人で大丈夫か?、と」


ユリア:「平気だよ!ロケットの調子見るだけだもん」



レノの運転する車の中、ユリアは明るく答える

それとは対照的にレノの顔は不安そうだった



レノ:「…やっぱ、俺もついていくか?」


ユリア:「平気だってば。それに、これは“独断”任務だからね!」


レノ:「…それを言うなら“単独”な」


ユリア:「うっ…そ、そうとも言う!」

レノ:「そうとしか言わないぞ、と」



“やっぱり心配だ…”と大きな溜め息を吐くレノを軽く睨みながらユリアは不機嫌そうに腕を組む



ユリア:「だいたい、なんでレノがそんな心配するわけ?いつもなら“あ〜、お守する必要がなくなって助かったぞ、と”とか言ってもおかしくないじゃん」


レノ:「…まぁ、それはそうだけど…」



珍しく口ごもるレノにユリアは首を傾げる

ユリアがまだ幼いとか、本当に一人で行けるのかとかそういう心配をしているわけではない

自分の見えないところで彼女に何かが起こることに耐えられる自信がないのだ

何かがあっても自分が傍にいて駆けつけられるような、そのぐらいの距離で見守って……



レノ:(待て、俺はこんなガキに何を過保護なことを考えてるんだ、と)



自分の考えに鳥肌が立つ

あり得ない、思い違いだ、あっていいわけがない

第一、こいつにはもう恋人がいて
ユリア:「あ!ロケット村ってあれかな?」



座席から身を乗り出してフロントガラスに額をつけるように前を見る

はるか前方に村の象徴とも言える、ロケットの先端が見えてきていた

それを見て嬉しそうに跳ねるユリアを“暴れるな”とシートに押さえつけ、レノは小さく頬笑んだ

せっかくの単独任務、邪魔しちゃ悪いよな


車は村の入り口前で止まり、ユリアはぴょんっと飛び降りる



レノ:「任務内容は?」


ユリア:「把握済み!」


レノ:「報告は?」


ユリア:「今日中にツォンに連絡!」


レノ:「迎えは?」


ユリア:「終わったらレノに電話!」



にっこにっこと満面の笑みを浮かべながら答えるユリアに今日何度目か分からない溜め息を吐く

今回の任務はロケット製作の進行具合を確かめるだけだし…何も難しいことはないはずだよな、と



レノ:「いいか?任務が終わったらすぐ連絡しろよ?絶対だぞ?」


ユリア:「分ぁかってるって!レノってばお兄ちゃんみたい…」

レノ:「!?誰があのバカ兄貴だ!!」

ユリア:「お兄ちゃんの悪口言わないで!」


レノ:「くそっ…!もう俺は帰るからな!!」



言うが早いかレノは素早く車を動かし、来た道を戻っていった

それが見えなくなるまで見送ってからユリアはロケット村を振り返る

これがあたしの初めての単独任務…!

逸る胸を抑えながらユリアは村へ一歩を踏み出した






ユリア:「ロケット製作は順調、と」



ロケットの製作チームや常備している宇宙開発部門に話を聞き、これまでの経過をまとめる

本当はパイロット勢とも話をしたかったのだが生憎今日は留守だったらしい

ツォンに報告の電話を入れると、帰りの船が少しトラブルを起こしたことを告げられ、疲れているだろうから村で一泊してこいと言われた

言われるまで気づかなかったがたしかに体は少しだるい

張り切り過ぎたのと、一人で全てをこなしたのとで疲れが出たのだろう

ふと空を見れば太陽も沈みかかっている

…お兄ちゃんとクラウド、元気かな?

そこまで考えてハッと思い出す

あたしの記憶が正しければこの辺りに……

携帯端末を取り出し、このエリアの地図を検索する



ユリア:「…やっぱり…!」



地図はロケット村から南に向かったところに小さな村があることを示している

名前は、ニブルヘイム

今まさに思い浮かべていたザックスとクラウドが任務を行っている場所だ

ここからニブルヘイムまで時間はかかるが歩いていけない距離でもない

2人に会って話をしたいのだが、向こうの任務の邪魔をしてしまうのは申し訳ない

どうしたものかと顎に手を当てて考える

が、答えは1分とかからずに出た



ユリア:「ちょっと見るだけならいいよね」



ちょっと様子を見てすぐに帰る

それなら誰にも迷惑かけないし、なんの問題もない

…家族や恋人が無事ならばそれでいい、元気な姿を見れればそれでいいんだ

そう意気込んでユリアはニブルヘイムへと足を進めた




どのぐらい歩いただろうか

もう日は沈み、夜空にはたくさんの星が瞬いている

もしかしたらザックス達は寝てしまったかもしれない…

少し肩を落としながらも歩いていると、ぼんやりと明かりが見えてきた

おそらくあれがニブルヘイムなのだろう

そう思うと自然とユリアの足も早まった

村に近付くにつれてその明かりがとても大きなものだと気づいた

もしかしたらお祭りをやっているのかもしれない!

そしたら、ザックスやクラウドだって起きているはず!!

楽しそうに笑い合っている2人の姿を想像し、胸が高鳴ってきたユリアはニブルヘイムへと一目散に駆けていった


が、ユリアは村の異変に気がついた

お祭りならばどうして人々の賑やかな声が聞こえないのだろうか?

ぱちぱち、という聞き慣れない音

風にのってくる熱気と焦げた匂い

その疑問は村についてようやく知ることができた



ユリア:「何、これ…」



燃える家屋

逃げ惑う人々

泣き叫ぶ子どもや家に向かって叫んでいる大人

“火事”なんて優しいものではない

言葉通り、あたりは火の海だった



ユリア:「誰が…こんなこと……」



呆然と立ち尽くしていると、視界の端に見慣れた銀色が靡いた

それを追うように振り返るとそこには長い銀髪が揺れている

見覚えのある後ろ姿に思わず安堵の笑みが零れた



ユリア:「セフィロスさん!」



彼なら何か知ってるかもしれない

どうしてこの村がこんなことになっているのか

他の皆、ザックスやクラウドはどこにいるのか

聞きたい事がありすぎて気持ちが急いてしまう

早足でセフィロスに歩み寄り、その顔を覗き込んだ

………瞬間だった



「うぐっ…!」


ユリア:「え?」



頬に生温い飛沫がかかる

目の前にいるセフィロスは自分に凭れかかっている男を無表情で見下ろしていた

その男の背中からは鋭い刃が突き出している

セフィロスは体を離すと男に刺さっていた刃を抜き、軽く振って刃に付いた血を払った


今、目の前で起きていることは夢なのだろうか…

足元に横たわっている男はぴくりとも動かない

これは悪い夢だ、そうに違いない…

もしくは目の前のこの人物はセフィロスによく似た別人だ

そう考えるとなんだか気分が楽になった

ふと無意識に頬に触れる

ぬるっとした感触に手を見ると、指先が赤く染まっていた



(ドクン、)



違う、違う違う違う違う違う違う!!

これは夢じゃない、現実

全部全部本当に起きたこと



ユリア:「セフィロスさん…、どうして…」



神羅ビルですれ違うたびに優しい笑顔を向けてくれた

ザックスとケンカしたときは仲介に入ってくれたり、慰めたりしてくれた

それなのに、目の前にいるこの人は…

人を一人殺しても何の感情も見せないでいる

と、ふいにセフィロスはこちらに向き直った



セフィロス:「…なんだ、ユリアか」



抑揚のない声で名前を呼ばれ、思わず肩がびくりと揺れる

なんだろう…なんか、怖い……



セフィロス:「やはり兄妹だな。お前たちは本当によく似ている」


ユリア:「あ、あの…」



ゆったりとした動きで近寄るセフィロスに恐怖が増していく

足が動かない…

怖い…怖い!



セフィロス:「本当に…見ていて腹が立つ」



瞬間、鈍い痛みが腹部を襲った

一瞬の吐き気と同時に目の前が真っ暗になる

何が…起きたの……?

セフィ、ロス……さん…


ユリアは膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れた

足元に倒れた少女を見下ろしてフッと笑みを浮かべる



セフィロス:「安心しろ。すぐに兄も送ってやる」



言いながら刀を振り上げると、いきなり背後から羽交い締めにされた

見ると村人と思われる男が必死にしがみついている



「ちくしょう…!お前のせいで!!家族が…村が…っ!」



怒りに満ちたその顔は炎に照らされて迫力のあるものになっている

セフィロスは表情一つ変えず男を振り払うと、ひゅっと刀を振った



「ぎゃ…っ!!」


セフィロス:「邪魔だ」



憎しみに満ちた瞳でこちらを睨みながら男は倒れた

軽く溜め息を吐き、再びユリアに向き直る



「セフィロス!!」



ふいに後ろから声がした

その声は知っている…

ゆっくりと振り返ると、数メートル離れた所から一人のソルジャー…ザックスがこちらを見上げていた

奴は俺を止めたがっている

だが、もう決めたんだ

俺は奴らみたいな裏切り者とはもう慣れ合わない

不安と怒りが入り混じった表情のザックスに笑みを向け、魔晄炉に向かって歩く

足元のユリアなどもはやどうでもいい

こいつはなんの脅威にもなりはしない



ザックス:「待て!セフィロス!!」



慌ててセフィロスの後を追うが、先程までセフィロスがいたところに倒れている少女に目がいく

見知った制服に見知った髪型

ここにはいるはずのない存在だが、もしかして…



ザックス:「ユリア!?」



急いで駆け寄り、その体を抱き起こす

意識は失っているようだが目立った外傷はない

そのことに安堵の息を漏らすとザックスは力強くユリアを抱きしめた



ザックス:「ひどい……。セフィロス…ひどすぎる…」



ユリアはセフィロスのことを慕っていたのに

会うたびに喜んで、あんなに嬉しそうな表情をしていたのに

なのに……、

裏切られた



ザックス:「ユリア、ごめんな。ここで待っててくれ」



燃え盛る場所から少し離れたところにユリアを寝かせ、そっと頭を撫でる

返事はないがザックスは小さく微笑んだ



ザックス:「兄ちゃん、決着つけてくる」



そう言って魔晄炉の方へ走り去っていく

その後を追いかける影が一つ

影はユリアに気づくとその顔を覗き込むようにしゃがみ込み、頬を撫でた



「俺に…力があったら良かったのに…」



ヘルメットで顔は見えないが声からは怒りをひしひしと感じる

少し名残惜しそうに頬から手を離すと、男も魔晄炉の方へと駆けていった




その後、魔晄炉でのザックス、クラウドの戦闘によりセフィロスは魔晄炉に転落し死亡と報告され、ユリアが意識を取り戻した時にはすでに事は終息を迎えていた





ユリア:「ここは……あっ!」



自分に起きた出来事を思い出すのは一瞬だった

まだ体が痛むが気にする余裕もなく、一目散にニブルヘイム魔晄炉へ向かう

着いた時にはちょうど2人が担架に乗せられたところだった



ユリア:「クラウド!!お兄ちゃん!」



担架で運ばれていく2人に縋りつくが、ツォンに制される



ツォン:「安心しろ。すぐに市内の病院に搬送される」


ユリア:「ほんと…?」


ツォン:「…あぁ、本当だ」



言葉ではそう言うがツォンの表情ははっきりしない

ユリアはあたりを見回し、その異様な光景に驚いた

どこもかしこも白衣を着た人だらけ

おそらく神羅の科学部門の研究員なのだろう

その中で指揮をとっているらしい男をちらりと見やる

宝条…、ユリアが唯一苦手な神羅の研究員だ

彼がここにいるというだけでどこか不穏な空気を感じる

それは他のタークスメンバーも同じようで、どこか居心地の悪そうな様子で魔晄炉内の調査を行っていた



レノ:「おい、ユリア」


ユリア:「ん?なぁに、レ…にょ!?」



思い切り両頬を引っ張られ、うまく口が動かない

おまけにものすごく痛い

レノはにっこりと笑みを貼り付けて指先に力を入れた



レノ:「お・ま・え・は〜、ロケット村の調査だったよな?ニブルヘイムの調査じゃないよな?ん?」


ユリア:「いひゃいいひゃい!!ほへんははい!」



乱暴に離された頬はひりひりと痛む

それを擦りながらユリアはレノを見上げた



ユリア:「ニブルヘイムの調査もあったの?」


レノ:「あぁ。つっても魔晄炉の調査だけどな。調査に行ったやつがたまたまニブルヘイムに寄ったらセフィロスの様子がおかしいって報告してきたんで駆けつけたらこれだぞ、と」


ユリア:「そう…」



そんな調査があったなんて知らなかった

教えてももらえなかった

あたしがここに来なかったらずっと教えてもらえないままだったのかもしれない

どうして…みんな隠すの?

不満の渦が心の中でぐるぐると回る

自分の幼さがいけないのか、それとも力が足りないのか…



ツォン:「集合!タークスはニブルヘイム村へ迎え。次の任務を説明する!」



ツォンの声にハッと我に返る

ダメだ、今は任務中なんだから集中しなきゃ!

ユリアは頭を軽く振ると仲間たちに続いて山を降りていった





ユリア:「あ……」



鼻につく焦げた匂い

細く立ち上る白い煙

そこには村の形は残っておらず、ただの瓦礫の山と化していた



レノ:「ひでえな…」


ロッド:「ちょっとこれは想像以上だ…」



あまりの酷さに目を覆いたくなるが、そんなことをしている暇はない

これから話されるであろう任務に一同は宝条の前に並んだ



宝条:「ん?あぁ、君。君はあちらで別の任務にあたってくれ」


ユリア:「あ、あたし?」



君、と差された指は確実に自分に向けられている

分かり切った質問をしたせいか宝条は気だるそうに眼鏡を押し上げた



宝条:「君が立っている所には君以外の誰かがいるのかね?」


ユリア:「……いないけど…」


宝条:「ならば早く行きたまえ。そこのお前、例の場所へ案内してやれ」


「あっ、はい!」



声をかけられた研究員はユリアに歩み寄り手を引こうとするが、隣から伸びてきた腕がそれを遮った



レノ:「待てよ。なんでこいつだけ別の任務なんだ?」


宝条:「私の決めたことに何か疑問でも?」


ヌンチャク:「無いと思えるところがすごいよねー…」



その呟きは聞こえていなかったのか聞こえていないフリをしたのか宝条は構わずに話しだす



宝条:「これから君たちにやってもらう任務は彼女には荷が重いと思ってね。私なりの配慮だったんだが気に入らないと言うのなら仕方ない」



やれやれとわざとらしく肩を落としてみせる宝条に全員の表情が微かに動いた



短銃女:「ユリアにとって荷が重い、とは…?」


宝条:「知りたいか?」



ニヤニヤともったいぶった笑みを浮かべながら全員の顔を見回す

不安、苛立ち、怒り…さまざまな表情を見せるタークスの面々に宝条は笑みを深めた



宝条:「ここの“掃除”を頼みたいんだ。君らタークス全員に」


「「!?」」

ユリア:「掃除?」



ユリア以外のメンバーの表情が途端に強張る

“掃除”とは、おそらくこの状況の後始末のことを指すのだろう

廃材の片付けなどではなく、もっと暗くて嫌な仕事だ

それをユリアに………

レノは軽く舌打ちをし、唇を噛みしめた

腐ってやがる、どいつもこいつも…っ!!



宝条:「それで?どうするかね?」



悪質な笑みを浮かべてこちらの顔を覗き込む宝条に心の中で罵倒を浴びせ、レノはゆっくりと口を開いた



レノ:「ユリアは、平気か?」


ユリア:「ん?」


レノ:「俺達と一緒じゃなくて平気か?」



自身の体調も完全ではなく、そのうえ兄と恋人が目の前で搬送されるのを見ているのだ

心身にダメージがあるのは間違いないだろう

…それでもきっとユリアは笑って言うんだ



ユリア:「うん!あたし1人でも平気だよ!」



予想通りの反応にレノは苦笑した

そうか、と返してその頭をぽんぽんと叩く

その様子を見て判断したのか宝条は研究員に目配せし、研究員も“こちらへ、”とユリアを誘導した

2人の姿が見えなくなったのを確認すると宝条はより一層笑みを深めた



宝条:「クックック……賢明な判断だね、タークスのエース?」


レノ:「………」


短銃女:「レノさん!彼女を行かせてしまっていいんですか?!」



詰め寄る新人たちにレノは眉をしかめた



ロッド:「おい、そんな怖い顔
レノ:「…っかんねえよ……」



振り絞るような声で話すレノの表情は険しい

だが、それは怒りとも戸惑いとも言い難いものだった



レノ:「俺だってやりたくない仕事を、アイツにやらせられるわけないだろ…っ」



強く握られた拳は微かに震えている

なんでこんな、こんな仕事をしなくちゃならないんだ…!

静まり返るタークスの面々など全く気にせず、宝条は愉快そうに告げた



宝条:「それでは、改めて君たちに任務を頼もう。


この事件は闇に葬る。
よって、この村の生存者の口を封じ、村を復元せよ」


ルード:「つまり、俺達にこの事件を隠蔽しろと…?」


ナイフ:「ちょっと!!本気で言ってるの!?」



困惑を露わにするタークスに宝条はフッと短く息を吐いた



宝条:「君たちに拒否権はない。それに、これが神羅にとっての最善の策だ。市民の安全を守るソルジャーが罪なき村人たちを傷つけたと知れば、まわりからの神羅に対する信用はどうなる?」


刀:「それは……っ」


宝条:「何も躊躇うことはない。この事を知っているのは我々だけだ」



薄笑いを浮かべる宝条に全員黙りこむ

タークスはこんな汚い仕事もやらなければいけないのか?

神羅は何を考えているんだ…?

暗い表情を浮かべる面々の顔を見渡し、宝条は話は終わりというように背を向けた



宝条:「では、頼んだよ?タークス諸君……クックック…」



不気味に笑いながら去っていくその背中を睨みつけながらも、誰も文句は言わなかった

なぜなら、タークスは“神羅の犬”なのだから……



一方、神羅屋敷に連れて来られたユリアは応接室らしきところで接待をされていた



ユリア:「あの、あたしの任務って…」


「まぁ、それは後ほど。まずはお茶でも飲んでください」



そう言って笑顔でお茶を注いでくれる

自分だけこんな寛いでいていいのだろうか

今頃与えられた任務をこなしているであろう同僚たちに罪悪感を感じながらも、差し出されたティーカップに口をつけた

…やけに苦いお茶だなぁ

飲みきれる自信がなく、一口飲んでユリアはそっとティーカップを置いた



「さて、では任務についてお話しましょう」



ようやく本題に入る気になったようで、研究員は向かいの椅子にゆっくりと腰掛けた

ユリアも姿勢を正して耳を傾ける

どんな任務でも気を引き締めなくては!



「今、タークスには村人たちの口封じをしてもらっています。ですが、全員を始末するのは難しいでしょう。彼らの目をかいくぐって逃亡する者も出てくると思います」


ユリア:「……は、あ?」


「そこで貴女にやってもらいたいのは、その逃げ出したやつらの始末です。大人数ではないでしょうから楽な仕事だとは思いますが」



何…何を言っているんだこの人は

淡々と話す相手は表情も声色も変えることなく、いたって冷静に話している

意味が分からない、理解ができない

頭が、働かない



ユリア:「ふざけないでよ…あたしに無実の人を撃てって言うの!?」


「撃つんじゃありません。殺すんです」



はっきりと言われた言葉に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた

殺す……?あたしが?

困惑していた感情は次第に怒りに変わっていく

さっき宝条博士が言っていた“掃除”ってそういうことだったんだ…!!



「いや、待てよ?殺し損なってもそれは実験サンプルとして使えるのでは……?あとで博士に確認しなくては…」

ユリア:「いい加減にしてっ!あたし、は、!?」



椅子から立ち上がろうとするが体が思うように動かない

縛られているわけでもない、痛みがあるわけでもない

それでも金縛りにあったかのように指の一本も動かせなかった



「あぁ、薬が効いてきたんですね?意外と早かったな」



腕時計をちらりと見やりながら何かをメモする目の前の研究員にユリアは叫ぼうとした

が、声が出ない

頭もぼんやりしてうまく言葉にならない

その様子を彼は満足そうに見やり、ポケットから小型の注射器を取りだした



「大丈夫です、何も怖いことはありません。これは実験薬ですから」


ユリア:「あ……う…、」


「貴女は任務を遂行しなくてはいけません。これはタークスに与えられた任務です」



腕にちくり、と痛みが走る

何かが体内に流れ込んできた

それは全身を駆け巡るように勢いよく流れていく

軽い吐き気と頭痛に襲われると同時に、頭の中に先程の言葉がこだました



これはタークスに与えられた任務です

今、タークスには村人たちの口封じをしてもらっています

貴女は任務を遂行しなくては…

…逃げ出したやつらの始末

彼らの目……逃亡する者…



撃つんじゃありません。殺すんです




ゆっくりと体が動き出す

だが、それはユリアの意思によるものではない

わけが分からないうちに体は神羅屋敷の外へと出ていった



ユリア:(なんで?なんで勝手に体が動くの?)



戸惑うユリアの耳に銃声が響いた

そちらに目をやると見知った仲間の背中

そして、足元には倒れている村人

呆然と立ち尽くす仲間の表情は見えないが、その背中からは絶望感を感じる

声をかけようにも言葉を発する自由すらない体は、歩くのを止めずに村の外へと出ていった



「ひ…っ!!た、タークス…!」



村を抜けると一人の村人と出くわした

突然のことに腰を抜かしたのか尻もちをつき、真っ青な顔で後ずさっていく

ユリアは無言で銃を構えた

もちろん自分の意思によるものではない



ユリア:(やめて!やめて、撃たないで!!)


「た、頼む、殺さないでくれ…」



縋るような目で見る村人に対し、冷めた思考が頭に流れ込んだ

“哀れな人間…”

そう思った瞬間、指が引き金を引いた

響き渡る銃声、倒れる村人

生死は分からない、確認する気にもならない

あたしは任務を遂行する

逃げてきたやつらを全員始末する


勝手に頭に流れ込んでくる思考を全力で否定する

違う、こんなこと思ってない!



ユリア:(違う!もうやめてよ!!こんな、ひどいこと…)



こんなことをするためにタークスになったんじゃない

あたしの銃は誰かを撃つためにあるんじゃない

誰かを守るためにあるんだ

それなのに………



「そんな、なんで…っ!」

「なんでタークスがここに!?」

「いや…、やめて…っ」



逃げ惑う人々に容赦なく銃を向ける

そのたびに銃声と悲鳴が響き渡る

もう、いやだ…

こんなのあたしじゃない

あたしがやったんじゃない……

そう思っても体は勝手に動いていく

人々の絶望する表情が飛び込んでくる


何も見たくない、何も考えたくない…


瞬間、体の力が抜け、同時にユリアは意識を手放した





かすかに薬品のにおいがする

ここは……どこだろう…



「実験薬の投与は成功、ジェノバの影響はなし。被験者は催眠状態にかかったようで最後まで任務を遂行することができました。現実逃避のために気絶したようですが、無意識化でも身体は動いていたと記録があります」


「それは素晴らしい。さすがと言うべきかな、クックックッ」



誰かの話し声がする…誰だっけ…?



「まずは瞳への施術から行う。被験者の仲間に知られると厄介だからな」


「分かりました」


「さて、君はいったいどんな結果を見せてくれるのかな?」



楽しげな声が近くから聞こえる

目を開ける力はない

声の出し方を忘れたかのように口も動かない

考える前に口元に何かを被せられ、再び意識は深いところへ沈んでいった




ねぇ、どうしてあたしだけ仲間外れにするの?


どこからかそんな声が聞こえてきた


あたしが弱いから?そうなの?

違うと思うよ

じゃあなんで?

…分からない


あたしは誰と話してるんだろう


力があればみんなを守れる、力があれば頼りにされる

たしかにそうかもしれない

もう誰も傷つかないし、誰にも迷惑をかけない

そうだね…そうだよね…

力があればなんだってできるんだよ?

そうだ、あたしには力が足りないんだ


力…なんの力なの…?


あたしが望むものは何?

それは、強い力…誰にも負けない力が欲しい



そう、わかったよ




遠い遠いどこかで、ガラスが割れるような音がする



「すまない、ユリア…」



同時に誰かが謝る声も聞こえた気がした




激しい頭痛とともに白い光が差し込む

ゆっくりと目を開けると白で統一された中に一点だけ黒が混じっていた

焦点が合わず、ぼんやりと見えるそれは突然動き出し、こちらに向かってきた



「―――ぃ、…かるか?―――、ユリア!」



呼ばれた名前に意識がはっきりしてくる

白い壁に白いカーテン、背中に感じる柔らかい感触

見覚えのある光景に昔の記憶が呼び起こされた

…あぁ、ここ、社員用の医務室だ

そう思いながら声のする方に視線を向けると、そこには見慣れた顔があった



ユリア:「ツォン…?」


ツォン:「ユリア、俺がわかるか?体は大丈夫か?」



どこか必死な様子のツォンに思わず笑みが零れた

何をそんなに心配しているのだろう

あたしはただ………


……ただ、何…?

瞬時に脳内に絶望的な風景が甦る

悲鳴と銃声が頭に響く

手が、体が勝手に動く感覚がまだ残っている



ユリア:「…ツォン、あたしは…何をしたの?」



ひどく掠れた声に自分で驚いた

ツォンは軽く目を見開いてしばらく黙っていたが、ふいに立ちあがって近くにあったペットボトルを差し出した



ツォン:「水だ。飲んだ方が良い」



差し出されたペットボトルのふたは空いており、起きあがって一口含んだ

水が喉を潤していくのがわかる

そこで自分は喉が渇いていたことに気づき、ユリアはあっという間に中身を飲み干した



ツォン:「お前のしたことについてなんだが…」



ユリアから空のペットボトルを受け取ると、ツォンは言いにくそうに目を泳がせた



ユリア:「大丈夫。なんとなく分かってるから」



先程よりいくらかマシになった声からは覚悟を感じられた

ツォンはユリアを真っ直ぐに見詰め、小さく頷いた



ツォン:「ニブルヘイム事件の後、お前は別任務と言われて神羅屋敷に連れていかれたようだが、実際は俺達と同じ任務…事件の隠蔽をさせられた」


ユリア:「…あたし、人を殺したの?」


ツォン:「……あぁ」



“やっぱり…”と呟き、布団を握り締める

あれは夢じゃなかった

自分自身がやったことだったんだ

最低だ…あたし……

涙がこぼれそうになるのを堪えていると、“それと、”とツォンが言葉を続けた



ツォン:「お前は2年間眠っていた」


ユリア:「に…2年!?」



思わず声が裏返った

だって2年って………じゃああたしは、



ユリア:「あたしは、いま何歳…?」


ツォン:「…は?」


ユリア:「たしかニブルヘイムに行ったのが0002年だから、2年で………15歳!?」


ツォン:「まぁ、そうなるな」


ユリア:「15歳………」



たった2年、されど2年

数字ではあまり感じられないがさまざまな状況が変わっているはずだ



ユリア:「そうだ!お兄ちゃんは?クラウドも一緒に運ばれたんだよね?」


ツォン:「…あぁ、そうだ」


ユリア:「どこの病院にいるの?お見舞いに行きたいんだけど、2人とも元気?」



室内が一瞬静まり返る

だがそれは本当に一瞬で、すぐにツォンは口を開いた



ツォン:「2人は症状が重く、特別な病院で治療を受けている。俺もまだ面会できていない」


ユリア:「そんなにひどいの…?」



一気に不安そうな表情になるユリア

その頭にぽんっと手を乗せツォンは頬笑んだ



ツォン:「大丈夫だ。あんなしぶといやつらがすぐにやられると思うか?」


ユリア:「ふふっ…たしかに!」



言われてみればあの2人はそんな簡単にやられるような人じゃない

いくつもの危機を乗り越えたソルジャーと一般兵

今回もきっと“ただいま”って笑って帰ってきてくれる…


しばらくすると、ふいにツォンは腕時計に目をやった



ツォン:「もうこんな時間か。じゃあな、ユリア」


ユリア:「え…、帰っちゃうの?」


ツォン:「悪いが任務があるんだ。また今度、な?」


ユリア:「うん……」



あからさまに寂しそうなユリアに後ろ髪を引かれる思いだったが、ツォンは真っ直ぐドアへと向かう

本当はまだ時間には余裕があるのだが、これ以上ここにいるのは自分の気持ちが保たない…

唇をきつく噛みしめ、ドアを半分ほど開けた時だった



ユリア:「ぁ、明日!!」


ツォン:「え?」



突然背後から飛んできた声に思わず振り返る

声の主も思いのほか大きな声が出て驚いたらしく、少し恥ずかしそうに俯きながらモゴモゴと繰り返した



ユリア:「…明日、がいい…今度じゃなくて…」



どうやら次回の面会のことを言っているようだ

まったく…本当にこういうところは子どもらしいな

ツォンは小さく笑いを漏らすとユリアに優しい笑みを向けた



ツォン:「あぁ、“また明日”な」


ユリア:「!…うんっ!」



満面の笑みで手を振るユリアに対しツォンは軽く手を上げ、ドアは閉まった



ユリア:「えへへ…」



また明日もツォンが会いに来てくれる

もしかしたらレノやルード、他の仲間たちを連れてきてくれるかもしれない

楽しみだなぁ…

込み上げてくる嬉しさを噛みしめながらユリアは再びベッドに潜り込んだ




ツォン:「っはぁ……」



とてつもなく重いものが心身にのしかかっているようだ

壁に背を預け、ツォンは大きく息を吐き出した

それでも重みは消えない


兄の話を聞いて嬉しそうにするユリアの表情が頭をよぎる

ユリアに笑顔を向けられるたびに胸に刃を刺されているような心持ちだった

俺は、お前に笑いかけてもらえるような存在ではないんだ

俺は…………、





――――――


研究員『おい!勝手に入ってきて何なんだアンタ!!』


ツォン『ここに俺の仲間がいるはずだ。宝条博士はどこだ!?』


宝条『なんの騒ぎだね?』


研究員『は、博士っ!!』


ツォン『この屋敷にこんな隠し通路があったなんて……貴方達は何をしようとしているんですか?』


宝条『君は知らなくていいことだ。それより、仲間を連れ戻しに来たんだろう?こちらに来たまえ』


研究員『い、いいんですか!?そんな、
宝条『ところで、君の仲間とやらは何人ここにいるんだね?』


ツォン『は…?1人、ですが…』


宝条『そうか…クックック……』


――――――





先日、仲間内には秘密で神羅屋敷に乗り込み、宝条博士のもとを訪れた

そこに幼い少女が捕らえられているという噂を耳にしたからだ

ユリアが姿を消して2年、

タークスは総力をあげて消息を追ったがいまだ何も掴めていない

そんな時に入ってきたこの噂…自分で確かめるしかないと思った

すんなりと応じる博士に戸惑いながらもその後をついて部屋に入った

そこにあったのは、手術台のようなものやそれにつかうのであろうさまざまな器具、そして…


人の入った3つの大きなビーカーだった



――――――



ツォン『な、んだ…これは……』


宝条『おやおや、“これ”とは君の仲間に失礼じゃないか?』


ツォン『!?ザックス!クラウド!ユリア!』


宝条『安心したまえ、意識はある。私がそんな簡単に殺してしまうわけがないだろう?これは大切な実験なんだ。おっと、もちろん君も他言無用で頼むよ?』


ツォン『貴様……っ!!』
宝条『あぁ、そうだ。…たしか君の仲間は1人、だったね?』


ツォン『っ!?』


宝条『さぁ、どの“仲間”を連れて帰る?』



――――――





ひどく頭が痛む

ビーカーを背にして笑う宝条博士の顔がまざまざと甦る

迫られた選択はあまりにも残酷で、非道で、苦痛なものだった

ただただ俺は立ち尽くしているしかできなかった

この中から1人、俺は誰を助ければいい…?

どれくらいそうしていたか分からないが、体は自然と動いた

真っ直ぐに向かった先にあるビーカーを叩き割る

中から液体が流れ出し、それと一緒に出てきた体を受け止めた俺は…謝ることしかできなかった



“すまない、ユリア…”



ニブルヘイム事件の隠蔽に巻き込んでしまって…

2年もこんな暗い場所に閉じ込めさせてしまって…

兄と恋人を助けられなくて……


2年間見ることのなかったその体は少し大人びたように見えた

本来は喜ばしいことだが、どうしても悲しみしか生まれない

背後から聞こえる宝条の高笑いを無視し、俺はユリアを抱えて神羅屋敷を出た



俺は、どうすればよかったんだ…

あそこにいる全員を倒してでも3人を連れ帰るべきだったのか?

俺にはそんな力は…ない……



ツォン:「ザックス…クラウド…っ」



逃げてくれ、頼む…

それはとても小さく、無力な願いだった





それから数週間でユリアは任務に復帰した

まわりからは心配する声も上がったが本人が至って元気なのだからそれ以上は何も言わなかった

復帰後の初任務はモンスター討伐だったのだが、



ロッド:「こちらB地点、異常なし。A地点はどうだ?」


ユリア≪…………?え?あ、ごめん!聞いてなかった!何?≫


ロッド:「はぁ…、こっちは異常なしだけど。ユリアの方はどうよ?」


ユリア≪あぁ、うん…えっと……≫



通信機から聞こえる声はどこか歯切れが悪い

まさかターゲットを見失ったとか…!?

いや、病み上がりなんだから多少のミスぐらい多目に見てやろうじゃないか

自分の心に言い聞かせるように唱えてから極力優しい声音で問いかけた



ロッド:「どうした?何か問題あったか?」


ユリア≪そういうわけじゃないんだけど…。ちょっと来てくれる?≫



戸惑ったような声に少し不安を覚える

今まで自信満々だったユリアがいったいどうしたっていうんだ?

通信機を切り、伝えられたエリアまで行くと呆然と立ち尽くしているユリアがいた



ロッド:「おいおい、そんなとこにいたら見つかるだろ!?」


ユリア:「…もう、倒したの」


ロッド:「あー、倒したなら心配な……はぁ!?倒した!?」



こくり、と頷くユリアに驚きのあまり言葉が出なかった

今回のターゲットは体長もパワーもバカでかいモンスターだ

1人での討伐は危険だろうということで2人派遣されたわけだが……

ふ、とユリアの先を見るとたしかにそこには地面に倒れているモンスターがいる

モンスターとユリアとを交互に見ていると、ふいにぽつり、と言葉が溢された



ユリア:「…よく分からない…」


ロッド:「え?」


ユリア:「自分でも何が起きたかよく分からない…。モンスターを見つけて、応援を呼ばなきゃって思ったんだけど…なんでか“あたしならやれる”って思っちゃって、それで…」



気まずそうにするユリアはきっと仲間に報告せずに単独行動をしたことを申し訳なく思っているのだろう

チームで任務を行う際に仲間との密な連絡は絶対だ

それを疎かにしてしまったことを反省しているからこんなに消極的なんだな



ロッド:「いいじゃん、別に」


ユリア:「え…?」


ロッド:「そりゃまぁ、報告なしに単独で動いたのはよくないけどさ。でもターゲットは倒したんだし、結果オーライだろ?」


ユリア:「でも……、」

ロッド:「とりあえずツォンに連絡してくるな?」



そう言って電話をかける仲間の後ろ姿を見つめながらユリアはモヤモヤとする気持ちを持て余していた

モンスターと対峙した時、本能的に“倒せる”と確信した

2年のブランクを感じさせない…むしろこれまでより体が動く

相手に向かっていくのも、引き金を引くのも、全てが躊躇いなくかつ早くなっていた


その後の任務でもユリアの功績は続き、いつしかレノと同等と言われるまでになっていた

初めは驚いていた仲間達も次第に称賛の声をあげるようになった



レノ:「あのクソガキだったお前が、ねぇ…?成長したな」


ユリア:「うん…」


ルード:「?嬉しくないのか…?」



仲間から褒め称えられても浮かない表情のユリアに全員首を傾げる



ユリア:「ねぇ、ツォン…」


ツォン:「なんだ?」


ユリア:「どうして、あたしはこんなに強いの…?2年間眠ってたのに…」



その声は戸惑いよりも怯えているのに近い声だった

2年間の眠りから覚め、久しぶりの任務でモンスターを一人で倒した

まわりはそのことに驚いていたが、誰よりも驚いていたのはユリア自身だった

今まで自分の中になかった“力”のようなものが溢れだしてくる感覚がある

これはいったいなんなのだろうという不安と、自分が自分ではなくなってしまうのではないかという恐怖に押し潰されそうだった



ユリア:「…どうして」

手裏剣:「それはあなたのお兄さんが強いからじゃないの?」



呆気なく返された言葉にユリアは目を丸くした

どうしてそこでお兄ちゃんが…?



手裏剣:「あなたのお兄さん、ソルジャー1stなんでしょう?だったらあなたもその素質があって当然じゃない。兄妹なんだから」


ユリア:「兄妹だから……?」


ヌンチャク:「そうだよ、ユリアのお兄さんは強い人なんだからユリアにその力があってもおかしくないよ」


刀:「長い眠りにつくことで隠れていた力が呼び起こされたのかもしれませんね」


ユリア:「隠れていた力…か」



お兄ちゃん…ザックスが持っていた力をあたしも持っている…?

あたしも、お兄ちゃんみたいに強くなれるってこと?


ぐるぐると渦巻いていた恐怖や不安が小さいものになっていき、代わりに嬉しさと誇らしさに満たされるのが分かる

自分にはないと思っていた強い力

それが兄と同じもので、自分にも元からあったのならばこんなに嬉しいことはない

同時に、まわりから“強い”と認められている兄がとても誇らしかった

力を持つことも、悪くないかもしれない


先程とは打って変わって笑顔のユリアにツォンは柔らかく頬笑んだ



ツォン:「解決したか?」


ユリア:「うん!ばっちり!」



普段の明るい笑顔に全員自然と笑みが零れた

これでこそユリアだ

ツォンのユリアを見守る目も優しいものになる



まだ、お前は何も知らなくていい

神羅の闇も、兄の行方も、何も……






月日の流れは残酷なまでに早い

楽しい時間はあっという間に終わるものだ

気付いた時には1年が始まり、また気付くと1年が終わろうとしている


ニブルヘイム事件から4年、

ユリアが目を覚ましてから2年、

忘れもしない、12月19日


彼らもまた、目を覚ました





07 -終-