小説 | ナノ



06
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最近思うんだ、時間の流れは早いなって


ついこの間まで俺の後ろをついて回っていたようなやつが、今は俺と別の方向を向いている

1人で立って、歩いてるんだ


俺、あいつを支えてやれるのは俺だけだって思ってた

あいつの一番は俺だと思ってた

…けど、それじゃダメなんだよな


俺が傍にいない時、誰があいつを守るんだ?

あいつが1人で苦しんでる時、誰が支えてやれる?

散々悩んで、考えて出した結論が、

『俺と同じぐらい強くて、俺と同じぐらいあいつを愛してやれるやつを見つけよう』

ってことだった



勿論簡単には見つからなかった


まわりのソルジャーはあいつの強さは認めても“子ども”としか見ていないし

タークスの連中は…正直、何を考えているか分からない

どうしたものかな……


そんな時に出会ったのがクラウドだったんだ

力は俺より弱いかもしれないけど、あいつのことを聞かれた時にピン、ときた

クラウドならあいつを守ってやれる…そして、俺と同じぐらい愛してやれる

あの時は嬉しくて思わず笑っちまったんだ


こんな簡単に相手を決めた自分にも笑えたけど、何よりあいつの隣に立っているクラウドを簡単に想像できたから



あとはあいつとクラウドを会わせて様子を見るだけ

俺には分かってた、あいつらがすぐに付き合うことも

いろんな障害もあって一時はどうなるかと思ったけど、あいつが照れくさそうに報告してきた時はホッとした


よかった、これで安心してあいつのことを任せられる…




………いや、違うな


安心した反面、少し傷つきもした


あいつの一番はもう俺じゃなくなる

俺はあいつの自立を望みながらもどこか離したがらなかったのかもしれない

ずっと傍にいてほしくて、隣で笑っていてほしくて、縛り付けていたのかもしれない…



許されないって分かってる


それでも俺は…お前のことが……






ごめんな?

強くならなくちゃいけないのは俺の方だよな…

こんな兄ちゃんだけど、クラウドとお前のことずっと守るから

…約束するよ



───お兄ちゃんっ!!



あれ、あいつが俺のこと呼んでる…?

ていうか、会社では“ザックス”て呼べって言っただろ

まったく……しょうがないな、ユリア…は…………




一瞬、薬品の匂いがしたような気がしたが、間もなくザックスの意識は深い闇へと落ちていった…







ジュノンでの事件から2ヶ月

ミッドガルでは特に異常は見られず、平穏な日々が続いていた

そんなある日、ザックスはミッドガルの教会を訪れ、ある作業に没頭していた



ザックス:「おし、できた!!」



慣れない作業ではあったがなんとか形にすることができ、その達成感に笑みが零れる

飾りもなければたいした色も塗られていない、素材むき出しなワゴンがそこにはあった

今までの工程を見守っていた人物、エアリスは腕組みをし、う〜ん…と唸りながらそれを見る



エアリス:「…なんか、可愛くないね」


ザックス:「そうか?ま、いいじゃない!メインは花なんだから」


エアリス:「納得、できない」



眉間に皺を寄せ、ゆるゆると首を横に振るエアリスにザックスは溜め息を吐いた

もっと喜んでもらえると思ったのに反応はこれだ

以前、“花売りワゴンを作ろう”という約束を交わしていたことを思い出し、こうして四苦八苦しながらも完成させたわけなのだが…



ザックス:「贅沢言わない!」


エアリス:「ささやかな希望、言っただけ」



ふい、と背を向けるエアリスに呆れながらもザックスの顔は自然と頬笑んでいた

なんだか彼女の雰囲気はユリアと少し似ている



ザックス:「ささやかだけど、たくさんあるんだろ?」


エアリス:「あたり!聞く?」



満面の笑みで振り返った少女にザックスは苦笑する

こうしてコロコロと表情を変える彼女を見ていると心が穏やかになる

こうして2人で他愛ない会話をするのもいつ振りだろうか…



ザックス:「何個あるの〜?」


エアリス:「う〜ん………にじゅう、さん?」



指を折って数えるエアリスを見守っていたが、その口から発された数に思わず唖然とした

23って…そんなに俺、希望に応えられてないのか!?



ザックス:「紙に書けよ、忘れるから」


エアリス:「うん」



エアリスが紙とペンを探しに行ったのと同時にザックスの携帯が鳴った

嫌な予感が過ぎり、素早く電話に出る



セフィロス:「状況が変わった」


ザックス:「…え?」


セフィロス:「本社へ急げ」



それだけ言って電話は切れた

電話越しの相手が意外な人物だったことにも驚いたが、開口一番に言われた言葉にも戸惑った

状況って…何の?

いろいろ聞きたい事はあったが、まずは本社に戻らなければ…

ていうか、今日に限って任務とか最悪だな…

心の中で溜め息を吐きながら携帯を閉じるとエアリスが戻ってきた気配がした



エアリス:「お仕事?」


ザックス:「残念」



首を傾げるエアリスにザックスは肩を竦めてみせる

久しぶりにエアリスと会え、楽しく過ごしていたのに

と、エアリスは徐に手に持っていた二つ折りの紙をザックスに差し出した



エアリス:「はい、」


ザックス:「ん」



紙を受け取るとエアリスは黙って頬笑んだ

窓から差し込む日差しが彼女の笑顔を余計に眩しくさせる

ザックスは目を細め、自身も頬笑んだ


この紙にはエアリスの“23のささやかな希望”が書かれている

どんな内容が書かれているのか楽しみだが、今はまだ読まないでおこう

任務から帰ってきたらちゃんと読むから

エアリスの希望に応えられるようにするから


またこうして2人で頬笑み合う日が待ち遠しくなる

こんな平和な時間が、幸せが長く続けばいいのに…

そう願わずにはいられないほど、この空間は居心地が良かった

この教会も、花畑も、エアリスの傍も…





ザックス:「神羅を捨てる…ねぇ」



セフィロスとの話し合いを終え、ソルジャーフロアへと向かう

話し合いの際にセフィロスが言った言葉…その真意がいまだザックスには読み取れなかった



ザックス:「って、誰も来ないな……」



今回の任務に同行する兵士を待っているのだがまだ誰一人として来ていない

ったく、あとで説教だな!



カンセル:「お、ザックス」



エレベーターが開いたと思ったら降りてきたのはソルジャー2ndであり、友人のカンセルだった

彼は少し苛立たしげなザックスの表情を見て苦笑を浮かべる



カンセル:「お前、セフィロスさんと一緒に新しい任務に行くんだってな?」


ザックス:「あぁ。で、こうして同行者待ってるわけですけどっ」


カンセル:「そう怒んなって。俺も…さ、コンドルフォートの魔晄炉調査に行くことになったんだ」


ザックス:「コンドルフォート…」



話だけ聞いたことがあるが、砦の頂上に建てた魔晄炉にコンドルが巣を作ってしまったとか

こいつも大変なところに派遣されるんだな…



カンセル:「だからさ。ザックス、お前ともしばらくお別れだな」


ザックス:「そうだな。お別れ……か」



“お別れ”という言葉が急に重いものとなって心にずしり、ときた

なんだろう、この気持ち…

黙り込むザックスにカンセルはからかうように顔を覗き込む



カンセル:「なんだ?俺と別れるのがそんなに寂しいのか?」


ザックス:「うん。…お前が、好きだからさ……」



俯き気味に想いを告げるザックス

しばらく沈黙が流れ、やがてカンセルはそっと視線を外して小さく息を吐いた

それはどこか決意を秘めているように感じられる



カンセル:「…実は、俺もお前のことが…………って、違うだろ!!」



キレのあるノリツッコミをしてくれたカンセル

さすが俺の友達だ、座布団を3枚贈呈したい

そんなザックスの考えなど知らず、カンセルは盛大にため息を吐いた



カンセル:「お前が気になってるのはスラムの彼女だろ?」


ザックス:「うっ…!」



図星をさされ、言葉につまる

今回の魔晄炉調査はいつもの任務のようにすぐ終わるものではない

魔晄炉周辺にモンスターが大量発生、魔晄炉勤務者や現場付近にいたソルジャーが全員消息不明となっている

そこにはジェネシスの件が絡んでいるらしいという情報も入った

原因を調査し、彼らを捕獲するとなると…時間はかなりかかるだろう

その間、あの教会はもちろんエアリスにも会えなくなるのだ



ザックス:「……そりゃあ、エアリスと離れるからさ…」



言葉にすると余計に寂しさが募る

その様子にカンセルは目を瞬かせた



カンセル:「驚いた…、いつものお前なら真っ先にユリアちゃんの名前が出てきてたのに…」


ザックス:「え…?」



そう言われればそうだ

今までならこんな長期任務が入ったら何よりもユリアの心配をしていたはず

…けれど、自分が心配しなくてももうユリアは一人ではなくなったから



ザックス:「アイツは、俺がいなくても大丈夫だからな。もう寂しくないだろ…」



俺は…少し寂しいのだけれど……

そんな言葉は心の奥底にしまい、無意識に自嘲気味な笑みを浮かべる



カンセル:「そっか……。ユリアちゃんもザックスも恋してるんだな…」


ザックス:「は…?それって
カンセル:「お前、ここでずっと待ってる気?まだ時間あるんだろ?任務出発の前にエアリス…だっけ?その子に会いに行けよ」



ぽんっ、と肩を叩かれ、カンセルを見る

ヘルメットに隠されて目元は分からないが、口は優しげな弧を描いていた



カンセル:「大丈夫、大丈夫!セフィロスさんには俺がうまく言っておくさ」


ザックス:「ぅわっ!?お、おい!」



しまいには肩を押されてエレベーターに乗せられる

グッと親指を立てるカンセルに呆れながらも自然と笑みがこぼれた



ザックス:「ありがとな、カンセル」


カンセル:「気にすんなよ、ザックス。行ってこい」



その言葉にザックスは頷き、階数ボタンを押す

扉が閉まり、エレベーターは降下し始めた



ザックス:「恋、か……」



先ほどカンセルが言っていた言葉

あの時は心の内を読まれたのかと思って焦ったが、カンセルは“ユリアはクラウドに、ザックスはエアリスに恋をしてる”という意味で言ったのだろう

だが、それは本当に正しいのだろうか?

エアリスへの感情は“恋”と呼べるものなのだろうか?



ザックス:「俺は……」

「あ…っ!ザックスさん!!」



突然の声に顔を上げると、いつの間にかエレベーターの扉は開いており、出入口には女性社員が立っていた



ザックス:「…あれ?ここ何階?」


「え!?…っと、2階…です」


ザックス:「もう着いたのか…。ありがとな」



女性社員に軽く手を振ってエレベーターから出る

すれ違いざまに猛烈な熱視線を感じたがさらりと受け流した

悪いけど今はそんな気分じゃないんだなぁ…


とにかく、考え事はやめやめ!

今はエアリスにワゴン作ってやることに集中しよう

約束…したもんな


穏やかな気持ちに胸を満たされ、神羅ビルを出る

残された時間を過ごすために






カンセル:「そっか……。ユリアちゃんもザックスも恋してるんだな…」



それは衝撃的な言葉だった

思わず柱の陰に身を隠す

幸い、ザックスもカンセルもこちらの存在には気づいていないようだ



ユリア:「お兄ちゃんが恋…」



今までいろんな女の人と話していたり、遊びに行ったりしていたお兄ちゃんが…

どんな人なんだろう?可愛いのかな?その人もお兄ちゃんのこと好きなのかな?

…お兄ちゃんは、その人のどんなところが好きなのかな?

ザックスと見知らぬ女性が歩いている姿は前々からよく目にしていた

そのたびに“もう慣れた”と自分に言い聞かせてきた

胸が痛い理由とか悲しい気持ちとか、そういうものは全部知らないふり

タークスとしてもそれが正しいんだと
カンセル:「ユリアちゃん」

ユリア:「うわぁ!?」



いつの間にか目の前にはカンセルが立っており、ニコニコとこちらを見下ろしている



カンセル:「そんなとこに隠れてないで声かけてくれればよかったのに」


ユリア:「あはは…うん、」



ちら、とカンセルの後ろを見やるとそこにはもう誰もいなかった

不思議に思い、首を傾げるとカンセルは気づいたように頷いた



カンセル:「ザックスならいないよ。今、エアリスに会いに行って……あれ?これって言ってよかったのか…?」


ユリア:「エアリス…」



おそらくザックスの恋の相手なのだろう

少し焦り気味のカンセルに軽く頬笑み、“お兄ちゃんには言わないでおくから”と言うとカンセルは安堵の息を吐いた



カンセル:「なんかザックスのやつ、やたらとユリアちゃんには隠したがってたからさ。もしもバレても俺からってのは内緒で!」


ユリア:「うん、分かってる」



あたしには言いたくなかったんだろうね、面倒だから

笑顔で頷きながらも心の中は黒く染まっていく

あぁ、あたしって可愛くない妹だなぁ…



ユリア:「じゃあ、カンセルさんも任務頑張ってね!あたしはこれで
カンセル:「なぁ、ユリアちゃん」



自分の性格の悪さに嫌気がさしたのでその場を去ろうとしたらカンセルに呼び止められた

何事かと振り返るとにっこりと笑みを浮かべられる



カンセル:「ちょっと話そうよ。うるさいザックスも居ないし、せっかくだしさ」



少しおどけた風に言うカンセルだが、その言葉はどこか真剣味を帯びている

ユリアは一瞬考えたのちに黙って頷いた

カンセルから話に誘うなんてよほど重大なことなのかもしれない

促されるままにブリーフィングルームに入ると中には誰もおらず、カンセルは近くの椅子に腰かけた

ユリアも倣ってその隣に座る



カンセル:「いや〜、こうしてユリアちゃんと二人きりになるなんていつぶり…いや、初めてかな?なんか緊張するかも」



そう言ってケラケラと笑ったかと思うと、ふと声のトーンが下がった



カンセル:「正直、どう思ってるの?ザックスのこと」


ユリア:「…え?」



問われている意味が分からずに首を傾げるとカンセルは真剣な声音のまま続ける



カンセル:「さっき話したエアリスのこととか。話を聞いてユリアちゃんはどんな気持ちだった?」


ユリア:「どんな……」



すごく嫌な気持ちになった

胸がモヤモヤした

お兄ちゃんがどこかに行ってしまうんじゃないかと思った

…でも、あたしは……


そんな妹は、よくない



ユリア:「嬉しいなって思ったよ?」


カンセル:「………」


ユリア:「今までフラフラしてたお兄ちゃんに特別な人ができたなんてすごいことだもん!あたしも嬉しいよ」


カンセル:「…じゃあ、その人と結婚するってなってもお祝いできるんだな?」


ユリア:「で、できるよ?」


カンセル:「ユリアと離れて暮らすことになっても?」


ユリア:「でき…る、」



次第に震える声に心の中で悪態を吐く

と、ふわっと何かに頭を優しく撫でられた

見上げると口元に笑みを浮かべたカンセル



カンセル:「強いんだな、ユリアちゃんは」


ユリア:「強い…?」


カンセル:「あぁ。そんな風に言えるなんて立派だ」



本音を隠してまで、頑なに“良い妹”を演じようとするなんて…

そんな言葉を飲みこみ、カンセルはユリアの顔を覗き込む



カンセル:「でも、あんまり強がってばっかりだと疲れちゃうからな。誰かに甘えることも大切だぞ?それこそザックスとか。あと…あの〜、彼、クラウド?くんとかさ」


ユリア:「うん…」



幼少期からタークスで厳しい訓練を受け、仲間へ頼ることをやっと覚えたユリアに“甘える”などということは少し難しいかもしれない

けれど、今のこの兄妹の関係は見ていられなかった

外見はとても仲の良い兄妹なのだがその中身はとても深く入り組んだものとなっている

最近それが何なのかカンセルにもやっと分かってきた

お互いに遠慮し合い、気持ちがすれ違っているのだ

なぜ今になって遠慮をし合うようになったのかと言えば、おそらくはお互いのパートナーの存在だろう

兄妹にはそれぞれ抱いている想いがある

それを隠してこれからも生きていくなんてつらすぎるだろ…



ユリア:「カンセルさん…」


カンセル:「ん?」


ユリア:「その…カンセルさんには、甘えちゃ…いけないの?」


カンセル:「………へ?」



想定外の言葉に思わず間抜けな声が出る

身近な存在に甘えるのがいいだろうと思い、兄や恋人の名前を出したのだが…

まさかご指名されるとは………

少し恥ずかしそうにモジモジとしているユリアに小動物に向けるのに等しい愛らしさが込み上げてきた



カンセル:「かっわいいなぁ…」


ユリア:「え?」


カンセル:「あー、いやいや、何でもないっ」



心の声がだだ漏れになっていたようで、不思議そうに首を傾げるユリアに咳払いをする



カンセル:「そうだな、俺にも甘えてくれていいんだぜ?お兄ちゃんにも彼氏にも言えないような悩みとか、相談してくれよ!」


ユリア:「っうん!」



嬉しそうに頷くユリアに再び胸がきゅんと鳴る

男が使う表現ではないが本当にそんな風になるのだから仕方ない

本当にザックスが羨ましい

こんな可愛い妹に愛されて…そりゃあ、愛したくもなるよな

ふっ、と笑ってもう一度ユリアの頭を撫でてやる

嬉しそうにするユリアに目を細め、カンセルは立ち上がった



カンセル:「そろそろザックスも帰ってくるだろうからここで待ってなよ。俺はセフィロスさんと話してくるから」


ユリア:「うん!ありがと、カンセルさん」



部屋を出る際ににっこりと笑顔を向けられると同時にお礼を言われた

それに軽く手を振って応え、ブリーフィングルームを出る

将来、あの子の隣にはうんと甘えさせてやれる強いやつがいて欲しい


それが、俺のささやかな願い






ブリーフィングルームにザックスが来たのはカンセルが出ていった数分後だった

カンセルに何もされなかったか!?と少し青ざめながら詰め寄られ、ユリアはうんざりしながら“何もなかった”とだけ答える

そのやり取りが何度か行われたあと、落ち着きを取り戻したザックスが思い出したように口を開いた



ザックス:「そうだ。ユリア、俺ニブルヘイムに行くことになったよ」


ユリア:「ニブルヘイム?」



聞いたことある名前だ、と思った瞬間に思い出した

たしかクラウドの故郷…

それに、タークスの誰かもそのあたりに任務に行っているはず



ザックス:「ああ。ちょっと魔晄炉を調査してくるだけだ」


ユリア:「…ホントに、ちょっと?」


ザックス:「なんだぁ?ユリアはお兄ちゃんが心配か〜?」



いつものユリアなら“そんなことない!”と怒るのだが、今回は違った

素直に頭を撫でられながら、淋しそうにザックスを見つめている



ユリア:「だって……」



その視線に何よりも驚いたのはザックス自身だ

まさかユリアがそんな心情を露わにした顔をするなんて思ってもみなかった

…そう言えばカンセルが“ユリアちゃんが素直になるおまじないをかけた”がどうたらって言ってたような…

心なしか頭が痛くなったような気がするが何とか平静を装って言葉を返す



ザックス:「まぁ、ジェネシスの事とかあるけど…心配すんなって。な?」


ユリア:「…………」



あまり納得していない表情のユリア

ザックスは“参ったな…”と心の中で呟いた

今回の任務にはザックスの他にクラウドも参加するため、神羅にユリア一人だけを残すことになる

頼みの綱のカンセルも別の任務で出てしまうし、一応ツォンにエアリスも含めて頼んではみたが…

どうしたものかと悩んでいるとタイミング良くドアが開き、クラウドが顔を覗かせた



クラウド:「ザックス、セフィロスさんが呼んでる」


ザックス:「ん。分かった」



“ちょっと行ってくる”とユリアに頬笑みかけ、部屋を出ていくザックス

その後ろ姿を見つめながらクラウドに目を移すと彼もしっかり武装していた

その意味を悟り、ユリアの表情が曇る



ユリア:「クラウドも…行くの?」


クラウド:「あぁ…」


ユリア:「どのぐらい行っちゃうの?」


クラウド:「…分からない」


ユリア:「そっか…」



少し長い沈黙が流れる

いつ帰ってくるかも分からない任務

ザックスの長期任務は慣れているが、クラウドと長い時間会えないとなるとすごく寂しい

行ってほしくないなんてわがままは言えない

…こういう時、なんて言えばいいんだろう?



ユリア:「…気を付けてね?」



出てきたのは在り来たりな言葉だった

自分の語彙力の無さに苛立っているとクラウドは優しく頬笑んだ



クラウド:「大丈夫だよ。自分の身ぐらい自分で守れる」



そうだ、クラウドはソルジャーになる人

いらない心配だったかな、と思うとだんだんとユリアの中にあった不安や心配は少し薄れていった

代わりに安堵が生まれ、少しだけ、本当に少しだけわがままを言ってみようかな、という気持ちが心の中で見え隠れしている



ユリア:「でも、クラウドに会えないと淋しいなー…」


クラウド:「!」



少しおおげさに肩を落とすユリアに驚いた表情をするクラウド

自分がいないことを素直に“淋しい”と言ってくれたことに内心では叫びたいほど嬉しいのだが今は我慢しよう

無理やり心を落ち着けてクラウドはポケットからあるものを取り出した



クラウド:「ユリア、手出して?」


ユリア:「ん?」



言われた通りにクラウドに向けて右手を差し出す

と、その手の平の上にぽん、と何かが置かれた

それは強い魔力は感じられない、紫色のマテリア



ユリア:「これは…?」


クラウド:「チョコボよせのマテリアだ」



…………え?

今、チョコボって言った?この人?

聞き間違いかと思い、目を瞬かせるがクラウドは大真面目な顔で続ける



クラウド:「これで…俺といつでも一緒だ。会いたくなったら会える」


ユリア:「ぷっ……」


クラウド:「っ!!」


ユリア:「ご、ごめ…ふふふっ……だって、クラウドがチョコボ…!」



仲間内でも散々チョコボ頭だのチョコボっ毛だのといじられてきたのに、まさかそれを受け入れて分身扱いするとは…

真面目なクラウドのことだから真剣に考えてくれたのだろうけれど、どうしても面白くて笑ってしまう

視界の端で徐々に不機嫌になりつつあるクラウドの表情を確認しながらも笑いはなかなか治まらない



クラウド:「やっぱり返してくれ」


ユリア:「やだ!もらうっ!クラウドと一緒がいい!!」



マテリアに手を伸ばしてきたクラウドから逃げるように体をひねる

ちょっと驚いた顔をしている彼の隙を見てホルダーの中にマテリアをしまう

たとえどんなものであってもクラウドと一緒にいるという証は持っておきたい

どんな時であっても傍にいてくれているという安心感がある



ユリア:「ありがとね、クラウド」


クラウド:「っ!!……あぁ…」



笑顔でお礼を言えばクラウドはぎこちなく目を逸らした

どうしたのかと声をかけようとした瞬間、ふいに腕を掴まれた

驚いてクラウドを見上げると青い瞳がまっすぐにこちらを見ている



ユリア:「クラウド?」


クラウド:「…本当は帰ってきてから言うつもりだったんだけど……」



何の話だろうかと考える間もなく腕を引かれ、ユリアの体はクラウドの腕の中にすっぽりと納まった

ユリアは自分の顔が一気に熱くなるのを感じながらおそるおそるクラウドの名前を呼ぶ

するとクラウドは少し体を離してユリアの目を見つめ…ようとしているのだが、視線が泳いでいる



クラウド:「あの、その……なんて言うか……」


ユリア:「?」


クラウド:「俺が任務から帰ってきたら…えーっと…」



彼が何かを伝えようとしている気持ちは分かるのだが、その内容は全く読めない

ユリアが首を傾げるとクラウドは軽く深呼吸をし、改めて真っ直ぐにその瞳を見つめた



クラウド:「俺とっ!結婚、してくれないかな?」


ユリア:「……え!?」



突拍子もない言葉にユリアは目を見開いた

…本気で、言ってるのかな?



クラウド:「嫌、か?」


ユリア:「嫌じゃない、けど…」


クラウド:「“けど”?」


ユリア:「あたし達、まだ結婚できる年じゃないよ?あたしなんかあと3年経たなきゃ…」



現在、クラウドは16歳でユリアは13歳

彼の方が1年早く結婚年齢を迎えるのだ

たった1年、されど1年…

クラウドは待っていてくれるのだろうか、途中で自分なんかよりもっと素敵な人に出会うのではないだろうか……

そんな不安が表情に出ていたのか、クラウドに優しく頭を撫でられる



クラウド:「それは分かってる。ただ…俺にはユリアしかいないんだ。他のヤツに取られるのが嫌なんだ…」



敵は多い

社員の中で密かにファンクラブができているという噂だ

タークスのやつらも“お守”などと言われているが侮れない

そして最大の敵…兄であるザックス

彼らからユリアを守り抜くことは不可能に近い(身内もいるし)

ならば、彼女は自分のものであるという証が欲しい

自分の力だけでは補えない、別の“力”で彼女を守りたい

そのためなら3年なんて軽いものだ



クラウド:「だから俺は待つ。約束する。…ユリアは?俺でも、いいか?」



自分の気持ちを押し付けすぎてしまったのではないかと不安になったクラウドは確認するようにユリアの顔を覗き込む

先程までの強気な雰囲気は消え、すっかりおとなしくなってしまったクラウドを可愛いなどと思いながらユリアは大きく頷いた



ユリア:「うんっ!もちろんだよ!!」



断る理由なんてどこにもない

クラウドとこの先もずっと一緒にいられるなんて嬉しい

曇りのないきれいな笑顔にクラウドの顔はみるみる赤くなっていく

照れてるクラウドも可愛いなぁ、とのんびり考えているとふいに腰に腕を回された

と、今度は顎を掴まれて上を向かされる

強制的に上げられた顔はかなりの至近距離でクラウドと目が合った

クラウドの瞳がすっと細くなる

あ、これはもしかして………

ユリアは高鳴る気持ちを抑え込んで目を閉じる

実は今までクラウドとキスをしたことが無かった

そういう雰囲気にならなかったというか、社内はどこも人だらけのためそういう行為は憚られたのだ

今が、その時…!!

目を閉じていても何となくクラウドとの距離が縮んでいるのが分かる

緊張する……っ!




ザックス:「クラウドー、そろそろ集合……って、何してんの?」


ユリア:「じ、銃磨いてんの!見て分かんない!?」



ブリーフィングルームのドアが開き、ザックスが中を覗き込むとそこにはいそいそと愛銃をハンカチで磨いているユリアと、



クラウド:「いいんだ…ザックスは悪くないよ……」




少し離れた所で壁に手をついて暗いオーラを放っているクラウドがいた

ザックスは直感的に何かを邪魔したことを悟った



ザックス:「なんかよく分かんないけど…ごめん」



クラウドは苦笑しながら、いいんだ、と言い、未だ銃を磨いているユリアに歩み寄る



クラウド:「…ごめん、行ってくる」


ユリア:「うん…」



銃をテーブルの上に置き、クラウドを見つめる

どこか心配そうな、悲しそうな顔のクラウドにハッとした

あたしが悲しい顔をしちゃいけない

2人に心配かけちゃいけない

あたしは笑顔で2人を見送るんだ

大丈夫、あたし達には約束がある



ユリア:「気を付けてね!お兄ちゃんも!!」


ザックス:「分かってるって!」



笑顔で激励するとクラウドの表情は安心したものになり、ザックスはユリアに負けず劣らずの明るい笑顔を返してきた

手を振って部屋を後にする2人の姿を見送る

ドアが閉まったのを確認してホルダーから先程のチョコボよせのマテリアを取り出した

これがあればクラウドといつでも一緒、そう思うだけで笑みが零れる

今度は面白おかしい意味でではない

嬉しくて、幸せで、温かくて自然と笑顔になる


2人ともすぐに帰ってくる

根拠はないけれどユリアはそう信じていた



(ピリリリリ…)


突然、携帯の着信音が鳴り響き、慌てて画面を確認する

そこには“レノ”の文字



ユリア:「…もしもし?」


レノ『見送りは終わったか?、と』



溜め息交じりに言われた言葉に苦笑いしつつ、“うん”と答えた



ユリア:「…今終わったとこ。ありがとね、休憩伸ばしてくれて」


レノ『今はツォンさんもいないしな。バレる前に早く帰ってこいよ、と』


ユリア:「分かってる…」



電話越しにがやがやした声が聞こえる

こちらは自分以外に誰もいない、無機質な音が響いている

さっきまで3人でいたのに彼らはもういない…

向こうが騒がしいほど自分が孤独だと思い知らされるようだった



レノ『一人は寂しいだろ?』


ユリア:「え…?」


レノ『早く来い。みんな待ってる』



すると、“ユリアはまだなの?”“お〜い、いつまで休憩してんだよー”などと言う声が笑い声に混ざって聞こえてくる

自分を待っていてくれる場所がある



レノ『お前は一人であっても孤独じゃない。お前の居場所は一つじゃないだろ?』



しっかりとしたレノの強い声が耳に響く

同時に鼻の奥がつん、と痛んだ

兄と恋人としばらく会えなくても仲間がいる

一人だとしても決して孤独ではない

仲間って、すごく心強い存在なんだね…



ユリア:「…ありがと…、レノ」


レノ『どーいたしまして、と』



声しか聞こえないがにんまりと笑っているレノの顔が浮かぶ

すぐに戻ると伝えて電話を切り、ブリーフィングルームを出た

ソルジャーフロアには誰もいない

もう全員任務地に出発したのだろう

みんなが無事に任務から帰ってきますように


心の中でそう願い、エレベーターに乗り込んだ



事件が起こるまであと1ヶ月…





06 −終−